二人は神室町のネオンの中を歩いていた。
秋山の背中を見ながら、自分が尊敬している人を裏切ってしまったんだという自己嫌悪で、彼にかける言葉が見つからない。
突然、黙って後ろを付いて歩く彩香の腕を、秋山は掴む。
「っ!?」
そしてそのまま、そばの狭い裏路地へと連れ込んだ。
「秋山さんっっ!?」
両肩を掴まれ、壁に背中を押し付けられる。
最初に目に入ってきたのはワインレッドのジャケット。
目線を上へあげると、今までに無いくらい近くに、真剣な眼差しの秋山の顔があった。
「ど、どうしたんですか?」
「………」
「秋山さん…?」
秋山は頭を下げ、ハァーー。と大きくため息をつく。
「……ひとつ…訊くけどさ彩香さん。真島さんの事…惚れてたりとかしてないよね?」
「…え?」
そして再び顔を上げると彩香の目を探るかのように真っ直ぐに見つめる。
「正直にっ。……どうなの?」
グッと両肩を掴む手に力が入る。
「…いえ、特に特別な感情は無いと思いますけど…」
「本当に?」
「はい」
そのまま少しの間、じっと彩香を見つめてから、その肩から手を離した。
「そっか、ハハッ。それなら良いんだ、うん」
不可解な秋山の行動に、彩香は首を傾げて見上げる。
バツが悪そうな顔で、秋山は自分の頭をかいて笑い。
「行こうか」
と、元の大通りへと歩いた。
『ロンディネ』に着くと、彩香は秋山に「ありがとうございました」と礼を言った。
「秋山さん、さっきちょっと様子が変でしたけど…大丈夫ですか?」
「ん?ああ、何でも無いよ。ごめんね、驚かせちゃったよね?」
「なら、いいんですけど…」
「じゃあ」と言って、彩香が店内に入って行ったのを確認した秋山は、煙草に火をつけ神室町の狭い空を仰ぐ。
「あの時、本当は…キス…しようとした…なぁーんて言えないよなぁ……」
そう呟くと、さっきまで彩香と歩いた道を引き返して行った。
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