名前との出会いは、ありきたりとは言えなかった。

数年前始末したターゲットに飼われていたのが彼女だった。
仕事を終えて部屋を見回すと、奥で大きな目を見開いてゆっくりと瞬きをしていた彼女を見て、少しの違和感を覚えた。
彼女は叫びもしなければ言葉を発する事もなかった。
そういえばこの部屋を開ける前、幾ら綺麗でも声を出せなければ使い物にならない。という会話が聞こえたのを思い出した。

ゆっくりと近付く私をどこかぼんやりした瞳で見る彼女の前に跪いて、乱れた髪を梳かしてやる。



「…貴女、帰る所あるの?」



小さく首を振る彼女は、男達が殺されていく様を見ていた筈なのに、涙の跡すらない。憎い相手が死んでいくのに悲しむ必要はない。だけど、私が怖くはないのだろうか。
彼女からはそういった感情は見て取れなくて、それに安心している自分が居た。



「私とおいで。」


『……』


「大丈夫。私はまともではないけど、君を怖がらせたり傷付ける事はしないよ。約束する。」


『……』



そっと伸ばした手に小さな手が重なった瞬間、味わった事のない暖かさが心に広がる感覚がした。





あの日からずっと、名前は私の傍に居る。
一緒に過ごし始めて1年が経つ頃には彼女の声も元通りになって、痩せ細っていた身体も少しはマシになった。

当たり前はあげられない。私は普通の生き方を知らないから。
だけど精一杯幸せにしようと誓った。私と同じように普通を知らない彼女に、知っている限りの綺麗な景色を沢山見せてあげたいと思った。

いつ終わるとも分からない、それでも構わないと思っていたのに。名前を想えば想う程生きたくなって、それは幸せを願うよりも切なかった。





君と出逢ったあの日から、束の間の夢を見始めたんだ。














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