「彩香さん!!」
秋山の声がして顔を上げると、速足で近づいて来る彼の姿があった。
走って来たのだろうか、肩で息をしている。
「何が…あったの?」
息を整えながら問う秋山を見て、ふと思い直す。
自分を好きだと言っている彼に、真島の事を相談するつもりか?
それは、あまりに酷な話ではないだろうか。
言葉に詰まっていると、秋山は察したように苦笑いを浮かべた。
「真島さんの事…だね?」
言われて彩香は申し訳なさそうに
「……すいません」
と言って俯くと、その頭にポンと手を乗せる。
「ここじゃ何だから、どこか入ろうか。顔色も悪い、最近あまり食べて無いんじゃないの?」
この人は何でもお見通しだ。
不思議な気持ちになり、秋山を見ると「行こうか」と促され彼に付いて行く事にした。
「ふうん…人違いねえ…」
煙草の煙をゆっくりと吐きながら秋山は呟くように言った。
あれから二人は近くの居酒屋の個室に来ていた。
「ここまで拒絶されるって事は、相当嫌われちゃったみたいですね」
力無く無理して笑う彩香を見ていると、自分の言動がそもそもの原因だと、秋山は若干責任を感じてしまう。
「……嫌われたっていうより…」
真島は、わざと彼女を自分から遠ざけようとしているようにも見受けられて、彼の言動に違和感を覚えた。
そんな秋山の言葉の続きを待つような彩香の眼差しに、下手に憶測だけで言うのも無責任かと思い、言葉を濁す。
「いや…何でそんな事言ったんだろうね真島さん」
誤魔化すように笑ってみせると、彩香は俯いて小さくため息をつく。
「……惚れとる…言うたら、どないする?」
不意にロンディネでの真島の言葉が脳裏を過ぎる。
あれはきっと、彼の本音だろうと秋山は思っていた。
だが、そうだとしたら、彼の性格を考えると無理やりにでも彼女を自分のものにしようと躍起になりそうな気がする。
また、逆に彼女に何の感情も抱いていなかったとしても、彼の行動は不可解だ。
思考の袋小路に迷い込み、一旦頭をリセットしようと煙草をもみ消し、冷えたビールを喉に流し込んだ。
「俺に考えがあるんだけど」
暫く思案していた秋山が、何かを思いついたように顔を上げた。
「真島さんには、俺と付き合ってるって事にしてみない?」
「え?」
唐突な秋山の案に、彩香は目を丸くする。
「彼に会った時にでも、君の口からそう伝えればいい。難しい事じゃないよね?」
「……ええ、でもどうしてそんな事…」
「うん、ちょっとね……」
意味ありげに片方の唇だけで笑う秋山に、彩香は不安げな顔をする。
「でも…今の状況だと、真島さんとまともに会話が出来るか…また無視されるかも…」
「急がなくていいよ、狭い街だ。機会はあると思う」
「いいね?」と念を押し彩香がコクリと頷くのを確認すると、メニューを開き
「じゃ、何か食べようか。彩香さんもちゃんと食べた方がいい」
そう言って、呼び出しボタンを押した。
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