緊張がほぐれない
「アイツももう少し可愛げがあればなぁ。」
それは昼休み、発したのは侑だった。
お弁当袋を持った名前は、いつも通り侑のクラスに向かった。授業がいつもより少し長引いたお陰で、少し遅れた名前が侑のクラスへと着けば、侑はクラスの女子と話していた。どうやら、一緒にお昼食べようと誘われているようだった。それはよく見る光景であり、侑はその都度、彼女と食べるから、と断っているが、名前はいつも不安になる。侑と付き合って半年程経つが、名前は自分に自信を持てないままでいる。けれど、それを表に出す事はない。自信は持てない上に、侑と二人になる事にも未だ慣れずに緊張する。そしてそれは素っ気ない態度として現れる。それは名前も分かっている。だから、可愛げがないと言われても仕方がないと思うのだが、それに対して悲しくない訳ではない。
泣きそう、そう思った名前はそのまま侑の教室から離れ、人の居なそうな体育館裏へと向かった。そして、誰にも見つからないように名前はひとりで泣いた。
「また泣いてるじゃん。侑、探してたよ。」
「……なんで見つけるかなぁ。」
「俺が行こうとしてる場所に苗字がいたんだから仕方ないじゃん。」
「もっと他の場所見つける。」
名前と同じクラスの角名は、こうやって名前がひとり泣いている時、角名的には運が悪く見つけてしまう。それで今回はなぜ泣いているのかと角名が聞けば、先程の事を名前は伝えた。
「たぶんそれ苗字の事じゃないと思うけど。ってか、まだ緊張すんの?」
「……する。慣れへん。名前呼ぶんもドキドキする。」
「はぁ。それ、いい加減侑に言えば?」
「無理。もう半年や。未だに緊張って。面倒くさい思われる。」
「思わないでしょ。侑の事だから、かわええなぁってニヤニヤする姿が浮かぶけど。」
角名はいつも名前の考えすぎだと言う。それに対して名前はいつも首を横に振る。どうしても自信が持てない。
「侑から告白したんだろ?それだけで自信持っていいと思うけど。」
角名はそう言って思い出したのか、面白そうに笑った。侑はその時、顔を真っ赤にしあまりの緊張によく分からない、なんとも勢いだけは凄かったのだ。それをたまたま角名と治に見られて、もちろん角名はその様子を動画に納め、侑は暫くはイジり倒された。
「でも実際付き合ったら、この通り可愛げのカケラもないやん。違うた思ってるんよ。」
「この半年、侑からやっぱり違ったって言われた?」
「言われてへん。けど…。」
「もうさぁ、ちゃんと侑と話な。自信つけてもらって。侑も自分の知らないところで彼女が泣いてたら、さすがに嫌だと思うけど。って事で、俺はもう行くから。顔洗ってから戻りなよ。侑に知られたくないなら。」
角名はそう言うと、目的の場所へと行った。名前も角名が言う事が分からない訳ではない。侑が他の女子に自分の弱い所を知られるのは嫌だとは思っている。それなら、そういった部分も名前に見せて欲しいとは思う。でもそれは名前が侑を好きだからであって、侑に今の自分を好かれている自信がない名前には、これ以上侑にとって面倒な女にはなりたくない。恋愛初心者に侑はハードルが高すぎたと名前は思う。そう思ってはいても、侑を好きになってしまった名前には、侑から離れるといった事も出来ない。
「はあ、ほんま面倒な女や…。」
時間を確認しようとスマホを見れば、たった15分の間にいくつも侑からメッセージや着信が入っている。
ー まだこーへんの?
ー 何しとん?
ー 腹減った
着信
ー どこおるん?
ー スマホ見ろ
ー なんかあったんか
着信
ー おい
ー どこや
ー そこから動くな
最後のメッセージは、今から2分前。もしかしたら角名が侑に伝えたのかもしれないと思った名前は、慌ててお弁当袋を掴んだ。
「名前ちゃん!見つけたでぇー!」
その声にびくりと体を震わせながらも、急いで立ち上がり侑に背を向けた。顔を見せれば泣いていた事がバレてしまう、絶対に知られたくはなかった。
「なにしとんのや。」
「ごめん、ちょっとそこで止まって。」
近付いてくる侑に名前は今は近付かないで欲しいと思った。
「なんでや。ってか、ほんまこんなとこでなにしとん。」
「別に、なんとなく?」
「はあ?…なんでこっち向かんの?」
「なんとなく…。」
名前自身も、無理のある返答だとは分かっている。なんとなく、など侑も納得する答えではないと。それでも、なんと答えればいいのか分からない。うしろから侑のため息が聞こえ、名前はもうどうしていいか分からなくなってしまう。確かなのは、侑は今確実に面倒くさいと思っている。先程まで流していた涙が、また溢れてしまいそうになり、名前は目をぎゅっと強く瞑った。
「誰かに呼び出されたたんか。」
「………は?」
言われると思っていた言葉が違い、名前は思わず抜けた言葉が出た。
「なんか言われたんやろ、どこの女や。」
「違う、女子に何か言われた事なんて一度もない。」
「ほな、男か。ああ?人の女呼び出すとはいい度胸しとるやんけ。」
「それも違う。私なんか呼び出す男はいない。」
「おるやろがい!」
「いません。」
「俺や!忘れたんかい!」
そうだったと名前は思い出した。
昼休み、お弁当も食べ終わった名前が自販機へとジュースを買いに来た時、突然侑に声をかけられた。それまで挨拶程度しか話した事が無かった名前は、とにかく驚いた。少し時間あるかと聞かれ、名前が頷くと付いてきて欲しいと言われた。その時の名前は、この後告白されるとは微塵にも思わなかったので、違った意味で緊張しながら付いて行った。しばらく無言で歩き、生徒もいなくなった場所で侑が足を止め振り向いた。その顔は真っ赤で、またそれに名前は驚いた。そして侑は体をガチガチにしながら勢いよく言ったのだ。
「俺、宮侑です!ちょっと前、いや、ずっと前、あ、いや、半年前ってちょっとか?ずっとか?まあええわ!苗字さんが気になっとって、好きになりました。俺と付き合ってくだしゃい!……噛んでもうたあ!」
そう言って頭を抱える侑を名前は、この人可愛いな、と思った。そして気がつけば、よろしくお願いします、と名前は言っていた。
「ちゃんと、覚えとる、よ。」
「ほんまに、男に呼び出されたんちゃうんやな?」
「うん。」
「ならええ。いや、良くあらへん。ほんなら、何してたんや。」
「なんもしてへん。」
「んなわけないやろ。」
「……面倒な女やな、とか思わへんの?」
「はあ?」
「わたしの事。こやって逃げて、面倒な女やとか、付き合うてなんか違うたとか、思わへんの?」
言ってすぐに名前は後悔をした。そんな事聞かれたら、それこそ面倒な女になってしまうというのに。絶対に終わったと思った。侑の足音がまた近付き、名前の目の前で止まった。
「逃げとったんか、俺から。」
「違う、けど違くない。」
「泣いとったんか。」
「泣いてへん。」
「目も鼻も真っ赤やで。俺、なんかした?」
「侑くんは、なんもしとらん。」
じゃあなんなのだと侑は聞いてくるその声があまりにも優しくて、角名が言っていたように、侑へ思っていることを伝えてもいいのかと考える。
「なあ、名前ちゃん。俺ちゃんと聞くで。やから、なんかあんなら話してほしいねん。」
「………可愛げない、言うた。昼休み、侑くんのクラス行って聞いた。わたしどうしても緊張すんねん。侑くんと一緒におると、ドキドキして緊張してよう分からんくなる。侑くんはモテるやろ。クラスにもわたしなんかよりかわええ子いっぱいおるのに、なんでわたしなんやろって思う。わたしの問題なんやけど、自信ないねん。初めて男の子と付き合うて、その人ん事好きになって、余計緊張してもうて。もう半年も経つんに…。」
「………あかんやん。」
「うん、ごめん。」
「ちゃうくて。あかんよ、あかん!なんやそれ!」
頭を抱える侑の姿に、名前は告白された時と同じだなと思った。違うといえば、頭を抱えたままあかんとずっと繰り返している。それを聞いて名前は、もうダメなのかと悲しく思った。
「侑くん、ごめんな。可愛なくてごめんな。」
「ちゃうくて!聞いてや!そもそも名前ちゃん事可愛げないなんて言うてない!」
「でも聞いた。」
「ちゃうわ!サムの事や!」
「治くん…?」
「せや。昨日ちとハデにケンカしてもうて。サムが悪いんやで!したら、珍しくサムが謝ってきたん。それがクソムカつく言い方で、コイツほんま謝るつもりあるんかと思ってな。それや。も少し可愛げありゃ俺かて許してやらん事もなかったんに。」
そうだったのか、可愛げないは勘違いだったのかと気付いた。侑はと言えば、思い出したのか少しだけ不機嫌な表情を見せた。
「なんか、ごめん。図々しく自分の事言われた思った。」
「それや!なんで図々しいんや。そこだけ聞いたら俺かて勘違いしとったと思うで。…さっき緊張する言うてたやん。そやったんか?」
「ごめん、半年も経ってこんなんで。」
「ほおん。手繋いでても真顔だったんは?」
「緊張して、それがバレたくなくて、顔引き締めとる。」
「ちゅーした後、いつも真顔で去っていくんも?」
「それは…限界超えるとるから、自分でも分からへん。」
「………かわええやないかい!!」
侑は突然名前の両肩を掴むと上を向いてそう叫んだ。近い、と思った名前は一歩後ろへ下がろうとしたが、叫んだ侑はそのまま名前を抱きしめた。
「ちょ、あ、つむくん。」
「なんや、そーやったんかぁ。なんも反応あらへんから、俺ん事好きやないんかと思っどったけど…そおかあ。好き過ぎて緊張しとったんかぁ。」
好き過ぎてとは言っていないと名前は思いつつも、もしかしたら侑も少し不安に思っていたのかと気付いた。
「もっと早く言えば良かったね。ごめん。」
「ええんよ、名前ちゃんも俺ん事が大好きやっての分かったし。んもーかわええなぁ。俺もめっちゃ好きやで。自信持てへん言うてたけど、俺に好かれとるって自信は持っといてな。」
「それは、まだ難しいかも…。」
「ほなら、これから毎日伝えたるわ。」
「遠慮します。」
「なんでや。」
「わたしの心が保たん。」
「んもーかわええ!なあ、ちゅーしてええ?」
「今!?無理。ごめん、もういっぱいいっぱいで。」
「いやや!この先の事考えや!ちゅーくらいいつでも出来るようならへんとあかんで!」
この先とは、と一瞬考えなんの事だと思えば、侑は大人の階段だと言った。そんなのは考えただけで気を失うと名前は思った。
「………名前ちゃん?どしたん?おーい、名前ちゃーん!え、名前ちゃん?!大丈夫か?」
大丈夫な訳あるかと叫びたいが目の前がぐるぐると回って名前はそのまま貧血を起こし倒れた。
「俺もお付き合い初めてやから緊張してるっちゅーの。バレてへんなら良かったわぁ。」
2022.09.04