誠士郎さんと再確認


ぼたぼた、ぼたぼたと品のない音が聞こえる。──雨だと気付くのに少し時間がかかる。
目を開ければ深海か地底か、判断できない暗闇が広がる。目が慣れてきて、そこでやっと自分が起きたことを自覚する。窓と遮光カーテンの隙間から漏れる光はなく、明け方でもないのかと残念に思う。
うるさい雨音と共に時折聞こえるのは規則正しい寝息。
引っ越す時に長身な彼と寝ても狭くない様にキングサイズのベッドを買った。だからお互いのテリトリーは守られている。ただ近寄らなければ寝顔も見れないし、掛け布団も別なので昔のように寝返りの度に奪い合いになることもない。
ただ、暮らし始めた頃こそ寂しかったが、今は合理的で適切な判断だったと思う。仕事で疲れた心身を回復させるには何より睡眠が大切だから。彼と価値観が合って何よりだと思う。まぁ何年経っても同じ部屋で寝ているだけ、まだ愛があるなと感じる。

最小限の光で抑えようと布団に潜り、ブルーライトに照らされる。
丑三つ時、やはりまだまだ朝には遠そうだ。小さく溜め息ついてから目を瞑り、寝返りを繰り返してみるが中々眠れない。
どうしたものかと仰向けになり、天井をじっと見つめるが眠気はやってこない。
ふと名案が浮かび、枕とスマホと掛け布団を手に取り、ゆっくりと横移動する。
近付いても彼の寝息は変わらず、一定のリズムを刻み、起きる気配はない。
アラームをセットしようとスマホを開けば、ぼんやり浮かぶ寝顔。こちらに顔を向けて少し丸まって寝る彼。目的のモノも鎖骨付近に並んでいる。──その大きな手をそっと握って目を閉じた。
温かさが少しずつ伝播する。呼吸も同調させればさっきと違って意識が薄らいでいく。──アラームをいつもより早めに設定したから、誠士郎より先に起きればバレないだろう。


アラーム音ではなく、トトトトという細かなタップ音でぼんやり覚醒する。
視界にはスマホ画面を眠そうな目で見つめる横顔。──あれ?手、握ってないよね?!
勢いよく飛び起きれば、こちらを見ずに声がかかる。「起きた?」
起きていることにびっくりしすぎて理解出来なかったが、スマホを両手で持っているのを確認。
心底安堵する。──良かった。アラームは鳴らなかったけど、起きる前に手離したんだ。危なかった‥。
「で、寂しかったの?」
「は?」
「いや起きたら手握られてたから」
ゲームしながらさらりと言われた言葉に開いたままの口。──もうこちらは見なくていい、大丈夫。だから一生ゲームしてて。
そんな気持ちを裏切るように軽やかにゲームのクリア音が鳴る。用済みになったスマホから私に視線が移されるのを感じながら俯いた顔を上げられない。──何を言っても地雷になるなら、もう私は喋らない。
「ふーん?ま、いいけど」
そんな決意で、口を一文字に結んで押し黙る私を数秒見つめた後で、興味なさそうな声を出す。
すんなり諦めたのか、体をゴロンと反転させて仰向けになる。──よしよし、何とかなったぞ。
そう思いながら、いそいそといつものポジションへ枕と掛け布団を手に移動させる。

「久しぶりに手繋げて嬉しかった」

ぽろりと溢れた本音。──え、何だって。
急いで振り返ったが、彼は目を瞑っており、その真意は読めない。
だけど、彼が、彼からこんな風に言ってくれるのがめずらしくて、口元がこそばゆくなってくる。
視線を上げ、時計を見ればそろそろギャングたちの起床時間まではまだ少しある。──この部屋の扉が開けられる前に、ことを済ませなければ。
逸る気持ちを抑え、彼の側へ寄る。
未だその瞳は閉されており、口を開く気配もない。──今度は誠士郎がだんまりを決め込む番か。でもこちらとしては好都合。今のうちに。
そっと彼の唇に触れるだけのキスを落とせば、ぱちりと瞼が開かれる。いつも眠そうな半目が少しだけ大きくなっている。──かわいい。

「私も嬉しかった、です」

目を見てちゃんと伝えれば、もにょもにょと彼の口元が動く。──いいぞ、誠士郎も同じ気持ちになってしまえ。
そう念じながら、ふふふと笑えば、むっとした顔でこちらを睨む。「ちょっと、何その顔」
不機嫌そうに寄った眉も、今なら分かる。照れ隠しだ。「ん〜?かわいいなって思って」
彼のぼさぼさな髪を手櫛で撫でつければ、さらに口を尖らせて、むくりと上体を起こす。

「それ、褒めてないから」
「ゴメン、ゴメン」

適当な謝罪に軽く溜め息をついてから、「俺だってもういい歳だし、かわいいのは央でしょ」と言ったあとで左手を掬い上げるように取られる。
人差し指、中指、薬指と親指でゆっくり撫でられる。薬指の引っ掛かりで指が止まり、左右に指を往復させる。
「どうしたの?」
「確認」
問い掛けにも動じず、私の指先をただ見つめている。数秒見つめた後に顔を上げたと思えば、真顔でガバッと両手を広げる。
懐かしいその動作に思わず吹き出す。──そういや最近はしてなかったね。
素直に彼の胸元へ飛び込めば、久々の抱擁に自分の腕がぎこちなく広く背中を撫でる。
「何してんの、これぐらい平気でしょ」
お手本とばかりに私の背中に回された腕はしっかりと腰辺りで組まれる。
「いや、それはそうなんですけど」
──そりゃまぁハグぐらい序の口かもしれないけど‥‥緊張するんだよ。
そんな思いを込めて腕を固く締めれば、「久しぶりじゃない?」とのんびりした声が頭上から聞こえる。同意の意を込めてコクリと頷いて一呼吸。 


鼻腔から同じ柔軟剤の匂いが抜ける。
穏やかな鼓動が眠気を誘う。
ゆっくりと目を閉じる。


「ま、また繋いであげるよ。いつでも」
「ん?なに?」


小さく呟かれた言葉。
微睡んでいたため、うまく聞こえなかった。
両手を緩め、顔を上げればこちらを見下ろす眠そうな瞳。
「手、本当は繋ぎたかったんでしょ」
──色んな理由を付けないと許されないかと、思ってたのに。バレてるか、そうか。 
呆気に取られる私の頭をぽんぽんと大きな掌が撫でる。

「俺は央のなんだから、いつでも好きにしていーよ」

なんて首を傾げて、当然な顔で堂々と告げられた言葉。──また口元がむずがゆい。

「‥わかった。好きにする」
何とか早口で返事をして胸元にぐりぐりと頭だけ埋め込めば、「これで俺もいつでも央を好きにしていーってことになったよね?」と問い掛けられたけど、あえて反応はしない。


彼の目論見にまんまとしてやられたような気もするが、いつまで経っても変わらない彼の察しの良さと絶妙な甘やかしに自然と頬が緩む。
ドタバタ走る足音が聞こえるまではこうしていよう。
そんな気持ちで目下にある彼の左手を掴む。その大きな掌をゆっくりなぞって、硬い指輪に触れる。──そうだ、ずっと前から誠士郎は私のモノだった。




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