精一杯の愛をあなたに
四月六日。
それは大切で大好きな恋人が生まれてきてくれた一等特別な日。
そんな特別な日にはなにか特別なことがしたい、そう思うのはおかしな話では無い。
私の恋人はKnightsのリーダー、朱桜司くん。多忙を極めたアイドル人だ。三ヶ月に一度の新シングル、それに伴うミニライブ、握手会、サイン会。雑誌の専属モデルも務め、ラジオではパーソナリティとして出演しているものもある。尋常ではない忙しさゆえにデートをしたり、旅行をしたりと恋人らしいことは全く出来ていないのは少し悲しいところだが、テレビや街の広告などで自分の恋人が堂々と映っているのを見ると誇らしくなる。
そんな非常に忙しい彼にお願いをして彼の誕生日に時間をもらったのだ。といっても当日は事務所でお祝いをしてもらったり、動画サイトで生配信をしたりするらしいので会えるのは夜かららしい。嬉しいことに次の日は全休をもらったみたいで、その日は私の家にお泊まりの予定だ。ほぼ二ヶ月ぶりに会う司くんと何をしようかと話を聞いた時、浮き足が立ってしまった。その日からずっと何をしようかと考え続け、私なりに素敵な誕生日を送ってもらおうと予定を立てた。必要なものは事前に買い揃えて準備をした。
× × ×
当日は張り切って朝からケーキを作った。頭の中で何度もイメージトレーニングしてばっちりなはず、そう意気込んで作り始めた。
まず卵を卵白と卵黄に分けるのに大苦戦して何度もやり直した。分けれた、と思ったら黄身が割れていたり。やっと分けれたらそれは第一関門を通過しただけで第二関門が待っている。卵白を使ってメレンゲを作るのにハンドミキサーを使うと、色んなところに卵白が飛び散り大惨事。片付けを考えると気分がブルーだ。半泣きでキッチンを片付けて残った無事な卵白を見るもボウルの底が見えてしまうほどほとんどが飛び散ってしまっている。最初からやり直しだ。ああだこうだと頑張り生地を何とか作って、オーブンの中に。
その間に手巻き寿司でも、と刺身を短冊切りしようとしたら研げてない包丁ではあまり綺麗に切れず、かと言ってどうしようも無いのでそのまま皿に並べる。どうしようとモヤモヤしてるとオーブンからケーキが焼けたと音が鳴る。ふんわり焼けてるかな?とわくわくしながら開けると、レシピ通りの規定時間焼いたはずなのに出てきたのは真っ黒焦げのスポンジ。最悪焦げたところを切って、何とかしようと思って中を確認すると焦げては無いがカチンコチンと固まっている。ふわふわはどこへ。目を疑いたくなるような光景になんで!?どうして!?とヒステリックに叫びたくなる。いやもう叫んでもおかしくは無いだろう。
けれどこれは現実で、司くんが来る予定時刻まであと五時間も無い。原因追求や現実逃避をしている暇は無い。一旦この焦げケーキは置いて、どうするかを考える。
きっとケーキは事務所で食べているだろうけど、作りたかった。
代打案をネットで検索して考えるけど、あれもこれも失敗した今の私ではどれも作れる気がしなくて、せめてと近くのケーキ屋さんに走り大きないちごが乗ったショートケーキを買ってくる。揺らさないように最新の注意を払って、家に帰ると閉めたはずの玄関のドアが空いている。不用心?それとも不審者?と恐る恐る入ると、司くんがいた。司くんが来ると言っていた時間は19時で、今はその4時間前の15時。あまりにも早すぎる。
「司くん?!早くない!?」
「Knightsのみなさんが気を遣って早く帰してくれました」
「そうなの」
「はい。これおいしいですね」
そう言って司くんが食べるのはパウンドケーキ。焦げた部分は器用に避けて食べている。それでもかちこちで固かったのは手で触って確認したから間違いない。
「そんなはずないよ……焦げ焦げだし固いし体に悪いから食べないで」
「いえ、せっかくなまえが焼いてくれたものを食べないわけには。焦げているところは避けているので大丈夫ですよ」
「多分大丈夫じゃないと思うよ」
「万が一、体調を崩しても明日は休みですから」
頑なにパウンドケーキを食べるものだからお腹がすいてるのかと思って、「手巻き寿司食べる?魚の見栄えあんまり良くないんだけど」と提案する。即座に頷いた司くんに「少し待っててね」と声をかけ、ダイニングに切った刺身、海苔、ご飯を並べていく。
「手巻き寿司というやつですね?一度食べてみたかったです」
司くんに食べ方を教えると、サーモン、ツナマヨ、きゅうりと好き勝手に色々な組み合わせを作って黙々と食べ進め出す。それを見てから私も食べるとケーキと違ってほとんどが市販の手巻き寿司はしっかりおいしくて、安心する。
きっと色々事務所で食べてきてるだろうと思ってあまり作らなかったから、すぐにお皿から食材が司くんの胃に消えていく。そしてあっという間に完食。もう少し作った方が良かったかなと思うけど、司くんはアイドルだから食べ過ぎも良くない。誕生日くらいと思うけど、本人が普段から食事制限をしたりして体型に気をつけているから私はその意図をほんの少し汲み取って減らしたところもあるからやっぱりこれで良かったかもと思い直す。
「手巻き寿司おいしかったです!」
「良かった」
「いえ、なまえが作ってくれたcakeの方がおいしいです」
「そんなことないよ」
「そんなことあります。私を想って作ってくれたのでしょう?」
それは事実だから頷く。失敗したけど、司くんを想って私なりに頑張って作ったのは間違いない。
「嬉しいです。私のためになまえが作ってくれたものは全ておいしいです。嘘とか過剰表現とかではなく本当の話ですから」
とても嬉しい言葉を言ってくれる。
失敗したけど挑戦してみて良かったなと、そう思わせてくれる。
「あ、そうだ!ケーキ食べよ!買ってきたの」
冷蔵庫からさっき買ってきた少しいい所のショートケーキを取り出す。お皿に盛って、司くんの元に運ぼうとするけど中々する機会のないあーんをしようと思って私の手元に置く。
「ネームプレートとかろうそくとか立てられなくてごめんね」
「そのようなこと気にしません。司は[FN:名前]と一緒に過ごせることが一番嬉しいのです」
「今日司くん嬉しいことばっか言ってくれるから悪いこと起きちゃいそう……」
「私といる限りそんなことありませんよ!」
「ふふ、頼もしいね?さすが私の騎士」
「ええ、あなたに忠誠を誓う聖騎士ですよ」
わあ、Knightsだ〜と思う。求めたのは私だけど。
ダイニングテーブルで向かい合ってる司くんの口元にフォークで一口分掬い、ケーキを運ぶ。いわゆるあーん。意図を察した司くんは大人しく口を開けて待ってくれる。小さな口にこんなに入るのかと思うけど、大きないちごは簡単に司くんの口に吸い込まれた。こんな小さな顔なのに口は大きいのね、なんて思う。
「来年こそ手作り……いや、無理かな、」
「来年は一緒に作りましょう。私、少しは料理出来るんですよ」
「そうなの?いいの?」
「ええ、もちろん。飛びっきりの甘いのを作りましょう」
「程々のやつね」
当たり前のように来年も一緒にいるとそう話す司くん。
来年はchocolate cakeを作りましょう!いやstrawberryの方が……と呟く司くんの横顔を見ながら、来年も一番近くでお祝いできますようにとひっそりと願った。
――――――
2023.4.6
お誕生日おめでとうございます。
今年もあなたに幸せしか降りかかりませんように。
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