どんなニオイ?


土曜の10時、荒北と二人でスーパーに向かうつもりが、名前はひとり駅に向かって歩いていた。




金曜夜、バイト先のシフトミスで急遽休みになった名前は、土曜から荒北の家に行く予定を早めた。お互いレポートやレースで中々時間が合わず、実に4ヶ月ぶりの再会だ。

荒北は最寄駅で名前の荷物を奪い取り腕を掴むと、そのままぐいぐい引っ張り早足で歩き出した。

「スーパー寄ってかない?」
「アー、ムリィ。」

何が無理かと名前は聞こうとしたが、すぐに何を意味しているのか理解すると、何も言わずに小走りで荒北についていった。
家に着き玄関を閉めると同時に抱きつかれ、そのまま押し倒された。その後もお風呂やベッドで抱き合い、最後は二人とも意識を無くしたように眠りについた。

荒北よりも先に起きた名前は、喉の渇きを潤す為に冷蔵庫を開けた。そこで、朝食すら作れそうにもないスカスカな冷蔵庫に肩を落とした。怠い体はまだベッドを恋しがってはいるが、あの冷蔵庫を見てしまったのだから、仕方がないと覚悟を決め、体を起こす為にシャワーを浴びた。それから荒北を起こし、シャワーを浴びさせ、さてスーパーに行こうと思っていた。玄関を開けるまでは。

「え…っと?」

荒北の家の前には、スッピンで荒北に借りたダボダボジャージにサンダルを履いた名前とは正反対の、バッチリメイクにふわりとした服を着た可愛らしい女性が立っている。

「どしたァ?」

玄関を開けたまま固まっている名前に、財布をやっと見つけて追いかけてきた荒北が声をかけた。

「やす…。」
「荒北くん。」

名前が呼ぶ声に被さるようにして、その女性が荒北を呼んだ。

「なっ、なんでいんだよ!」
「なんでって、荒北くんに会いに。」
「ハァ!?」
「荒北くん、この人は?私を彼女にしてくれるって言ったよね?浮気?」
「ハァァ!?」
「……靖友、声大きい。靖友と話があるなら、どうぞ。私はもう帰るから。」

名前はそう言うと、玄関から飛び出して行った。

「アッ!オイ!名前!」

荒北の声は無視をして、名前は走った。荒北は慌ててスニーカーを履くと名前を追いかけようと玄関を出た。

「荒北くん。待って。」
「アァ?ってか、テメェ断ったよなァ?」
「私ならいつでも側にいれるよ。」
「ハァ?だからなんだっつーんだよ。」
「だから!」
「アー、無理。オメェ臭すぎて、オレはオメェなんかにどうやっても勃たねェわ。」

我ながら下品な事を言ったとは思ったが、正直な気持ちではあるし、何より早く名前を追いかけたかった。

「二度と顔見せんな。」

目を潤ませ、ワナワナと震える女性をそのままに荒北は走り出した。





「あー、この格好で新幹線はさすがに恥ずかしいなぁ。」

駅を目の前にして、名前はすぐ横にある小さな公園へと入った。
今頃荒北は自分を追いかけてきているだろうと名前は思った。
荒北がそんな事をするような人ではない事は分かっている。それでも苛立ってしまい、なぜかあの場から逃げ出した。

「だいたい、なによ。モテねぇって言ってたじゃん。モテてんじゃん!しかも家まで押し掛けられるって、スキがあるからでしょーが!しかも私スッピンだし!鼻で笑われたし!服だって!あーもう!すぐに会える距離にいるあの女が羨ましい!」

一気に捲し立てたせいで、名前の肩が揺れた。

「……ぜんぜんスッキリしない。」

言いたい事は吐き出したはずだが苛立ちは治らなかった。

「名前!」

荒北の声に、思っていたより早く来たなと名前は思った。睨み付けるような目を荒北に向けてしまう。

「チゲェからな。分かってると思うけどォ。チゲェぞ。」
「なにが。」
「あの女が言った事、全部チゲェ。」
「………そんなの、分かってる。」
「だよナァ。」

ほっとした顔を見せる荒北にまた苛つく。

「スーパー行くかァ。」
「靖友。」
「ア?」
「キスして。」
「ヘッ?」
「今すぐ。」
「ハァ?いや、でも…。」
「じゃなきゃ帰る。」
「チッ。」

さすがにここでは出来ないと思った荒北は、名前の手を取り、公園裏の日の入らない薄暗く細い道へと入った。そして、名前の両頬に手を添えると屈んでチュッと可愛い音を立ててキスをした。

「機嫌なおったァ?」

名前の顔の前でニヤリと笑う荒北に、今度は名前が荒北の両頬をに手を添えた。

「まだ。」

そう言った名前は、荒北にキスをした。それは先程荒北からした可愛いキスとは違い、舌を絡めた深いキスだった。荒北も一瞬驚いたようではあったが、名前に答えた。
しばらくして、唇を離した名前がふうっと息をして、満足そうに荒北を見た。

「機嫌はァ?」
「上々。」
「ソッ。」
「スーパー行こっか。」
「ンー、…勃ったァ。」
「は?」
「名前のニオイ、ヤベェんだよ。家戻るぞ。」
「え?スーパーは?」
「またあとでェ。」




2021.02.21




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