瀬名泉の場合
ゴムをつけていたって100%妊娠を予防できるわけが無いというのをこの時初めて身をもって実感した。
最近熱っぽいな、生理来ないなと思い病院に行って診断された時に、中絶可能な週をすでに1週間も過ぎてて産むしかないですとお医者さんに言われた。
これを彼氏である泉くんに報告できるか。否、できない。
泉くんに前、子供を作りたいって言ったら「アイドルの間まだいいかな、お姫様達を大切にしたいし」と言っていたから私が妊娠しちゃったなんて報告することは泉くんの負担になるかもしれないと思ったから、伝えることが出来なくなった。
伝えるか伝えないかと迷い、2、3日してるとお腹が少し食べすぎた時ぐらいの大きさになって泉くんにも「あんた食べ過ぎじゃない?」と言われる始末。泉くんに気づかれたらそれこそ責任を取るとか言いかねないし、迷惑をかけちゃうからこれ以上暮らすのはできないと思って、別れることを決意する。
丁度明日から海外でのMV撮影があるから4日家を空けると聞いて、その時にこの家を出ていこうと思う。ナイスタイミングだ。
泉くんと過ごす最後の夜。向かい合って眠るのが常だけど、今日はどうしても泉くんの顔が見れなくて背中を向けて寝ている。そうすると必ず泉くんは私を後ろから抱きしめてくれる。それがどんなにうれしくてどんなに辛いことか。泉くんに守られている感じがするのはすごくうれしいけど、そんなだいすきな泉くんにさよならの一言も告げずに別れるのが辛くて。でも、これが泉くんのためだと自分に言い聞かせる。もし子供がいるとスキャンダルなんて出たら彼女がいると熱愛報道が出る数十倍、もしかしたらそれよりもっと非難されるだろう。
後ろから泉くんに抱きしめられながら色んなことを考える。初めて会った日のこと、すきだなって自覚した日のこと、告白された日のこと、初めてキスをした日のこと、初めて体を重ねた日のこと、同棲しようと言われた日のこと。思い出し始めたら数えられないくらいの思い出がある。国民的アイドルとたくさんの初めてを共有できた私は幸せすぎた。だから願ってもいなかった妊娠が発覚してしまって。それでもお腹の子を恨むどころか愛しいと思うのは、少しずつ母親になっていっているからだろう。
幸せだけど苦しくて、バレないよう息を潜めて涙をこぼす。この温もりも今日が最後。そう思ったら余計に涙が止まらなくなる。すきですきですきだからこそ辛くて。
もし泉くんがアイドルじゃなくて一般人なら堂々と外でデート出来ただろうし、素直に妊娠も喜べただろう。全ては泉くんがアイドルだから。泉くんが1番輝いているのはアイドルをしている時だと知っているからこそ、泉くんがアイドルじゃなければなんて言えない。
次の日、目が覚めたら隣に泉くんはいなかった。起きてリビングに行くと泉くんの癖のある字で『おはよう。幸せそうに寝てたから起こせなかった。俺はもう仕事行ってくるから。朝ごはんは作ったよ、レンチンして食べて』こう置き手紙が置かれていた。
最後の最後まで泉くんは優しくて泣きそうになる。きっとこのご飯を食べたら泉くんが恋しくなって、昨日の夜決意したことも全て水の泡になってしまいそうで誰に向けてかは分からないけど、ひたすらに申し訳なく思いながら泉くんが作ってくれたご飯はごみ箱に捨てた。
世界一だいすきな人だからこそ泉くんには夢を叶えて幸せになってほしい。叶えるために私は邪魔だ。だから今更この家を出ていかないという選択は取れない。
そのために、瀬名泉の恋人を辞めることを決意した。
まずそのためにこの家にある私の荷物全てを回収した。私という人間がいた痕跡を無くすために。案外この家には私がいたと思われるものが多い。コスメ、歯ブラシ、お気に入りのタオル、クッション、カロリー爆弾なお菓子などなど。全てを1週間分用のスーツケースに詰め込み、要らないまたは入らないものはゴミステーションに出した。その次に私がいたとわかる匂いを消すために家全部の窓を開けて空気の入れ替えをする。もう冬だ、つい身震いをしてしまうほど寒い。最後に探されないために『だいすきでした。さようなら』とメモを残した。これで最後。もう泉くんとは関わらない。追っかけでもして私のことがリークされたらどうする。
この子は私が責任を持って育てます、そう心に言い残し部屋を出る。鍵はポストに投げ込んだ。
その後、突発的なお願いだったにも関わらず、行くあてのない私を仲のいい友達の家に転がり込むことを友達は心優しく許してくれた。働くな家にいろ、という彼女の言葉に従い、家の掃除をしてご飯を作ってと繰り返す日々。何を嗅いでも吐きそうになる悪阻の時は布団の中に永久閉じこもって不愉快な匂いを嗅がず、不健康だけど栄養ドリンクやゼリーだけで乗り過ごした。
楽しいことよりも辛いことや苦しいことの方が多かった生活もあっという間に過ぎて、すぐに出産予定時期が来る。予定出産なため陣痛を感じてから病院ということにはならず、入院を予定日前にするという形を取っていた。出産の時は、無痛分娩といってもそれでも痛いものは痛かった。その痛みを忘れるほどの数百、数千倍の幸せが自分が産んだ子供の顔を見た時に訪れる。ちっちゃくて、かわいくて何より愛おしくて。泉くんに似て灰色の髪色、私に似て黒色の目。私と泉くんの子供という証明につい涙が零れそうになる。
赤ちゃんを産んですぐは病院の方がご飯をあげたり、お世話をしていて、それも数日経てば私と24時間過ごすようになった。ある日の昼、程よい運動が大事と看護師に言われたため病院の中庭を散歩していた時「なまえ、?」と聞き馴染んだ声が聞こえる。振り返るとあの日別れた泉くんがいる。あの日と変わらず、世界一かっこいい。近づいてくる泉くんの顔をよく見ると今まで1度も作らなかった目の下のクマが出来ていて少し痩せこけている気がする。
「どうして……」
「この病院にいるって聞いたから」
「そういうわけじゃなくて!!別れたのになんでいるの、」
「俺は別れたつもりないんだけど」
「私は別れたつもりなんだけど」
「埒が明かないから一旦病室戻るよ」
なぜか知らないけど病室まで把握されていて、手を引かれて病室まで連れていかれる。
「どうしてここ知ってるの……」
「天祥院に聞いた」
「そう」
天祥院さんなら何でも出来そうだもんね。確かに。
「なんで別れるなんて言ったの」
泉くんは震えた声だった。それに泣きそうにもなっている。
「泉くんの邪魔だと思ったから」
「俺がそんなこと言った?」
「言ってないけど。彼女いること隠してるのさえ世間の目は厳しいのに、赤ちゃんまでいるって知ったら……泉くんどうなるの」
「俺はあんたのこと守れると思ってたから付き合って同棲した。あんたといないと俺、もう無理なんだよ。食事は喉を通らないし、いつあんたが帰ってくるかわからないから夜も寝れない。仕事だって見に入らなくて……ねぇ、そばにいて……おねがいだから、」
悲痛な声。できるなら私もそばにいたい。泉くんが私といたいと願ってくれても、私といることで泉くんに害があるかもしれないならそばにいれない。だいすきだからこそ、そばにいれない。ひたすやに迷惑をかけたくない。
「……ごめん」
「なんで!今でも俺の事すきでしょ!?ねぇ!そうって言ってよ……」
「…………すきだよ」
私がそう言った瞬間泉くんの顔が一気に明るくなる。けど、今から泉くんにとって嫌なことを言う。
「でも、いれないの。ごめん」
「何があんたをそうさせてるのぉ……俺がアイドルだから、?すきなら一緒にいてよ、無理なら無理やりにでも俺の家に連れてく」
「スキャンダルが怖いの。泉くんのことすきだから、怖いの。幸せになってほしい。夢を叶えてほしい。そのために私邪魔でしょ」
「邪魔じゃないから!……俺が結婚したって報告すれば俺と一緒にいてくれる?」
「……できるの」
「する。あんたといるためなら何でもする。だからそばにいさせて」
参っちゃった。もし世間に公表したら自分の評価下がるんだよ。女のファン減るんだよ。それでも私といたいって言うのなら、私も一緒にいたい。
「すきだからそばにいさせてほしい、です。公表はしなくていい、守って」
「当たり前でしょぉ!?ってかあんた以外無いから。それに絶対あんたとその子を守る。俺はあんたの騎士だからねぇ」
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2022.10.○ ○ ○
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