そんな事があってから、数日経った。
この日、『ロンディネ』は忙しく、店内は賑わっていた。
彩香は事務所でノートに帳簿を付けていた。
普段はパソコンを使っているのだが、データが消えてしまった時の事を考え、それとは別に簡単な帳簿をつけることにしている。
「あ…。」
ボールペンのインクが霞んできている。備品も切らしているようだ。
ボーイに頼もうとしたのだが、忙しいため手が空いてる者もいない様子。
ずっと、ノートと睨めっこしていた彩香は、気分転換も兼ねコンビニに行こうとサイフを取り出した。
いつも利用しているコンビニは、ホテル街の近くにある。
ふと、彩香は何気なくホテル街の方に目を向けた。
向こう側から、腕を組んで歩いてくる一組の男女がいる。
その個性的な風貌で、男の方は誰なのかすぐにわかった。
(――真島さん……!?)
嫌な光景を目撃してしまった。
自分のタイミングの悪さを恨みながら、ここで引き返すのも不自然に思い、気付かれないよう足早に目の前のコンビニへと急ぐ。
あと、1メートルという所で
「オーナーはんやないか」
と声を掛けられた。
見つかってしまった……。
無視する訳にもいかず、さも今気付いたかのように振舞う。
「あら、真島さん。き、奇遇ですね」
動揺を悟られないよう、無理に笑顔をつくった。
「何や、買い物かいな」
こちらに歩きながら、真島は空いている方の手を軽く上げた。
「誰?」
と、隣の女は眉を顰め彩香を見る。
多分、この人がマリアという女性なのだろう。
スタイルの良さがよく分かる露出が高めの服を着ている。短めのピッタリしたスカートからは、綺麗な脚がスラリと伸びていた。
二十歳そこそこといったところか、今風のメイクが、目鼻立ちのはっきりした顔によく似合っていた。
「俺んとこに、みかじめ払うてもろてる店のオーナーはんや」
「フーン…」
仕事関係の人間と分かると、興味なさげな返事をした。
「ちょっとこの人と話があるから、お前先に行っとけ」
そう言うと、真島は彼女に組まれてる腕をほどいた。
「……わかった、早く来てね吾朗ちゃん」
彼女はちょっと不服そうに言うと、劇場前通りへと歩いていった。
「この前誕生日だった子ですか?」
「せや、今日は店行く前にせがまれてのう」
と、クイッと親指をホテル街の方へ向けニッと笑う。
「お…お二人はお付き合いして長いんですか?」
真島の言葉にどう返していいか分からず、彩香は思いついた言葉を口にした。
「だから、前も言うたやん。あいつとはそういう関係やあらへん」
「付き合ってない人ともホテル行くんですか?」
彩香は少し責める口調になる。この人の貞操観念は自分とはだいぶ違うみたいだ。
「まあの、ワシにとっちゃ、女と寝るんはスポーツみたいなもんや」
「……スポーツ…ですか?」
「せや、ええ汗かけんで。性欲処理も出来て一石二鳥や。オーナーはんもどや、ワシといい汗かいてみんか?足腰立たなくなるくらい、ええ思いさせちゃるで?」
「な…」
彩香を見下ろすように真島はニヤリと笑う。
ジャケットから、チラリとのぞく刺青だけはいつになっても慣れないと思っていたが、真島の白い肌に鮮やかに施されたそれは、今日は何だか艶めかしく見え慌てて視線をそらす。
真島の身体から、かすかに漂うボディーソープの香りが、先程までベッドの上で行為に及んでいたという事を連想させ、顔が熱くなるのを感じた。
「何を言ってるんですか!?お断りしますっっ!!」
彩香が怒った事に真島は慌てて
「う、嘘、嘘。冗談や。俺にとってオーナーはんはそういう対象や無いよって」
真島の言葉に、彩香の胸がチクリと痛む。
「そ、そうですよね。やっぱり若い女性の方がいいですよね」
ははっ、と力無く笑う。
「ん?いや、そういう意味ちゃうで」
「あ、私店に戻ってやる事があるんで、また」
軽くお辞儀をして、コンビニへ足を向ける。
「お、おう?ほな、またな」
真島の言葉を背中で聞きながら、店内に入ると、そっとコンビニの窓から外を見る。
劇場前広場へ向かう蛇柄の背中を、彩香は見えなくなるまで見送った。
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