月永レオの場合
最近の体の不調を病院で検査してもらったら妊娠していることが分かって、とても嬉しいことだったからいち早く彼に伝えたくて家に帰るとすぐレオくんがいる部屋に向かった。今日も床に座って作曲をしている。レオくんを中心に周りに音符が書き込まれた紙が大量に咲き散っている。
「レオくん」
「なまえまって、あと少しだから」
「分かった。大事な事だから一段落ついたらリビング来て」
あと少しって言ったのに、待てど暮らせどレオくんは部屋にこもったまま出てこない。確認のため、部屋に見に行ったら書き疲れたのか――楽譜の上で寝ていた。
大事な事だって言ったのに。私の大事な事より睡眠の方がレオくんにとって優先度が高いの?そうなの?睡眠の方が私より大事ということより私がそんなことを思ってしまう方が最悪だ。レオくんがアイドルで忙しいってことが分かった上でお付き合いをしていたのに。
こんな私じゃ、出産日にレオくんが仕事で忙しくて私の元に来れない場合が起きたら、とち狂ってしまいそうで自分が怖い。
レオくんとこのまま付き合っていたら、自分を優先してくれないことに悲しくて辛くてしんどい事が増えてしまいそうだ。それなら、別れてもうレオくんとは会えないと思ってしまう方が楽じゃないか。期待はしない方が楽で良い。
――――レオくんとの幸せな未来図が描けなくなってしまった。
その後、起きてきたレオくんは「ご飯はー!」と言ってきて私の話を聞いてなかったみたいで。もう苦しい。妊娠したからか情緒がぐらぐらですぐに過去最低な気分を更新する。ぐっ、と耐えてるけど泣きそうだ。
「ご飯は、もう少しでできるよ」
キッチンって換気扇が回っていたり、火がついていたりするからうるさいから震えた声が聞こえてないといいな、泣きそうなことが伝わらないといいなと願うけど、そういう時に限ってレオくんは感覚が鋭くてすぐに気づいてしまう。ずるいね
「何かあったよな?」
「別に何も無いよ」
「何か冷たい。おれに話して」
フライパンの火を止め、野菜を炒める私の手を上から握りそのままリビングへ連れていかれる。向き合うように机を挟んで座り、何があったか話すよう視線で促される。
「何も無いってば」
「なまえがそういう顔をする時、大体何かある」
そうさせてるのは誰よ。なんて言えない。
耐えていた涙もついにはらりと落ちる。1度涙がこぼれたら堰き止めていたダムが決壊したかのように涙が止まらなくなる。
「おれが悪いことしたんだよな、?」
「悪くないよ。私が悪いの」
「なまえが悪いことなんてないだろ。いつだっておれのこと考えてくれてるし」
いっそ言ってしまおうか。あなたの子供を妊娠しましたと。
ううん。でも、迷惑かな。結婚してないただの付き合ってるだけの私たちには。彼のアイドルという身を考えても。
「……あのさ、レオくんは子供、すき?」
「んー……嫌いじゃないって感じだけどどうした?」
「そっか、教えてくれてありがとう……さ、ご飯食べようか。準備手伝える?」
私はキッチンで作りかけてた料理の続きを作り、レオくんはダイニングを濡れ布巾で拭く。まるで夫婦みたい。昨日なら心楽しく入れただろうけど、今となっては私を不幸に縛り付ける鎖みたい。
レオくんに本当のことを伝えられないあたり、私はレオくんを信用出来ていない。もし伝えて嫌な顔されたら……と考えてしまうところも。
もう終わりなのかな、私たち。そう思いながら夜を過ごした。
× × ×
その次の日、私はレオくんと離れることを選び実家に戻った。大好きだった彼の子を妊娠してしまった、それで逃げてきてしまったと言ったら、怒られるどころか家でゆっくり過ごしなさいと暖かく迎え入れてくれた。元々、レオくんに囲われて生きていたものだから、1日家に引き篭るのは得意だった。妊娠したから男の子でも女の子でも使える服や帽子を作ったりと日々を過ごす。日常を普通に生きていれば、国民的アイドルKnightsはテレビに引っ張りだこで、テレビでレオくんを見る度に、つい最近まで隣にいた人が今いないというショックを受けて立ち直れなくなりそうになったからいつしかテレビを付けることすら無くなった。それは全て自業自得なのだけど。
そんなある日、母親に「今度会って欲しい人がいるのよ」と言われ、特に断る理由もないから承諾した。そして後日、母にお客さん来たよと言われ、客間に行くとスーツをビシッとキメたレオくんがいた。
「え?」
「久しぶりだな」
「久しぶり?なんでいるの」
「大分お腹おっきくなったな」
「まぁ臨月だし。って違う。なんでここ知ってるの?」
うっかり流されそうになるけど、結婚を前提としたお付き合いじゃなかったから両親にレオくんを紹介したことは無い。それにレオくんと付き合ってることすら言っていない。
「なまえ、そう反抗的にならないでね。レオさんとちゃんも話すのよ」
母はそれだけ言うと部屋に私とレオくんを残して部屋を出ていった。
「その子は俺の子か?」
「そうだよ」
「おれはなまえと育てたいけど嫌?」
「嫌というかレオくん子供好きでも嫌いでもないでしょ。それにアイドルだし」
「アイドルとか関係ないけど。[FN:なまえ]をすきな一人の男、月永レオとしているからそういう話すんなよ。それになまえとの子なら世界でいちばん好きに決まってるだろ」
なにそれ。私が勝手にレオくんは私との子供はいらないと決めつけてたってこと?もし決めつけてなかったとしても、私たちはもう付き合える気がしない。私はわがままな女だから、たまには仕事より優先して欲しい。ライブとか握手会は我慢する。それでも作曲は霊感が降りてきた時に書ききってしまいたいだろうから、家でも仕事をするだろう。たまったもんじゃない。
「レオくんが私とこの子をどう思ってるかは正直どうでもいいの。もう私はレオくんと関わりたくない、幸せになりたいの」
「なんでそんなに泣きそうな顔して言うんだよ。幸せになりたいならもっと幸せそうな顔しろよ」
レオくんと離れてこれから生まれる子供と曇りひとつない幸せがほしい、そう思う一方でレオくんと離れて生きていくことなんてできないとも思う自分もいる。矛盾。
「レオくんのためにも、私のためにも、もう私たちは無理だよ」
「無理じゃない。まだおれのことすきだと思ってくれてるよな?おまえがおれの手を離そうとするなら何度でも繋ぎ直しに行く。おまえがしてくれたように」
「ごめんなさ、むり、……限界なの、レオくんのことはすき、すきだよ。だけど、それだけじゃ芸能人の彼女はやってけないって知ったから、私のために私のことを突き放して」
「おれが何を手放そうともおまえだけは手離したくない。おれから解放してやれなくてごめんな」
そう言ってレオくんは私をきつく抱きしめる。私は未だにレオくんといていいのか、いてはいけないのかが分からなくて手を回せない。脳ではだめだ、レオくんといたら不安なことが多いって言ってるのに、体は言うことを聞かなくてそっとレオくんの背中に手を回す。
「嫌いにならないでくれてありがとう」
「当たり前だろ」
その後、レオくんは私にひっつき虫になって仕事を事ある事に休もうとするようになる。そんなレオくんを「パパでしょ、ちゃんとお仕事行きなさい!」とお母さんのようにお説教する未来を迎える。
――――――
2022.11.○ ○ ○
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