暁紅の朝は二度おとずれる 02



件の屋敷は確かに妙な屋敷だった。
大きな門構えの外観だが、中からは人の気配が全くしない。

『もう、生きてる人は残ってねぇかもしれねぇなァ』

屋敷を見下ろせる崖の上から様子をうかがうが、何も動きはない。

「風柱様!屋敷中央付近、一番広い間に怪しい影があったとの情報が」

偵察に向かった隊士が小声で告げる。

「上等だァ、どんな野郎だろうとたたっ切るまでよォ」

そういって話していた通りに少数に分かれ、さまざまな場所から突入の機会を伺う。
名前は実弥と2人、正面から本丸を叩っ斬る役目だった。
何故なら名前が今任務の隊士の中で1番階級が高かったからだ。

『あの、選別の時に死にそうになってた奴がねェ・・』

隣で屋敷を見つめる名前の横顔を実弥はそっと眺める。



選別の時、名前がいた事だけは覚えている。
彼女が鬼に襲われそうになっていたところ、その鬼の首を実弥が刎ねた。
意図して彼女を助けようとしたわけではなく、たまたま殺した鬼に襲われていたのが名前だった。
名前は顔をぐしゃぐしゃにして座り込んで泣いていて、そんなんじゃすぐ死ぬぞ、というような事も言った気がする。
そんなところから乙まで、階級を上げていた名前に実弥は少し感心していた。



名前がふとこちらを向いて目が合う。
その眼はあの選別の時とは違い、真っ直ぐと自身を見つめていた。
絶望という言葉が浮かんでいたあの時とは違う、芯の通った表情だった。

「風柱様!動きがあったみたいなので、いきましょう!」

「あァ」

まぁ、今はどうでもいい事実だ。
目の前の鬼は抹殺するのみなのだから。




一斉に屋敷に踏み込めば、話の通り中央付近の部屋に人影があった。
綺麗な着物を着た髪の長い少女の様だった。
広い屋敷の中にぽつんと1人正座している。
異様な雰囲気だった。
生気が全く感じられず、少女はこんな状況にもかかわらず1人笑っていたからだ。

「いらっしゃい。今日はご馳走がたくさんみたいね」

「無駄口を叩いてられんのも今日までだァ。テメェは今からここで首を刎ねられるんだからなァ?」

「まぁ物騒ね」

何がおかしいのか小さく笑う少女の様なその影に、実弥は抜刀し一瞬にして間合いを詰める。
ぎりぎりのところで、鬼が刀の切っ先を裂けた。

「チッ」

「風柱様!向こうの能力もわからないのに踏み込むのは危険ですっ!」

名前が傍に近寄って小さく叫ぶ。

「うるせェ!!」

そのまま、着地もそこそこに、再度鬼に切りかかった。

「せっかちなのは嫌いよ」

そうつぶやくと少女の姿の背中を突き破って大きな鬼が現れた。
髪の毛の部分は蛇、体の下半身は蜘蛛のような姿をしている。
笑っているようなその口には大きな牙が光っていた。

「本当に、食事の邪魔よねぇ。でも、もっと「力」を得れば私は今よりも強くなれる」

「無駄口叩いてねぇでさっさとくたばりやがれっ!」

実弥が行き着く間もなく、鬼に切りかかる。

その瞬間、鬼はグイと首を蛇のように伸ばし、実弥の真ん前に顔を近づけた。
同時に目を見開き、その眼が赤く光る。
実弥は視線が合った瞬間世界がぐらりと揺れたような気がした。
鬼の体を蹴って後ろにさがる。

『なんだァ・・?』

一瞬体に走った違和感だったが、身体を確認するが特に動かない場所などはない。

「うふふ」

不気味に笑う鬼を実弥が睨みつけていた瞬間。

「水の呼吸、弐ノ型 水車!」

名前が鬼の後ろ側から蜘蛛のように四方に伸びていた足に切り付けた。

「くっ・・このアマ!」

斬られた足のせいで鬼は身体の釣り合いを崩す。
その瞬間、鬼の意識が名前に向いたことを実弥は見逃さなかった。

「風の呼吸、弐ノ型、鹿旋風・削ぎ!」

荒々しい旋風が巻き起こり、地面を削ぎ、家屋をなぎ倒しながら鬼の体に到達する。

「ぎゃぁ!!!」

急所の首は避けたものの、鬼の体には深々と傷が残る。

『くそ・・早く再生しなければ・・』

傷を見つめ、前を向き直った鬼の前に実弥の姿はなかった。

「おせぇよ」

声の響いた真上を見つめた瞬間、屋根の吹き飛んだ月明りに光った剣先が見えた。
一瞬、時が遅くなったように、実弥がこちらに落ちてくる事を感じながら鬼は腕を振ろうとした。
が、触れなかった。
気づけば世界は反対になり、自分の頭は地に落ちていたと気が付いた。

「くっ・・・そっ・・」
塵になる身体を見つめながら、鬼は小さくつぶやいた。



鬼の姿が消えてしまうと、実弥は少しだけ息を吐き出した。
寒さの残る季節に、しんとその息は吸い込まれていく。

「風柱様!やりましたね!!」

どこに居たのか、わっと隊士に囲まれ、またかと実弥はうんざりする。
大体今日の任務だって単独で倒せたはずだ。
それが柱になったからとほかの隊士と一緒に行くように指示され、それだけで嫌気がさしていたというのに。
実弥はうるせぇと小さく吐き出し、その部屋を後にした。


ほぼ半壊状態の部屋をでれば、隣の部屋からうーんと考えるような声がする。
なんとなく、中を覗きこめば名前がたくさん重なった死体の前で唸っていた。
鬼の首は切ったというのに、こいつは何をしているのか。

「・・おい」

「あっ、風柱様!先程の太刀筋、見事でした!」

さすが柱様ですね!いつか稽古をつけてほしいです!とまた笑顔になる名前にため息をつく。

「で、お前は何してんだァ」

「あ、すみません!ちょっと気になったものですから・・・」

そういって再度目の前に広がる死体や骸骨を覗き込む。

「鬼は殺したんだァ。何をそんなに気になってやがる」

「・・・・この、木乃伊みたいな死体が何体もあるんですが」

そういって名前が指差したのは骸骨の間に埋まる干からびたような木乃伊の死体だった。
こちらに伸びた手は指先まで細く皺になり、くぼみになってしまった目はまるで助けを求めているようだった。

「先程から屋敷みていると何体か木乃伊の死体があるのですが、全部男性物の着物を着ているのです」

うーんと名前は言いながら、考えるように首を傾げた。

「鬼は女性のようだったし・・。食われているんじゃなくて、精気を吸い取られているような死体がなんだか気になるなって・・」

「もうその鬼もいねェ。今更気にしたって仕方ねぇだろ」

自身が片付けた仕事の事をとやかく蒸し返されるのは、気にくわなかった。
ただ少しの苛立ちで名前を咎めれば、やはり名前は以前と同じような顔でへにゃりと笑った。

「・・そうですね!余計な手間でした」

立ち去る実弥の後を名前は追いかける様にその場を離れた。



2人で歩き出したと同時に鴉が飛んできて、空を旋回しつつ叫ぶ。

「風柱!苗字!コノママ合同任務ダ!西ノ村ニテ人ガ多数消エテイルトノ報告アリ!」

「・・!風柱様。また合同任務よろしくお願いします!」

「・・遅れんじゃねぇぞォ」

「はいっ!」

また笑顔になる名前に実弥は不思議と安堵感を覚えた。
ただ一度のみ合同で任務を遂行しただけであったが、実弥は名前との共同任務の相性が悪くないと感じていた。
自分の太刀筋に対して、そこに沿うように邪魔をしない名前の刀の流れは悪くない。

ただ水の呼吸の使い手というのは誰かの影がちらつき、心から良しとは思えなかったが。



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