一目惚れ


一目惚れなんて嘘くさいし信用しない。





荒北は、自主練でいつもと違う場所を走っていると、珍しく落車をした。

「いってェ…。」

登りだった為、いつもよりはスピードを抑えていたからか、酷い傷は無いが肘と膝横にすり傷が出来た。
20m程登ると、自販機が2台と車2〜3台が止められる場所があったので、そこまで自転車を引いて登った。

「久しぶりにやっちまったナァ。」

自販機で水を買って傷口の砂を洗った。

「あの、大丈夫でしょうか?」

駐車場に止まっていた1台の車の後部座席から一人の女性が降りてきて、荒北にそう言った。

「アァ、大丈夫っス。」
「きちんと砂を落として、戻ったら薬塗った方がいいですよ。」

そう言うと、その女性は持っていたバッグから消毒液とハンカチを出して

「少ししみますが、我慢してください。」

と言って、ハンカチに消毒液をつけて荒北の傷口を拭き始めた。

「いや、大丈…っくぅ…。」

なんでそんな物を持ち歩いてるんだと思ったが、荒北は思ったよりしみた消毒液に顔を歪めた。そして、ハンカチに目を向けると、真っ白で綺麗だったハンカチが血と砂で汚れていくのが見えた。

「はい、終わりました。よく我慢出来ました。」

女性は、荒北の頭を撫でてそう言った。その時、荒北は初めてちゃんとその女性の顔を見た。
あまりにも綺麗に笑う女性に、荒北は頭がクラクラした。こんな事は初めてだった。

「あの、大丈夫です?頭がフラフラしてますけど。もし良ければお送りしますよ?」

そう言われて、荒北ははっとした。

「いや、大丈夫っス。」
「でも、傷もあるし、お送りします。」
「アー、でもオレチャリもあるんで。」
「ああ、それなら大丈夫です。車の上に乗せられるようになってますので。」
「へっ?」
「よく自転車乗せてるんです。」

車をよく見れば、確かにキャリアが付いている。

「学校でいいですか?」
「いや、本当大丈夫なんで。」
「実は、これから箱学に行く用事があるんです。」

そう言って女性は車に戻ると運転手を連れて来た。

「この自転車をお願いします。いつも通り大切に扱ってください。」
「かしこまりました。」

運転手付きなんて、どこのお嬢様だと荒北は思っている間に、運転手は慣れた手つきではあるが丁寧に自転車を車の上に乗せ止めている。

「では、乗ってください。」
「ハイ…。」

車の中で荒北は、またこの女性に会えるだろうか、箱学に用事があるって事は、また来る事があるのだろうかとそればかりが気になっていた。

「そういえば、お名前まだでしたね。私は名前と申します。」
「荒北…デス。」
「ああ、あなたが荒北さん。お噂は聞いております。」

噂とはなんだろう、誰から聞いているのだろうかと名前に聞こうとした時、箱学へと着いた。

「ありがとうございました。」
「いえ、きちんと薬塗って下さいね。」

もうお別れかと思っていたら

「あっ、私の用事も同じ所なんです。」
「…は?」
「弟がジャージを実家に忘れてまして、持ってきて欲しいと頼まれたんです。」

弟とは誰だ、そうだ、誰かに似ているんだと荒北は思った。誰だ、誰だと考えていると、

「名前!」

部室から弟であろう男が出てきた。

「尽八、ジャージ持ってきたよ。」
「すまなかった。替えがなかったから助かった。」
「まったく、この姉を使うとはいい度胸してるわね。」
「東堂かヨォォォォォ!!!」

思わず荒北は声を上げてしまった。

「荒北、どうしたのだ。と言うか、なぜ俺の姉と一緒なのだ?」
「尽八、荒北さん怪我してるから手当てしてあげてね。」
「なぬ、落車か?まったくお前ってやつは…。」
「尽八、いいからさっさと手当てしなさい。」

東堂はブツブツと文句を言っている。

「それでは、荒北さん、ご無理なさらないよう、お大事に。」

名前は荒北にそう言って綺麗に一礼すると帰ってしまった。

「ナァ、名前さんって、いくつゥ?」
「はぁ?」
「彼氏いんのォ?」
「はああ?」
「お前また実家に忘れもんしろよ。」
「待て、お前まさか名前の事を!?」
「アー、将来オメェが義弟にって考えるとムカつくけどなァ。」
「おい、その妄想はやめろ。」



その日の夜。
『尽八、荒北さんなにか言ってた?』
「はぁ?」
『私の事綺麗だとか、なんとか。』
「何を言ってるんだ?」
『ねぇ、荒北さんと会えるように尽八なんとかしなさいよ!』
「もうやめてくれ!!!」




2020.09.10




monoGatari