そのドールが動く時



「ちょっと、どういうことなの?」
 ばんっ、と教室の扉が乱暴に開く音がする。『ナイトキラーズ』のプロデュース……というかれおせんぱいがやり残した雑務のお手伝いが片付き、これから衣装づくりの手伝いに向かおうとしていたところだった。
聞き馴染みのある声。なんとなく、ここに来た理由は察しがついていた。
「お兄ちゃん」
 ずかずかと教室に入り込んできたその人は、大股でボクの机の前までやってきた。
「なずにゃんから聞いたよ。ちぃ、『ナイトキラーズ』のプロデュースを申し出たんだって?」
 なずにゃんせんぱい、話しちゃったんだ。ほんとは自分で行くつもりだったんだけど……まあ、仕方ないか。仕事を優先させちゃったボクが悪い。
「それ、どういうことかわかってるよね。Knightsのことも、俺のことも敵に回すってことだけど」
 お兄ちゃんの目が、ぎろりとこちらを睨んだ。この反応は、想定内、だったはずだ。それでもお兄ちゃんが凄むと何か自分が悪いことをしたような気がして、少したじろいでしまう。息を吐いて、何とかその顔を見つめ返す。大丈夫、と自分に言い聞かせながら。
「もちろん、わかってるよ」
「じゃあ尚更、どういうことなの? 『王さま』に何か意味わかんないこと吹き込まれたりしたわけ?あいつ、やることが汚すぎるんだけど……」
 その言葉に、チクッと心臓がつつかれた様な気がした。
 脳裏に、あの日ボクを睨み付けたれおせんぱいの顔が過ぎる。違う。あの人は『Knights』を潰したいわけじゃない、はずだ。それに。
「……そうじゃない。ボクは、ボクの意思で、『ナイトキラーズ』のプロデュースをしてるんだ」
 プロデュースを申し出たのは、れおせんぱいのためでも、『Knights』のためでもない。お兄ちゃんのためでも、ない。
 他でもない、自分のためだ。
 貴方を、正面から見なくちゃいけないから。
 いつまでもその陰に隠れていたら、ボクは『瀬名茅』じゃなくなってしまう。
 耳が熱くなる。全身にどくどくと血が巡る。目の前には、ボクとよく似た顔……ううん、ボクがそっくりと言われてきた顔。いつぶりだろう、この顔をこんなに真っ直ぐ見たのは。
「ボクは、自分の意思でお兄ちゃんの敵になる。お兄ちゃんがどんなに正しくても」
「何それ……」
 お兄ちゃんが、狼狽えるように後ずさった。さっきまでボクのことを刺すように向けていた目は、力なくボクの足元を見つめている。
「……意味わかんない。ちぃも、『王さま』も」
 ボクを説得することは無駄と察したのか、お兄ちゃんが吐き捨てるように呟いた。小さな、でもはっきりと耳に残る声。
 勝手にすれば、と言い残して、お兄ちゃんはふらふらと教室を出ていった。ふっ、と肩に入っていた力が抜けて、その場に座り込んでしまう。ぐらぐら身体の中で沸いていたなにかは、もうすっかり萎んでいってしまった。
「茅の嬢ちゃん……ああ、よかった、いたいた。武道場までの道で迷子になったのかと思ったけど、まだ作業中だったか……」
 ボクを探しに来てくれたらしい鬼龍せんぱいが、お兄ちゃんが出ていったのとは逆の扉から現れた。どうやら連絡したのになかなか来ないボクを、心配して探しに来てくれたらしい。ボクの顔を見て、せんぱいの言葉が止まる。
「……ハンカチ、使うか?」
「え」

 せんぱいの言葉の意味も解らぬまま自分の顔に手を当てると、その掌に雫が落ちた。


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