「いやー……しくじったな」

 仮面をつけていてよかった、と普段考えていたこととは違うことを思っている彼は、今まさに捕らえられえていた。屋敷の裏手にある大木に、ご丁寧にも縄で動きを封じた上から錠つきの鎖でもってぐるぐる巻きにされ縛り付けられている。手首すら動かせぬ状態であるから、隠し持つナイフを取り出すことも出来ない。

 晒し者状態で空を仰げば、薄墨色から徐々に青みがかかってきている。日の出は近い。
 夜が明けたならば、屋敷で働く者を始め何人もの人間が通り彼を見て行くだろう。

 幸い仮面は今のところ取り上げられてはいないが、人の注目を集めるのは仮面をつけている姿でこそだ。最近世間を騒がせているジョーカーを捕らえたと自慢でもしたいのだろう。
 だからこんな場所にしっかりと固定した上で放置しているに違いないが。

「極刑かなー……」

 意外と冷静な自分に軽く感心しつつ、気になるのは誰よりあの二人のこと。
 親友が犯罪者だと知ったならフィオルはどうするだろうか。レミは説明し弁解してくれるだろうか。いや、二人の秘密だからと何も言わずにいる可能性は大いにある。

 これまでに力を貸した人々は肩を持ってくれるかもしれないが、富豪たちがそんな声など捻り潰すだろう。いつの世もどの世界でも、下の者は上の者には敵わないのだ。

 悪役として死ぬのかと思うと、自分で始めたこととはいえ辛いものがあった。

「覚悟は、してるけど」

 誰にともなく呟く。聞いているのは芽吹いて間もない木々ばかり。
 覚悟は、この行為を始める前からしていた。捕らえられることも、殺されることも。

 だから、死ぬことにはさして恐怖はない。

 盗人は、捕らえられる。秩序を乱す者は、裁かれる。
 理の善悪でなく、定められた善悪により、それに反した者は許されずに――。

 知らず噛み締めた唇からぬるりと鉄臭いものが口中に広がって、そこから出血したことを知る。痛みは感じなかった。身体を取り巻く鉄の冷たさばかりを肌に感じていた。

 ――何故。

 どうして、どうして、ただまっすぐ歩く者が苦しまねばならないのだろう。
 どうして、他人のものを奪い、命すら奪う者が当然の顔をしてのさばって生きていく。 どうして、多くのものが、ほとんどすべてのものが、平等でなく存在するのか。

 怒りが、悲しみが、満ちてくる。

 向け場所のない感情だと分かっていながら、心の奥底から湧き上がる。しかしそれも急速に冷め、また奥の奥で燻る蛍火のようになった。

「ごめんな」

 無意識にこぼれたのは謝罪の言葉。フィオルに、レミに。
 彼らを置いて、残して逝くことを考えたら苦しさに眩暈がした。胸が痛んだ。

 死を恐れていないからか危機感らしいものは大して感じていない。何故か不思議なくらい落ち着いていて。
 だが涸れてしまっているように涙は出なくても、彼らを思うとどうしようもない気持ちになって。

「――――何が?」

 降り下りてきた声にはっとして、固定されているのも忘れ顔を上げると、鎖がぎしりと鳴り首に食い込むがそれでも頭を持ち上げる。
 そこには――見慣れすぎた姿があった。





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