夏の風物詩
夏休みも残り1週間となった日。クラスのグループメッセージアプリの通知音が鳴り続く。きっと終わらない宿題について連絡を取り合っているのだろうと名前はメッセージを確認する事はなかったが、個別でクラスの仲の良い友達から入ったメッセージのみ返信し、通知音を切るとその日はそのまま眠りについた。
翌日昼頃、友達から昨日の内容が簡潔に送られてきていたので、それを名前は確認すると、どう返信しようかと悩んでしまった。
ー 昨日の内容。クラスの夏の思い出作りに明日夜花火。全員参加決定。名前以外は、全員了承済み。昨日参加せんかった名前の分は、うちが参加って伝えておいた。礼には及ばん。
名前は友達に対し、どのような思考でお礼をされると思ったのかと心の底から不思議に思う。クラスでも目立つタイプではないし、はしゃぐタイプでもない。こういったクラス会の様なものも基本的には参加はしないタイプだという事を、メッセージを送ってきた友達はしっかりと理解しているはずだというのに。
ー 絶対参加せんとダメなん?昼に美容院予約してんねん。
そう返信すれば、昼なら関係ないし、もう参加で伝えているから諦めてときた。
「諦めてって。なんやねん。あー憂鬱や。」
翌日、家を出るにはまだ少しばかり早い時間、友達はわざわざ名前の自宅まで迎えに来た。もちろん名前は驚き、そこまでして連れて行くのかと言えば、なんとしても連れて行くと拒否を受付ない笑顔で言った。
「別にそこまで嫌って訳やないから、ちゃんと行くし。」
「せやけど、名前の事やし途中でやっぱめんどいわぁってなるかもしれんやろ。そんなんなったら、うち袋叩きに合うわ。」
「え、そんなに?そこまで全員参加にこだわっとるん?」
「色々あるんや。行くで。あ、せや名前。ごめんなぁ。」
「?…あぁ、勝手に返事した事?」
「それもやし、まあ色々や。謝っとくわ。」
何がと聞きたかったが、その後すぐに話題が変わってしまったので、まあいいかと名前もそのまま流してしまった。
途中のコンビニで飲み物とお菓子を買って集合場所へと着けば、もうみんな集まっている様だった。
「あ、来た来たー!もうみんなクジ引き終わってるで!」
集合している真ん中あたりから、クラスで目立つグループの男子がひとり手を振って声を掛けてきた。友達はごめんと言いながら、その男子から紙を受け取る。
「こっちは、苗字の分やで。」
そう言われて渡された紙には、数字の3が書かれていた。これは何かと友達に聞けば、肝試しの組分けだとサラリと言われて名前は固まった。
「え、無理や。ホンマ無理。は?花火言うたやん。なん?は?肝試しって?は?」
「苗字どしたん?大丈夫か?ほな全員行き渡ったやろし、同じ番号のやつ見つけてペア組んで並んでやー!あとはさっき説明した通りやでー!」
名前の戸惑いや拒否の言葉など誰も耳には届かないのか、話はどんどん進んでいく。まだそばに立つ友達の腕に縋り付いてはみたが、ただ歩くだけだし大丈夫だから、と言われるだけで、名前の番号を確認すると大きな声で呼んだ。
「3番さーん、どこですかぁー?お願いしまーす!」
名前のペアの相手は返事をしながらすぐに現れた。名前はその声が男である事に落胆し、誰かと振り向けば思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「お、苗字やーん!よろしゅうなぁ。」
「み…宮?……ムリ、ムリムリムリ!絶対無理や!」
「何がムリやねん!そんな連呼されると侑くん悲しいわぁ。」
「ホンマに無理や。あんな、うちガチで無理なんよ。肝試しとか。マジで。ホンマに。でな、たぶんもう拒否できひんやん?やるしかないやん?宮にめっちゃ迷惑かけると思うんよ。いや、かけるんよ。宮、喧しいの嫌やろ?キャーとか言って腕とかに抱きつかれるんよ?肝試しの恐怖と宮の不機嫌が揃ってもうたらさすがにうち生きて戻れんと思うんよ。だから、誰かと変わった方がええかと思うんやけど。」
「ほおん。大丈夫やで!俺にまかしとき!」
「なんで通じんのや!」
そんなやり取りをしている間に、順番は刻々と近づいてきてしまう。名前もパニックになりながらも、友達に縋り付くが、眉をハの字にして謝られるだけだった。順番が回ってきた名前は、涙目になりながら最後の足掻きで友達の腕を離そうとはしなかったが、侑に無理矢理はがされスタート地点へと引きずられてしまった。
「手、繋いどくか?」
「…いや、平気や。宮と手なんて繋いだら、後から知らん女に抹殺されるわ。」
「モテる男も辛いなぁ。」
「否定出来んのが腹立つわ。」
スタートの言葉と共に、名前と侑が歩き出した。侑の背に隠れる様に俯きながら歩く名前は、すぐにでもリタイアしたいが、それをすれば侑の機嫌を損ね、厄介な事になりかねないと、下唇を噛んでなんとか耐える。
「宮、なんか喋ってや。」
「なんかって?」
「なんでもええ。歌え。」
名前のその言葉に侑は噴き出して笑った。笑いながら立ち止まると、後ろを振り向き名前の隣へと並んだ。
「そんな怖いん?」
「ん。」
「ただの林やん。」
「知っとるわ。でも肝試し言うた。」
名前が幼稚園の頃、家族と行った遊園地でお化け屋敷に入った時のあまりの恐怖に軽くトラウマとなってしまった。夜の雑木林をただ歩くというのと、肝試しで夜の雑木林を歩くというのは、名前にとって全く別物になってしまう。
「手繋ぐん嫌なら、どこでもええから捕まっとき。」
「…やから、抹殺…」
「誰も見とらんし、されへんわ!」
「う、うん。」
それならその言葉に甘えてと名前は、震える手をなんとか抑えながら侑のTシャツの裾をぎゅっと握った。
「……あかん。」
「は?」
「いや、なんも。進むで。」
名前が頷いたのを確認すると、侑はゆっくりと歩めを進めた。
「苗字って、よお喋るんやな。」
「どういう意味や。」
「教室おっても、みんなとはしゃいでる姿とか見んし。大人しいっちゅーか。冷めとるっちゅーか。」
「喧しいのについていけん。目立つんも苦手やし。宮は目立つん好きそうやな。」
「嫌いやないで。」
「女子にもキャーキャー言われとるよな。」
「せやねん、俺モテてまうねん。」
「へぇ。まあ、バレーしとる時は確かにかっこええかもな。」
「へっ?ほんま?そう思うん?」
「え?うん、バレーしとる時やで。普段は思わん。」
「ひと言余計や。…見にきとった事あるよな。部活。」
「あんな端っこおったのに、よお気付いたな。セッターやったっけ?周り見とんのやな。」
2年生になってから一度、友達に誘われて名前はバレー部の練習試合を見学した事があった。ルールなど全くわからず見たバレーは、それでも引き込まれる位には魅了された。それと同時に、バレー部のレギュラーメンバーは誰も彼も人気が高く、特に双子はアイドルの様に扱われていた。バレーをしている姿を見れば、納得してしまう。
その時、二人が歩く少し後ろで枝が大きく揺れ葉が擦れ合う音が聞こえた。
「うおっ、ビビっ…。」
名前はあまりの恐怖に、声も上げず侑の腰にしがみ付いた。かなりの力に侑も一瞬どうしていいか分からなくなる。
「苗字、大丈夫や。なんもおらへんで。風やな。」
そう名前に伝えても、名前はまったく動かない。落ち着くまで名前を呼んで大丈夫だと侑は繰り返した。しばらく経って、やっと落ち着いた名前は、俯いたまま小さな声でごめんと言い侑から離れた。
「ええよ。あと少しや。」
侑は名前の手を取り、またゆっくりと歩めを進めた。その間も侑は下らない話を続け、名前はそれに相槌を打つだけだった。
「お、着いたで。」
ずっと俯いたままだった名前が侑のその言葉に顔を上げると、そこはよく知る稲荷神社があった。まさかあの雑木林を抜けた場所が小さな頃から遊び場として来ていた場所だったとは、名前も驚いた。
「あとは、階段降りてみんなと合流や。」
「うん。知った場所やと一気に怖さ無くなったわ。」
「フッフ。怖がっとる姿なかなか良かったで。」
「忘れろや。」
名前が階段へと足をかけたとき、繋がれたままの手を少し引かれた。そこで、名前はまだ繋いだままだった手を思い出した。侑を見れば、疲れたから少し休んでから降りようと、また名前の手を引いて階段へと腰を下ろした。名前も拳5つ分程離れた場所へと腰を下ろした。
「なんでそんな離れんや。」
「逆になんでそばに座らなあかんねん。ってか、手、いつまで繋いどるん。もう平気やで。」
「まあ、ええやん。侑くんと手繋げてるんやで。」
「やから、抹殺されるわ。」
名前は繋がれた手を広げてみれば、今度は指を絡めて繋がれてしまう。眉間に皺を寄せて侑を見れば面白そうに笑った顔がありほんの少し苛立った。
「苗字って、1年時サムと同じクラスやったよな。」
「サム、ああもう一人の宮ね。」
「おん。仲良かったよな。」
「普通。別に良くない。」
「ほおか?よお食いもんの話しとったやん。」
「………なんで知っとんのや。」
「治て呼んでたやんな。机に菓子広げて、めっちゃ楽しそうやったんに。急に宮呼びになって、菓子持ってこなくなった言うてた。なんでや。」
「お菓子もうええかな思っただけや。」
「嘘やろ。今も持ってきて友達と食べ比べしたりしとるやん。」
「なんで知っとんのや。なんなん?何が言いたいん?」
名前は侑を睨むような目を向けたが、侑は全く気にせず話を続けた。
「楽しそうやなって見とったんよ。」
「は?」
「みんなで楽しそうに笑ってる姿を見て、ええな、俺もあの場所居れたらなって。」
「何言うとるん?宮の周りいつも人居って、楽しそうにしとるやん。」
「せやな。けど、羨ましい思ったん。でも急にみんなと距離取るようなって、あんま笑わんくなって。気になるやん。2年になってもクラスの奴らにどっか一線引いてん。何があったん?」
「なんも…」
「言えん事?」
「………宮には言いたない。」
「どっちの宮?」
「両方や。」
侑が言うように、名前と治は1年のとき同じクラスで席が前後になってからよく話すようになった。主に名前が見つけてきた新作のお菓子を治が奪うといった感じだが、お互い食べる事が好きだという共通点からすぐに仲良くはなった。周りの女子は体型を気にしてか、少し口にしたら終わりな事が多かったが、それに比べ治は食べ過ぎではないかと心配する程の食べっぷり、そして幸せそうな表情に名前も楽しかった。そこにもちろん恋愛感情なんてものはなかった。治と仲良くなるにつれ、周りにも自然と人が集まり、みんなで持ち寄ったお菓子を食べて美味しいと言うそれが、名前にはさらに楽しかった。だが、周りは特に女子に関しては違っていた。治は名前が持ってきたお菓子は良く食べてはいたが、他の女子が持ってきたお菓子には、余程のことがない限り手をつける事がなかった。他の女子に指摘されるまで、名前はまったく気が付いていなかった。治と二人で話している時、名前はその事について聞いてみた。
「下心丸見えのヤツから貰っても美味くあらへん。名前ちゃんは、ちゃうやん。」
名前は単純に嬉しかった。男女の友情なんてないと言う子もいるが、治と名前は食べ物で繋がった友達で、治も同じ様に思っていてくれた事が嬉しかったのだ。だから周りのそういう言葉は気にしない様にしていた。けれども、僻み妬みを持った女子からの嫌がらせが増せば、名前も心を痛める。限界が近付いた時、ちょうど席替えがありそれを機に全てをやめた。お菓子は一切持たず、治との関わりを辞めた。そうすれば、自然と嫌がらせもなくなった。
「サムの事、好きなん?」
「それはない。宮の美味しそうに食べてんの見るのは好きやけど、そういう好きはない。」
「嫌がらせされたんやろ。」
「なん……何も言わん。」
「…おん。分かった。でも、あれや。」
「あれって、なんや。……てか、なんかおかしない?」
「なにがや?」
肝試しの順番は3番目。まだまだ後続がいるはずなのに、あれだけゆっくり歩いて、さらにはこの場所に留まって、それなのに4番目の組は来ない。
「なあ、途中で道外れたんか?」
「外れてへんよ。」
「なんで誰も来んのや。5分位の差で出発したよな?後ろもそうやろ?みんなどうしたん?」
気付いたかと侑は言った。
「みんな先に下で花火やっとるよ。」
「は?なんで?」
「すまんな。肝試し嘘やねん。」
意味が分からないと名前は言う。先日のグループメッセージで、名前が参加していない事が分かった侑は参加しているクラスメイトに名前と二人になれるタイミングを作って欲しいと言った。クラスのみんなはもちろん驚いたが、一部女子が名前は難しいと思うと言った。その時に1年の時の話を聞いていたのだ。名前と仲の良い友達は、侑のファンの方が過激なので、興味本位やほんの少しの好意であればやめて欲しいと言った。だが、侑はきっぱりと言ったのだ。もう一年前から名前に対して好きだという気持ちを持っていたと言う事を。自分勝手だが、侑の好意で名前が嫌な思いをさせない様に、みんなに協力してもらえないかと。それを聞いたクラスのみんなは、人格ポンコツと呼ばれる侑が、好きな女の為にみんなにお願いするとは、と騒ぎ立て最終的にはみんな了承したのだ。
「宮、うちの事、好きなん?」
「おん。」
「殆ど喋った事もないやん。」
「おん。でも好きになってん。」
「まったくわからん。からかって…」
「ないわ。」
「そ、か。…そおかぁ…照れるな。」
「あほか。俺の方が照れとるわ。」
拳5つ分の距離を侑はぐっと縮め座り直した。侑の言葉に名前はなんと言えばいいのか分からなかった。そもそも侑に対して、今までそういった感情で見てきていないのだ。
「なんか言えや。」
「いや、何言えばいいか…。」
「私も好きや、とか、侑くんと付き合いたい、とか。」
「……無理やな。うん。無理や。」
「なんでや!」
「宮の事そやって見た事ない。あと抹殺されんの怖い。」
「ほんなら、これから俺の事意識しろや。そんで抹殺はさせへん。絶対させへん。」
名前は暫く黙ったまま繋がれたままの手を見ていた。その間、侑も黙って名前の言葉を待っている。ようやく名前が頷く姿を見て侑はパッと嬉しそうな表情を見せた。
「ほな付き合うか!?」
「何言うとんねん。まだ無理や。でも宮が本気なら、うちもちゃんと考える。それからきちんと返事はするわ。」
「なんや、なかなかの頑固もんやな。」
「頑固とちゃうやん。」
「まあええわ。ガンガン攻めたるし。」
「目立つん嫌やからな。」
「フッフ、覚悟せえや。」
緊張したと言いながら立ち上がる侑を見て、名前は緊張してたのかと少し驚きつつ笑って立ち上がった。繋がれた手を軽く引かれ、侑と名前は階段を降りて花火を楽しむクラスメイトの元へと歩き始めた。
「せや、忘れるとこやった。」
「なんや?」
「嘘ついて肝試し連れ出した事は許さんからな。」
「えっ!」
「マイナスからのスタートやんな。」
「まてや!それは謝ったやろが!」
「あんなん謝ったうちに入らんわ。アホか。どんだけ怖い思いしたと思ってんねん。」
「すまんて!まあ俺はラッキーな事多かったけどな。」
「はあ?マイナスもマイナス、地の底からの始まりや。いや、やっぱり宮とは無理や。」
手を繋いだまま言い合いをして現れた二人に、クラスメイトはどっちなのか、お祝いの言葉を出していいのか分からず戸惑っているところ、何も考えていない男子が、手を繋いでいる二人を見て、付き合えたのか、良かったなと侑に声をかけた。その言葉に先に反応したのは、名前だった。
「付き合うてへんわ!」
「なんや、そうなん?手繋いどるし、てっきりうまくいったんや思たわ。恋人繋ぎ紛らわし。侑残念やったなぁ。」
「まだ振られてへん!!」
「はあ?どっちやねん。」
「宮、いい加減手離して。地の底のさらに底からになるで。」
「どこやねん!!まだ下あるんかい!!」
「知らんわ!」
また言い合いが始まれば、興味津々と集まっていたクラスメイトは、アホらしいと花火を再開させた。名前は銀島を呼び、侑を回収してもらうとやっと一息つけたところに、友達が声をかけてきた。
「名前、色々とごめんなぁ。」
「ほんま疲れたわ。」
「で、どーするん?侑くんは振られとらん言ってたけど。」
「どうやろな。意識しろとは言われたけど、宮を好きになる自分は想像できん。」
「まあ、今まで何も思ってなかったんなら、いまはそんなもんやろ。ゆっくり考えたらええんやない?」
「………せやな。地の底の底からやから、時間はかかりそうやけど。」
「下すぎやん。」
友達はそう言って笑っていた。
新学期が始まれば、侑のアピールの激しさにかなり引きつつも、根負けした名前は2ヶ月後にやっと頷いた。
2022.09.04