天祥院英智の場合
「おめでとうございます!4ヶ月です。順調に育ってますね」
体調不良で病院に行くと、かかりつけ医にそう言われて人生最高潮に人生が輝いている気がした。
帰り道にはうっかりスキップをしないように気をつけたり、食料品店では体に悪くなさそうなものを買うように選んだり、そんなことをするぐらいには浮かれていた。
そんな人生最高潮の波が終わったのは、家に帰って机の上に置いてある釣書を見た時だった。震える手で中を確認すると、案の定着飾った可愛い女の子がいて。
英智くんは私と結婚を前提に同棲してると言ってくれてたけど、わざわざ私の目につく範囲に置いてあるあたり結婚する気は無い、と間接的に伝えられているのか。英智くんなら私のことをちゃんと守ってくれるはずだから釣書とかは隠すはずだから、きっと出て行ってほしいんだろう。
「はぁ……何がダメだったんだろう」
英智くんの奥底にある意図を汲み取って、部屋にある荷物を全てスーツケースに入れ、日用品はすべてゴミ袋に入れてゴミ箱へ。最低限の荷物を片手にとりあえずネカフェの1部屋になだれ込む。
とりあえずこれからの事を考える。これから住む家は?お金は?お腹の中にいる子は?1人で育てて行けるの?など。英智くんに出ていって欲しいと思われているその事実と妊娠を機に体のリズムが崩れていることが原因か横になったら直ぐに眠りにつけた。
その日からお腹の中にいる子のことを最優先に、ご飯だけはきちんと食べることを徹底した。新しい家を探したり、悪阻が出てきたりとあわあわと生活していると生きることに必死すぎて英智くんのことを自然と忘れていた。英智くんのことを気に掛けれるほど安定したのは、英智くんと同棲していた家を出てから2ヶ月がたった時だった。
英智くんの連絡先が入った携帯の電源を入れて、確認するとものすごい量のメールと電話の着信が目に付いた。心配のメールから始まり、どこにいるの?という安否を問うメールが続きこれ以上見てると、つい連絡を入れてしまいそうになってすぐさま連絡先をブロック、削除、変更した。そもそも婚約者がいるのに元カノに連絡をしていいのかな。寛容な婚約者を持てて英智くんも幸せなんだろうなぁなんて思ったり。
英智くんの存在を次にしっかり認識したのは、子供を産んだ後の産後鬱の時に適当につけたテレビの生放送の音楽番組でfineとして出ていた時だ。
「あ、英智くん……元気そう、良かった……」
彼が楽しそうにアイドルしている姿を見れて、あの時の私の選択は間違ってなかったなと思う。生まれて2ヶ月も立たない娘を抱き抱えて英智くんの姿を見せる。
「あれがパパだよ、会わせてあげられなくてごめんね……」
テレビを見て、きゃっきゃする娘を見ているとテレビの方が騒がしくなって一度顔をあげると、英智くんが胸元を押えて倒れていた。大分治ったと思ってたけど本当はまだ治って無かったの……?テレビでは変わらず、倒れてもがく英智くんと彼を支えようとするfineのメンバーが映っている。
すぐに、カメラは切り替わったけど、英智くんの苦しそうな姿を見るといてもたってもいられなくなって娘を連れて家を出るけど、どこに向かえばいいのか、そもそも元カノの私が行く意味とは?となってすぐ家に引き返す。
少し落ち着いて、ネットニュースを開くとどこもかしこも『fineのリーダー 天祥院英智が生放送中に救急搬送』というトピックを掲げている。何も出来ないけど何かをしていないと落ち着かなくて、ネットニュースをくまなく読んでいるとスマホの画面が暗くなって見知らぬ電話番号から電話がかかってくる。誰?と思いつつも、新しい携帯の番号を知ってる知り合いはいないから誰だろうと電話に出る。
「もしもし……」
「初めまして、日々樹渉と申します」
日々樹渉?fineの?なんで?とぐるぐると考えてもしょうがないことが脳内を駆け巡る。
「え」
「英智のお嫁さんですね?今から言う病院に来ていただけますか?」
「あの、お嫁さんじゃないです……そういうのは婚約者の方に」
自分で言ってて虚しくなる。
「婚約者がいるとは聞いたことがありませんねぇ、英智はあなたに来てほしいと思っているので来てくれませんか?」
「私に?」
「ええ、あなたに。メールで病院の住所を送るので、必要とあらばプライベートジェットでもなんでも用意するので必ず来てくださいね」
一方的に電話を切られてしまった。久々に見る通知のついたメールのアプリを開いて、住所を見ると案外近い。
英智くんから離れようとしたくせに離れられていない自分の未練がましさにため息が出る。とは言っても、来てほしいと懇願されては行った方がいいだろうと服を着替え娘を連れて言われた病院に向かう。
病院に着くとテレビで見たことのある日々樹渉さんが迎え入れてくれる。娘を抱いている私を見て、目を見開くも「かわいらしいですねぇ」と言ってどこからか一輪の花を取り出し娘にあげていた。
「英智はここですよ」
病院に入ってエレベーターに乗って、少し歩くとあっという間に英智くんの病室に辿り着く。
「英智、連れてきましたよ」
「ありがとう、渉。入っておいで」
約10ヶ月ぶりに見る英智くんはなんだか痩せてクマもあるように見える。
「ひさ、しぶり……」
「その子は君の子かい?」
「そんなことより体!大丈夫なの?!倒れるほど体調良くないなら安静にしていてよ……」
「ふふ、まだ僕は君に心配してもらえるんだね?」
「当たり前でしょ」
腕に娘を抱えたままぺたんと床に膝をつく。
「そんなところに座ってはいけないよ。こっちにおいで」
英智のベッドの端に座るよう言われる。疑うこと無くそのまま座ろうとする直前、まだ婚約者か既に妻となっているかもしれない女性に失礼だと思い立つ。
「奥さんに失礼だから……」
近くにあった丸椅子を英智くんの傍に置いて座る。
「奥さん?妻にあたる人物はいないよ。君と結婚するために妻の場所は開けていたのだけど、君がいなくなってしまったからね。代わりになる人なんてこの世にいないし、君以外と結婚するつもりもないから未だ僕はフリーだよ。そういう君は、僕の元から勝手に離れて違う男と子供まで作って……」
「え?婚約者はいないの?」
「いないね」
次々に明かされる事実に驚きを隠せない。
「じゃあ、あの日机に置いていた釣書は?」
「あぁ、あれを見たんだね?あれは家から送られてきたやつだよ。もちろん会ってないし、すぐに捨てたよ。ただあの日は疲れていたから片付けるのを忘れていたね」
勘違いしてたってこと?
英智くんの愛を疑って、勝手に傷ついて、勝手に離れて、英智くんを傷つけてきてたってこと?
「泣かないで、別に僕は気にしてないよ。悪いのは片付けなかった僕だからね」
「そんなことない、私が悪いの」
「僕達悪いもの同士だね。そういうことにしよう。僕の質問に答えてくれるかい?」
「うん」
「その子は君の子?」
「私の子……英智くんとの……」
「そうか……」
みるみるうちに眉間にシワが寄って、表情が悪くなっていく。
「お金とか払わなくていいから、そんなことしようと考えないで……許可なく勝手に産んだの私だから、迷惑かけないから、…………迷惑かけるつもりないから、この子だけは育てさせて……」
「そうじゃなくてね。君に1人で子供を育てさせた僕に腹が立っているんだよ。本当なら君の居場所を探し出すことぐらいできたんだ。それでも、探さなかったのは君が僕の元から去ったと信じたくなかったからなんだよね」
ぽつぽつと零れる英智くんの本音。
アイドルしてる時の姿は無理をしていたとしか思えないほどの衰弱さを前に、言葉が出てこない。
「ごめんなさい、出ていってごめんなさい……」
「お詫びに何かしてくれる?」
「できることなら……」
迷惑料を請求されるのかと思いきや。
「僕の元にまた戻ってこないかい?結婚したいね」
さらりとプロポーズされた。
――――――
2022.10.○ ○ ○
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