凛くんとクラスメイト1
暖化の影響なのか、もう桜は散ってしまっていた。
裸になった木々が校庭の奥に寂しげに並ぶのをつまらなそうに横目で見る少年。新たなグループ作りに躍起になっていたクラスメイト達も先程現れた担任の声に耳を傾けている。
来年は受験だから限られたこの一年を大事にしようと熱く語ったあとに黒板へ書かれた文字を見て少年の顔が歪む。
「じゃあまずは端から自己紹介していこう。名前と一言って感じでよろしくな」
出席番号順にお行儀よく並んだ彼らに対して教師がお決まりのセリフを告げる。クラス内に緊張と期待が充満し、少しざわめく。
ーー持ち上がりだったら最初の一回だけで済むのに入れ替えなんてするからこういう無駄な時間が出来んだろ。うぜぇ。
なんてクラス替えに悪態をついているうちに、あっという間に少年の番になる。前に倣って、何の気なしに立ち上がる。一部の女子が息を呑むのを少年以外の全員が感じていた。
艶のある柔らかそうな黒髪に涼しげな目元、小さな顔に長い手足。一見するとモデルかと思ってしまうが、制服の上からでも分かる筋肉質な体つきがそれを否定する。
少年はそんな周りの目など一切気にせずに、名前とよろしくとだけ言い、静かに座る。その後は興味ないとばかりにまた視線を窓の外へ向けた。
「あの、糸師くん」
「あ?」
「今度は隣同士で‥詳しく自己紹介するみたいなんですけど‥」
数分後、声をかけてきたのは隣に座る少女だった。少年の不機嫌な雰囲気に気圧され、小さな声で途切れ途切れに呟く。最後にそっと目配せされた方向へ少年も顔を向ければ、いつの間にか文字が増えていた。再度少年の顔が歪む。
隣の人と趣味や好きな食べ物などについて色々話そう!と書かれていた。書いた張本人は何やら席について作業しており、生徒達に興味はなさそうだ。
ーーはっ、ガキかよ。
少年は心の中で溜息をつく。新たなクラスになる度に繰り返されるこのイベントに辟易する者は少年以外にいないのかと周りを見渡すが、すでに他のペアは会話を始めており、楽しげな雰囲気さえ感じる。
隣に視線を戻すと、控えめに笑う顔。声はないが、どっちから始めますかと書いてある。
至極面倒ではあるが、無視して少女をひとりぼっちにするほど外道でもない。
黒板には何時までとは書き記されてなかった。残り時間が読めない=後手に回るとずっと話し続けるようかもしれない。先に終わらせた方がいいと結論付けて、少年が重い口を開く。
「趣味はホラーゲームとホラー映画、好きな食べ物はお茶漬け」
それだけさらりと言って目の前を見れば、少女はほうほうと真剣に頷きながら聞いている。そして期待に満ちた目で言葉の続きを待っていた。
「‥もう終わったが」
「え、あ、そうなんだね。えっと‥」
少年の早々の終了発言に少女は驚いたが、まだ時間配分的に少年の話を膨らませるべきではないかと思い、顔色を伺う。
少年の宝石の様な瞳を覗こうとするが、伏せられてしまい確認できない。だが、寄せられた眉間の皺がもう喋りたくないと雄弁に語る。
「じゃあ‥次は私ね」と少女は軽く一息ついてから、話し始める。
趣味、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな音楽、出身中学、最寄駅、移動手段、家族構成、飼っているペットの種類と名前。
所々で過去の回想を挟みながらあれはこれはと楽しそうに話す。
少年はぼんやりと名前も知らない少女の顔を見ながら思う。
ーーよく喋るな、コイツ
「はい、そこまで〜」
その声が掛かるまで流れるように喋っていた少女ははたと気付き、目を白黒させる。
「ご、ごめんなさい。糸師くんの喋る隙も作らず‥」
「いや助かった」
「‥あ、ほんと?なら良かった」
少年の本心からの一言を聞いて、強張っていた表情が和らぐ。そしてお互いに前を向き、そこで会話は終わる。
まだまだ続きそうなホームルームにげんなりしつつ、少年はまた窓の外へ意識を向ける。
ーー少年からは見えないが、もの寂しい桜の木々たちもこっそりと、でもしっかりと芽吹いていた。
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