小さな輝き
「おーいアル!早く来いよ!」
「待ってよ兄ちゃーん」
冬の寒い夜、草原にトタトタと軽い足音が聞こえる。その足音の主、エドワードとアルフォンスは帰り道を楽しそうに駆けていた。
「ふたりとも、元気ねぇ」
冬の空気に白い吐息が混じっては消えていく。その吐息の向こう側に見える光景を見ていた母親のトリシャは、その様子を見守りながら微笑んだ。
男の子というのは、元気すぎるというくらい活発に動き回る。無邪気な笑顔に、好奇心旺盛な行動力。一体、どこにそのエネルギーがあるのやら。体力があって元気すぎるのは、男の子の特権なのだろう。
「エドワード、アルフォンス、転ばないようにね」
笑顔で駆け回るふたりは微笑ましい。仲が良い兄弟は実に心を温めてくれる。だが、同時に心配にもなってしまうものだ。
転んで泣かないかしら?
大怪我をしてしまわないかしら?
不安はつい口に出てしまって、エドワードにはせかさないこと、アルフォンスには自分のペースで行くようにと注意した。
子どもの活発さは時に親の心をハラハラさせてしまう。特にエドワードは我が道を行くタイプで、それ故に人を振り回さないか心配だ。一方、アルフォンスは比較的ゆったりした方なので、誰かと一緒になるために無茶してしまわないか心配になってしまう。
人生、転んだり躓いたり泣いたりして。失敗して、成功して、学んでいく。そうやって身も心も強くなって成長していくのだが、親にとってはやはりいつだって心配するものなのだ。元気なのは良いことだが、大怪我をしては元も子もないのだから。
エドワードはトリシャの言葉に走っていた足を止め、振り返った。
「大丈夫だよ、母さん。それにアルが転んだとしたらそれは俺のせいじゃない。アルがとろいのがいけないんだ」
まあ。子どもの言うことときたら。
トリシャは我が子の発言にどうしたものかと頭を抱えた。確かに、仮に怪我をしてもエドワードだけのせいではない。走っていて躓いて転ぶのは、誰にだってある。だが、「俺のせいじゃない、相手が悪い」と言ってしまうのは違うだろう。
あまり叱りたくはないが、それでも彼らの将来を思えば物事の良し悪しの教育は必要で、トリシャは叱った。
「人のせいにしては駄目よ、エドワード」
エドワードは叱られてムスッと分かりやすく顔を歪ませる。自分だけ叱られるなんて、面白くない。なんで駄目なのだろう?だって、事実を言っているだけなのに。勿論、人のせいにしてはいけないことくらい分かっている。でも、自分の言うことは間違っていないはずだ。
トリシャはその思いを知ってか知らずか、エドワードの頭に手を乗せて撫でた。けれども決して甘やかし過ぎることはしない。
子供はまだ視野が狭い。だからどうして駄目なのか、それを教えるのは親の役目だ。
親の役目、とはただ駄目なことを駄目と叱ることだけではない。お兄ちゃんなんだから、という屁理屈を言うこともまた違うだろう。この子は特に賢いから、そんなことで納得はしないだろう。長男という立場は色々難しいけれど、上も下も関係ない。
何が悪いのか納得する説明をする。それが親の役目だ。
「アルに合わせてあげることも大事よ。エドワードには普通の速さでも、アルフォンスには速すぎることだってあるわ」
周りに合わせ協調することも大事で、人は人、自分は自分とマイペースになることも大事だということを、トリシャはふたりに学んでいって欲しいと思っている。決して自分本位になって欲しくはない。お互いを尊重して、ふたり仲良くしてほしい。
説明されて、ああ、なるほどとエドワードは納得した。ほら。説明すれば子供は理解するのだ。
だが、その時案の定というべきか、後方でどさっと音がした。アルフォンスが転んだ音だった。アルフォンスはその衝撃に泣き出してしまう。
「ほら、転んでしまったわよ」
トリシャはポン、とエドワードの背中を押した。
ここで母親が手助けをするのは簡単だ。しかしそうすればふたりのためにならないので、あえて我が子を送り出す。
母親に背中を押されてエドワードはしぶしぶ泣いている弟のところまで行った。
弟のアルフォンスを馬鹿にするような発言も、本当はよくないと分かっている。せかしたのは自分だし、謝らなければ。それでも自分が悪いとは言いたくなくて。口から出たのは正反対の気持ちだった。
「転んだくらいで泣くなよ。アルがとろいから転ぶんだ!」
「兄ちゃんのバカ!ボクとろくないも…うわーん!」
エドワードの言葉にアルフォンスは更に泣き出してしまう。
離れた場所でトリシャは「こら!」と声を出す。エドワードは長男故に、意地を張って素直になれない所がある。兄弟なら尚更意地を張ってしまうのかもしれない。本当は、もっと素直になってほしいけれど。きっとそうなるにはまだまだ時間が必要だろう。
トリシャはアルフォンスを宥めようとして───弟に歩み寄るエドワードを見て、足を止めた。どうやら、要らぬ心配だったみたい。
「あー、もう泣くなって!」
なかなか泣き止まないアルフォンスにエドワードはため息をついて、
「ほら、上を見ろよアル」
と夜空を見るように言った。先程まで自分を馬鹿にしていた兄が、突如そんなことを言ってきたのでアルフォンスは素直に上を向く。
「わあ…!キレー!星がいっぱーい!」
上を向くと星がキラキラと輝いていた。数歩遅れてやってきたトリシャも「こんなに綺麗な時はなかなかないのよ」と夜空を見上げる。
「キレーだね、兄ちゃん!」
「ああ。あれがオリオン座で、あれが…」
「え、どれが?」
星を指さしながらアルフォンスに語るエドワード。喧嘩はどこ吹く風。アルフォンスはいつの間にか泣き止み、ふたりは笑いながら語り合っていた。
そんなふたりをトリシャは傍で優しく見つめる。この夜空の星と同じくらい、我が子は光輝いて見えた。
子どもの放つ輝きは、周りの大人たちにも活力を与えてくれる。いつしか子を持った友がそう言っていたのをトリシャは思い出した。あの頃は何となくでしか分からなかったが、自分も子を持った今、それを身に沁みて実感している。
我が子もまた、例外ではなかったのだ。この子たちを見ていると、自分もいつだって元気が出る。この子達は純粋で、優しい心を持っていて。未来に希望を見いだせるのだ。子どもの無邪気さというのは実に感慨深い。
ああ、この子たちは大丈夫だ。トリシャは直感で、そう確信した。
もし、いつか道を間違えることになっても。きっと互いに助け合える存在になるだろう。
大人になってもその笑顔と優しい心で、いつまでもいて欲しい。
トリシャは祈る。
この輝きが失われませんように、と。
end...