いつの間にか眠ってしまったようだ。

品田はまだ虚ろな頭でぼんやりと天井を見た。

パラリと紙のめくれる音がする。横を見ると、自分が寝ているベッドを背もたれに何かを読んでいるなつみの後頭部があった。

「…………」

黙ってそれを見つめる。見つめながら想像してみる。

彼女が居ない生活を。

原稿を書いて日銭を稼ぎ、経費で風俗で遊ぶ。近所の住人と世間話で笑いあったり、悩みを聞いたり。逆に助けられたり……。
金は無いが、自分なりにそこそこ楽しく生きてきた。

また、その生活に戻るだけの話だ。

その筈なのに……。

それが今は、やけに味気ないものに感じられてしまう。


そんな事を考えていると、なつみの頭が左右に揺れだした。きっと眠くなったのだろう、そのままベッドに頭を預け寝息を立て始めた。

「…………」

いっそ、拐ってしまえたら……。

ゆっくりと品田の手がなつみへと伸びる。その手があと数センチという所で、ピタリと止まった。
彼女の立てた膝の上のノートが目に入ったからだ。それは、レシピノートのようで手描きのイラストつきで丁寧に書かれてあった。

伸ばした手は、彼女に触れることなくパサリとベッドの上に力無く落ちる。


───何考えてんだ。


本末転倒もいいところだ。自分のこの怪我は一体、何の為に負ったと思っている?
彼女はここに居なければいけない人なのに……。

そんな事を思う品田の口元には、自嘲的な笑みが浮かぶ。

「なつみちゃん?」

なつみを呼んでみるがすっかり寝入ってしまったのか、起きる気配は無い。

「そんなとこで寝たら風邪引くよ?」

品田の問いかけにも何の反応も示さないまま、彼女は変わらず小さな寝息を立てていた。







肩が重い……。

違和感で目が覚める。

今、何時だろうと正面の壁に掛けてある時計を見る。
ああ、まだ4時半か……。
ぼんやりとそんな事を思っていると、自分の身体に毛布がかかっていることに気が付いた。

何故?と考える暇もなく、横に誰かの気配を感じてギクリとする。

視線を違和感のある左肩へと移動させると、黒いボサボサの髪の毛が視界に入って来た。

───え?

自分が寝ている間に移動したのだろう、品田は隣に座り同じ毛布を共有するようにして眠っていた。頭はすっかりなつみの左肩に預けている。

そのまま固まって動けなくなる。

スースーと、心地良さそうな彼の寝息だけが左耳から聞こえてくる。
起こそうかとも思ったが、直ぐに思いとどまった。

左側に感じる体温も、品田の重さも、近くで聞こえてくる寝息も。
今、起こしてしまうのは物凄く勿体ないような気がしたから。

先ほどよりも確実に上がってしまった心拍数と、緊張を何とかしようと静かに深呼吸しながら、彼が起きるまではこのままでいようと、ひとり頬を緩ませた。


静かだ。

時計の秒針の音と品田の寝息以外何も聞こえない。

「んー……」

品田が小さく唸り、身動ぎをする。その拍子に、毛布の中でなつみの手と品田の手が触れた。

「…………」

なつみは品田の親指をキュッと軽く握り、彼の頭部へ鼻先を埋める。
人をこんなにも愛おしいと思ったのは初めてかもしれない。

この時間が永遠に続けばいいのに。

そんな事を思いながら、幸せなひと時を噛み締めていた。


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