食は大事
昔から、朝がとても弱い。起き上がるまでの時間も長いし、起きてすぐに朝食など全くもって無理な話だ。朝食抜きで、何度学校で倒れた事か。お腹が空いて倒れるなんて恥ずかしいにも程がある。けれども、どうしたって口に入っていかないのだから仕方がない。小中と、学校に着いてからの食事は禁止されていたので、どうする事も出来なかったが、高校生になると授業以外の時間に食べていても問題がない事を知った。それからは、毎朝おにぎりを2つ持ち、学校へ着いたら食べるようにしている。今日は、おにぎりにプラスでラップに包まれた唐揚げ2つまで付いている。ラッキーだ。流石に教室で朝から唐揚げの匂いを漂わせるのは申し訳なく思い、時間もあるし非常階段へと向かった。朝からこんな場所に来る生徒はいない。
「いただきます。」
太腿の上におにぎりと唐揚げを乗せ手を合わせた。まずはおにぎり1つ目にかぶりつく。と同じタイミングで非常階段すぐ横から騒々しい声が聞こえた。
「ふっざけんな!返せや!」
「無理や言うとるやろが!もう腹ん中や!」
「そんなん知るか!俺のおにぎり!返せや!」
忘れていたけど、ここは朝練を終えた運動部が通る場所だった。朝から喧嘩とは元気だなとそっと顔を出して覗けば、普段はぼぉっとした表情が多いように思うその顔が、鬼の形相へと変わっていて少し驚いた。いま喧嘩をしている二人は、この学校でも名物とされ有名である。どこかで喧嘩が始まれば、みんな面白がって見物しに行く。興味がない、と言うよりあまり喧嘩が好きではないのでわざわざ見に行く事はないが、こうやって目の前で始まってしまった喧嘩。こちらも食べている途中で移動も難しい。でもやはり喧嘩を聞きながら食べるのも気持ち的に沈む。彼はおにぎりと言っていた。まだ手を付けていないおにぎりがもうひとつある。これを渡してしまった場合、こちらのお腹はお昼まで持つだろうか。運がいいのか悪いのか、今日は唐揚げが付いている。それなら大丈夫かもしれない。もう一度そちらを覗き見れば、胸ぐらを掴み合う二人に、やはり声を掛ける勇気などない。おにぎりの事で、これだけ怒れるのも凄いなと感心しつつ、横でスマホを弄る角名に気付いて貰うよう手を振るが、角名の視線はスマホの画面から動かない。鬼の形相の彼が腕を振り上げた。
「おにぎり!あるよ!おにぎり!!」
おにぎりを持った手だけを出し、思わずそう叫んでしまった。シーンと静まったその場。聞こえていなかったのか、それともこの一瞬でみんなどこかへ行ってしまったのか。何も反応が返ってこない為、そっとまた頭を出せば、その場にいる皆んなが目を丸くし口をポカンと開けている。目立つ事は嫌いだ。けれども、こうなってしまったからには仕方がない。
「あの、おにぎり、食べますか?」
思っていた以上に自分の声が小さくて、相手に聞こえたかわからない。自分の顔が熱く、きっと今顔が真っ赤だと分かる。さっと顔を隠し、手に持ったおにぎりだけを見せた。早く、何か言って欲しい。
「………ええの?」
遠慮気味に言ったその声に、おにぎりを持って手で丸を描いた。
「あの、動けないから出来れば取りに来て貰えると助かります…。」
「おん。」
こちらへと近づく足音に、手に持つおにぎりへさよならと心の中で呟いた。あ、でも。
「今更ですが…。」
「え、くれへんの?」
「あ、いや、違くて。コンビニとか買ったやつじゃないし、大丈夫かなと…。」
「ん?」
「自分で食べるつもりだったから、手で握っちゃったやつで。」
仲良くもない女の手で握ったおにぎりなど、普通なら嫌がるのではないかと今更ながらに思ってしまうが、彼を見ればよく分かっていないのか、首を傾けている。
「えっと、気持ち悪かったり…。」
「気持ち悪いわけないやん。」
「そ、そう?それなら、どうぞ…。」
「おん。ありがとお。」
彼は嬉しそうに受け取ると、すぐにラップをはがし口の中へと放り込み、美味しいと幸せそうな顔をして行ってしまった。
「ナイスタイミングだよ。」
「角名…。バッドタイミングだよ。私のおにぎりが…。」
「治は、ラッキーだと思ってるよ。」
「そりゃおにぎりにありつけたからね。」
「苗字のおにぎりだし。」
「…は?」
「治、いつも苗字が美味しそうにおにぎり食べてるから、あのおにぎりは普通のとは違う、俺も食いたいって言ってたんだよ。」
「ほ、ほう…。治くん、なんか普通のおにぎりで申し訳ない。」
「ははっ。」
思ったよりも時間を取られてしまい、残りを急いで食べて教室へと向かった。小走りをしたせいで、横っ腹が少し痛いなと思いながら、教室の扉に手をかけたところで、声をかけられた。
「苗字さん、おにぎりめっちゃ美味かったで。そんでな、明日も食いたいんやけど。」
「………は?」
それからほぼ毎日作り続けて1ヶ月後、治くんに告白されてパニクっておにぎり片手に逃げ回った姿を角名に動画を撮られていたらしい。
2023.06.04