「品田さん、仕事は何を?」
「え?俺?」
なつみの質問に、品田は少しだけ目を泳がせる。
「雑誌のライター。主にふうぞ……あー、お店の紹介?みたいなの書いてるかな……」
「へえ……」
ライターという職業は、そんなに給料はよくないのだろうか。
それより意外だったのは、文章を書く仕事をしているという事だった。そんなふうには全く見えない。
少しだけ感心しながら品田を見ていると、彼は追加のビールの残りを全部飲み干し、満足そうにお腹をさすった。
「あー……焼き肉なんて久しぶりだから食べ過ぎちゃったよ。……あれ?そういえば君のなつみ聞いて無かったよね?」
「え?今更?……まあいいや、私はなつみ。麦田なつみ」
呆れながらも名乗ると、品田は人懐っこい笑顔で右手を差し出す。
「なつみちゃんか。ホント助かったよ、マジで俺の命の恩人だ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
そっけなく言うとなつみも右手を出し、握手をしようとした。その時、品田の顔が急に真顔になる。
「手……怪我してる。どうしたの?」
驚いた顔でなつみの手を取る。その手には、少しだけ擦り傷が出来ていた。
「ああ、さっき品田さんにつまずいて転んだ時に……」
「えっ、嘘っ!?ごめんっ‼うわ、どうしよう……」
明らかに狼狽える品田を見て、なつみは思わず笑ってしまった。
「かすり傷でしょ?大丈夫。こんなのすぐ治るって」
「大丈夫じゃないよ。女の子の身体に傷つけちゃったんだから」
「そんな、大袈裟だよ」
大きな身体でしょんぼりと小さくなる目の前の男が、何だか可愛く見えてしまいなつみはクスクス笑う。
この男の事は嫌いじゃないなと思った。
「ところで、そのお金っていつ振り込まれるの?」
「え?……うーん、本当だったら昨日振り込まれるはずだったんだけど……電話しても繋がらないし……ちょっとわからないなあ」
「わからないって……。今日はどこで寝るつもりだったの?」
品田は少し考えた後、肩をすくめた。
「それを考えてるうちに行き倒れちゃってさ……」
あははと困ったように笑うと頭を掻く。
「どっか雨風凌げるようなとこ探すかな」
なつみはそんな品田を呆れた顔で見た。こんな大雪の降る日に、金の無い状態でまともに朝を迎えられるとは思えなかった。
品田はなつみに見つめられている事に気が付くと、小さく首を傾げた。
「ん?何、どうしたの?」
その仕草が小さい頃拾ってきた柴犬を思い出させ、なつみは盛大に溜め息をついた。
「うち、来る?」
「……え?」
知らない男を家に上げるのは気が引けるが、このまま野宿させるのも可哀想だ。言動から悪い人でも無さそうでもある。
品田は目を大きく見開きこちらを見ている。
「マジ?え……でもいいの?」
「仕方ないじゃない。放っておけないし、凍死なんかされたら立て替えたお金も戻ってこないし」
「あ、……お金ね。あはは、そうだよね。いや、でも凄い助かるよありがとう」
そう言って両手でなつみの手を取ると、傷に障らないよう優しく握った。そんな品田の手はゴツゴツしていて大きく、暖かかった。
「ここは……?」
品田は“リンクス”と書かれた装飾テントを見上げた。文字の横には猫のシルエットが足跡を残しながら歩いている。
「洋食屋?」
「あー、言ってなかったっけ?うちお店やってんの」
「こっち」と言いながらなつみが店舗の裏へと回る。その後へ続くと猫の額程の小さな庭があり、建物に隣接する階段をトントンと昇るなつみの後ろ姿があった。
階段を昇り切るとすぐにドアがあり、なつみはカチャリと鍵を開けると「どうぞ」と中へ入るように促す。
どうやら一階が店舗で、二階が住居になっているようだ。
「弟が寝てるから静かにね」
小さな声で言うと、狭い玄関からじかに繋がる廊下を歩いて行き「こっち」と手招きした。目の前の扉を開けるとそこは書斎のような部屋だった。
小さな机と本棚。隅にはマットレスだけのセミダブルのベッドが置いてある。
それ以外は段ボール箱がいくつか、壁に沿って積んであるだけだった。
なつみはクローゼットを開けると、そこから寝具一式を取り出し、手際よくベッドに敷いた。
「はい、今日はここで寝てね」
「あ、ありがとう……。この部屋は?」
訊かれて「ああ……」となつみの目が泳ぐ。
「ここ、両親の部屋だったんだけど……今は使ってないの。だから気兼ねなく使って。じゃ、お風呂の用意してくるからそれまでゆっくりしててね」
そう言うと、部屋から出て行ってしまった。
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