甘えスイッチ


「ただいまァ。」
「おかえりー。」

疲れた声に、あまり機嫌が良くないなと思わず苦笑いしてしまう。いつもなら、夕飯の支度をしている時は、キッチンから顔を出すだけだが仕方がない。玄関までお出迎えしますか。

「お疲れ様。」
「オー。名前も、お疲れェ。」

彼より1時間程早く帰ってきた私にも声をかけてくれるのは嬉しい。

「ご飯あと少しだから、先にお風呂入る?」
「んー。……名前。」

靴を脱いだ彼は、私の骨を折るのかと思う程に力強く抱きしめた。痛いと言いたいが、今日はそれ程に嫌な事があったのかもしれないと思うと、言葉を飲み込んでしまう。

「お、疲れ、様。」

苦しい中で、もう一度そう言えば、彼はワリィと言って力を弱めた。そして、チュッとかわいいキスをした。
今日は甘えん坊スイッチがどうやら入っているみたいなので、とことん甘えさせよう。

「さ、お風呂入ってきちゃって。」
「オー。」

玄関から数歩のお風呂場まで、抱きつかれたまま歩き、離れる時にまた小さなキス。

「あ、夕飯ナニィ?」
「靖友の好きなやつ。」
「唐揚げェ?」
「そう。」
「ヤッタ!」

そう言ってまたキス。
よく分からない鼻歌を歌いながらお風呂に入ったので、キッチンに戻りサラダを盛り付ける。

お風呂から出てきた彼は、濡れた髪のままキッチンへと来ると、洗い物をしている私の顔をとり、またキス。

「髪、ちゃんと乾かしたら、お箸出してね。」
「ン。」

そう言って髪を拭きながらキス。

「お、旨そォ。」

テーブルの唐揚げを見て、また唐揚げ唐揚げと聞いたことのない鼻歌を歌っていて面白い。
髪を乾かし、お箸と冷蔵庫から2本の缶ビールを出し、テーブルに向かう前にキス。

「名前、まだァ?」
「先食べてていいよー。」
「アー、いや、待つ。」

床に座った彼は、唐揚げと私を交互に何度も見ている。
あーもう、可愛い。

「お待たせ。」
「ン。いただきまァす。」
「いただきます。」

お箸を持ったところでキス。
甘えん坊スイッチ恐るべし。

食事中、よほど見たいテレビ番組がない限りは消していて、8割私がベラベラと話している。勿論今日も甘えん坊スイッチが入っていても、喋るのは私ばかりだ。

「アー、腹いっぱい。」
「足りて良かった。」
「ご馳走様ァ。」

テーブルの食器を片付けていると

「オレ洗うからァ。風呂入ってくればァ?」
「いいの?」
「オゥ。」
「ありがとう。」

お風呂場へと向きを変えた私の腕を掴んでキス。
部屋着のワイドパンツを脱いだところで、彼がこちらに来た。

「まだだったか。」

全部脱いだと思っていたようで、そんなすぐに脱げないし、何を狙ってるんだと笑ってしまった。

「んだヨ。」
「あはは。ほら、食器お願いします。」
「ヘイヘイ。」

キッチンへ戻る前にキス。

お風呂から出ると、彼はテレビでやっている映画を見ていた。

「なげェ。」
「映画だからね。」
「ちげェ。風呂、なげェ。」

時計を見れば、お風呂に入ってから30分しか経っていない。30分で長いと言われても、困ってしまう。

「寂しかったの?」
「べーつにィ。」

彼の隣に座ると、私の右手をとり指を絡めにぎにぎしながらキス。
テレビへと視線が戻るも、彼はあまり面白くはないのか、欠伸をしてはキスを繰り返してくる。私は割と面白いと思っているが、集中は出来ないので諦めた。

「ほかの番組に変える?」
「んー、イヤ、いい。」
「眠い?」
「眠くねェ。」

そう言ってまた大きな欠伸をしている。仕方がないので、私からキスをねだってみた。

「靖友、ん。」

私の顔を見た彼は、満足そうにしている。

「なァに、名前チャン、甘えん坊だなァ。」

いや、私じゃなくて、アナタでしょうと言おうと少し口を開けば、その隙を狙って口を塞がれ舌が入ってきた。
散々舌で遊ばれ、唇を離した彼は、雄の色気が全面に出ている。

「ハッ!名前すっげーエロい顔してんじゃナァイ。」
「その言葉、そっくりお返ししますから。」
「ヨシ、ヤルか。」

ああ、知ってるけど。ムードもへったくりもない言葉にまた笑ってしまう。今日はとことん甘えさせてあげよう。

「あ、歯磨きしてからね。」
「チッ、ムードねェな。」

お互いさまか。




2021.02.07




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