蜂楽くんと婚星


自分が好きな物はずっと好きでいいはずだ。胸を張って、これが好きだと主張したって、何の問題もない。バチは当たらない。ーーそんなの分かってる。
ただ周りの目が気になるのだって、思春期特有の正常な反応だと思う。まして、知らない人に自分の趣味を堂々と曝け出せるほど、私は強くない。ーー幼児向けアニメと、からかわれるのが何より悔しくて、怖い。


「おはよー」「はよー久しぶり、焼けた?」何て会話を聞きながら、両肩の重みがあんなに楽しかった夏はもう終わったのだと告げる朝。
日傘で作った頼りない影をとぼとぼ踏み続ける。傘の柄を握る手の中が蒸れて気持ち悪い。暑さと緊張でいつも以上に手汗がひどい。
ーー大丈夫、自信を持つのよ。分かりやすいものは付けてない。
入学からコツコツと築き上げた交流関係も近々半年を迎える。友人やクラスメイトを信頼してない訳ではないが、アニメや漫画より、アイドルや実体のある男の子が好きというグループに属す身としては慎重にならざるを得ない。

さながら偉大なミッションを遂行するスパイのような面持ちで、お気に入りの日傘をつぼませると「央、はよー。あれ、今日リュックなん?」と背後から声がかかる。思わず肩に力が入る。
「はよー。いや宿題が重すぎるからリュックにしてみたー」
にっこりと笑って振り返れば、ほどよく日焼けした友人が私の背中に目を向けている。
「リュックもいいじゃん?いやホントこんなに宿題なけりゃもっと遊べたのにさー」
靴から中履きへ履き替えつつの何気ない会話。
褒め言葉を受けて「ありがとー。だよね、もっとみんなで海行きたかったわー」軽くお礼を返した後で、夏休みの思い出をあれこれ語り合う。
ーー顔には出さないが、内心ほっとする。
理由をつけてカバンを変えたその新しさの中に、世間一般では知名度が低いと思われるキャラのアクキーを紛れ込ませてみたのだ。
小さなアピールだが、自分としては大きな一歩である。昨日の夜に付けるか付けないかを散々悩んだ時間さえ、今は愛おしい。

ーー自分が過剰に気にしてただけで、実はそこまで目立ってないんじゃない?これからちょっとずつアピールしてけば受け入れてもらえるかも?

何で上機嫌で教室に入り、久々の自席に座る。重いリュックを下ろせば、目の前にヘンテコな風貌の雪だるまがゆらゆら揺れる。
ーーやっぱ超かわいい。みんな知らなそうってのもあるけど、元々お気に入りのキャラだからなー。
こっそり手の中に収めてニヤけていると、肩に手を置かれる。

「え、央ちゃん」
「わ!蜂楽?!え、え?なに?」

急に掴まれたことで、ビクリと体が跳ねる。
真横に顔を向ければ、後ろの席から身を乗り出すクラスメイト。暑さからか、結ばれている前髪がぴょこんと揺れる。

「それって‥‥クレしんだよね‥?」
「ちょ、マジやめて」

心なしか視線が私の手の中に注がれているような気はしていたが、その言葉で確信に変わる。
目を合わせ、人差し指を立ててシーとすれば、おっととと目を丸め、同じように人差し指を鼻に当てる。
ーーお願いだから、それ以上口を開くな。
そう念を込めて、アイコンタクトすれば、何度か頷いた。よし、分かればよろしい。

「央ちゃんも好きなの?」そう耳元で囁かれる。
ーー‥‥ここで否定したらいつまで経っても好きだと言えない気がする。
少し悩んでから、意を決してコクリと肯定の意味で深く頷いた。それを見た彼は無言で何度か頷き、ひゅるりと元の場所へ戻っていった。

ーー蜂楽も好きだったのか。確かによく考えれば好きそうではあるけども‥。でも有名なブタさんと違って、これは映画にしか出てこないキャラなのに。
天真爛漫、愉快活発。そんな彼にはピッタリなアニメかもしれないが、私が好きであることは誰にもバレたくない秘密。さて、どうしよう。口止めすべきか、それとも開き直って彼と語り明かすか。

頭を悩ませる私の肩がまた後ろから叩かれる。
忙しいのに一体何の用だ。口を尖らせたまま振り返れば、目の前に差し出されたのは黄緑のパッケージ。
ーーピンク色の目つきの悪いワニ山さんがこちらを見ている。


「チョコビやんけ‥‥」
「央ちゃんと同じものを好きなんて、すげー嬉しい」


私の小さなツッコミなど聞こえていないとばかりに彼はさらりとそう言って口角を上げる。
そして茶色の小さな星を一つ摘んで「ヘンダーランドは面白すぎてハゲるよねー」と続け、自分の口の中へ放る。
完全に同意。心の中で深く頷き、こちらに傾けられた箱へ素直に手を伸ばす。大好物を有難く頂戴しようではないか。ーーほどよい甘さに幸せが満ちる。

「どの映画もサイコーだけど‥‥ヘンダーランドの中毒性はヤバいよね」
「ねー。ちょっと不気味なところいいよね」
「わかる。しんちゃんがヒロシとみさえのためにものすごく怖いけど、頑張るところがすごい好き」
「あのお風呂のシーン怖いもんね」
「あとは何と言ってもババ抜きだよねーー」

チョコビを食べて調子が上がったのか、饒舌になってしまったようだ。
そんな私を頬杖を付いて楽しそうに見守る彼は、ドン引きする訳でもなく、同じ熱量で語る訳でもなく、頷いて聞き役に徹してくれる。そんな心地良さからペラペラと話す私へふと彼が口を開く。

「やっぱり好きだな」
「ん?なに?」

自分の喋りに集中しすぎて、うまく音が拾えなかった。首を傾げ、もう一度言って欲しいと目で訴える。よーく耳を澄ます。
教室内も久しぶりの再会に盛り上がっているのかガヤガヤと騒がしい。しかし、各々一定の距離があり、情報が混線することはない。だからこそ周りを気にせず、楽しくお喋り出来ているのかもしれない。

「央ちゃんのこと、好きだなって思って」
「は?え?」

同志を見つけ、浮かれきった私に届けられた突然の告白。
驚きあまり言葉がうまく出てこない。
ーー何だって?コイツ、急に何言ってんだ?冗談だろう、ムードもへったくれもない。
目の前の彼は相変わらずニコニコと可愛らしい笑みを浮かべており、動揺も何もない。
こちらは大混乱して狼狽えているというのに。

「やっぱり好きなことを語る顔はサイコーにかわいいね」

またしても急なストレート。
今まで家族からしか言われたことがない、かわいい、が目の前の超絶かわいい男子から発せられている。
脳の処理が追いつかず、口をぽかんと開けたままフリーズして、喉を震わすことさえも出来ないでいると、「あれま、央ちゃん大丈夫?」と彼が心配そうにひらひらと目前で手を振る。

ーー‥‥いやいや、誰のせいだよ。
何とか心の中でツッコミを入れる。

ゆっくり深呼吸をして、次の言葉を探す私へマイペースな彼が「ついでに次の分あげるね〜」と私の口へ星を放り込む。
ーーあ、急に何するんだよ。美味しいけどさ。
びっくりしながらも、ゆっくりと咀嚼し、ごくりと嚥下する。


「いつか俺のこともそんな顔で語ってね?」


彼のぴかぴか輝くその黄色の双眼に、間抜け顔が映る。ぽたりと星が落ちた気がした。



ぴかぴか、ぽたり



/
Thanks! ノーチラス
アンケートの蜂楽くん好きの方々へ



TOP