凪くんと夏フェス
ソファに寝転んでソワソワと待つこの時間が好きでもあり、嫌いでもある。
もし万が一お目当てのアーティストが出なかったらどうしよう。いや今シーズンはツアーもあるからフェス本数を調整することだってあるかもしれない。いやでもそしたら新規開拓すればいいじゃないか。
そんな緊張と共にスマホ画面を食い入るように見つめ、時間になったら更新ボタン連打。
のろのろと更新されたページを祈るような気持ちで慎重にスクロール。ズラリと並んだ文字列を目の細め睨み付けると大好きなバンド名に色が付いている。
「ちょ、ちょ!えー?!えー?」
喜びのあまり言葉が追いつかない。
興奮しすぎて語彙力を失った叫び声がリビングに響く。
家族から「うるさい」と鋭い視線と声が飛んできたのを無視して、急いで扉を開ける。
階段を駆け上がりながらライン画面を開き、バツ口のアイコンをタップする。
数回のコールの後、「央タイミング悪い。死んだー」と不機嫌な声が聞こえる。
自室のドアを閉め、そんなのどうでもいいと言わんばかりに言葉を続ける。
「ちょっと!夏が嫌とか暑いのが嫌とか言ってる場合ではない!」
「えー」
「私と一緒にフェス行こ」
「えー嫌だ」
「大丈夫、ウチの車に相乗りすれば交通費無料!」
「めんどくさそう。忙しいから、じゃーね」
「おいコラ、切ったら別れんぞ」
すごんでそう言えば、数秒間の無言タイムの後に深い溜息。別れたくないんですね、知ってます。
「大丈夫!暑い時間はかき氷とか冷たいもの提供したげる」
「炎天下無理ー」
「どデカいテント建てるし、川縁で水浴び出来るから」
「川?」
「おっと、楽しみ半減しちゃうからもうネタバレしないね」
怪訝そうな反応からこれ以上詳しく話すのをやめて、とりあえずイエスと言わせるために頭を悩ませる。
「大きい声で騒いだり音に乗ったりとか苦手」
「大丈夫、美味しいもの食べて水遊びして傍に音楽があるだけだよ」
「‥ ゲームしたい」
「んーアーティストが見える範囲にいる時はやめなきゃだけど、それ以外の時は何しててもいいよ」
言いくるめてやろうという気満々な即答レスポンスにめずらしく圧倒されている。ハハン、何でも言いたまえ。今の私は負ける気がしない。
「なんで俺と行きたいの?」
「家族で行くならそれでよくない」と納得いかなそうな呟きに何だ、凪全然分かってないじゃんと小さく笑う。
「好きな人と好きな音楽を楽しみたいんだよ」
そうストレートに思いを伝えれば、しばしの沈黙。
少し高めの、浮ついた「へー」が耳に届いて、私はまたこっそり笑ってしまう。
ミラクル、とけてく、ふたり
──今回も最高だった。べストアクト更新した。
余韻に浸りながら周りに人がいなきゃ気持ちが昂りすぎてスキップしそうな私の手が攫われる。
顔を上げれば、いやに黒のアドベンチャーハットが似合う人が進行方向を注意深く見ながら手を引いてくれる。避難誘導、有り難い。
しっかりと握られた指先をギュッと握り返し、次の目的地を目指そうとする人の流れに乗る。
最前でないものの、ステージ全体が見える位置で音割れもせずゆったり見ることを心がける。初心者の彼が疲れない様に川や森での休憩をたっぷり挟み、最前お祭り騒ぎは自粛。
果たして彼は疲れてないだろうか。
半歩前歩き、私の手を引いて、広い背中で私を守るように人を掻いていく。
「さっきのバンドかっこいいね」
ふと降ってきた言葉。
まさかあの彼から吐き出されたとは思えなくて、「え?」と聞き返すも反応は薄い。
この雑踏の中、会話するのは難しい。
群れから抜け出すまで言葉の先は我慢しようとまた手に力を込めた。
まばらに人が集まる木陰へ逃げ込み、どちらともなく手を離して絶妙にぬるいドリンクで喉を潤してから口を開く。
「凪も蟹食べたくなった?」
長い足を窮屈そうに曲げて体育座りする彼が「あー‥まぁ」と首を傾げて適当な返事をくれる。
あら、上海蟹食べたくないの?そう言葉を続けようと思ったのに、よっこらせと隣に腰を下ろせばさっきより近くなった瞳がきらりと光る。
「最後の曲名なに?」
はっきり問いかけられてしまい、動揺する。──え、本気で好きになってくれたの?
「うそ、凪にゲームとサッカーと私以外に興味あるものできたの?」
思わず心の声が漏れれば、彼が口を尖らせる。
「何ソレ、失礼すぎ」
「あ、いやゴメン」
失言だったかと反省しながら謝れば、「ま、それもそうなんだけど」と自分自身も不思議だと言わんばかりに口元に手を当てて考え込んでいる。
「何がいいって言えないけど、なんか好き」
「いいんだよ、それで」
思い悩むところが素直じゃなくておかしい。
好きに理由を付ける必要なんてないんだよ。私もゲームもサッカーも理由なんて求めてない。
立ち上がって彼のハットの紐を緩めて背中側へ放れば、彼の無造作ヘアが出現する。
「私としては自分の一番好きな人たちに興味を示してくれたことがすごくうれしい」
そう伝えてから両手でわしゃわしゃと犬を撫でるかの如く、頭を撫で始める。
「わ、なに‥」と一言戸惑った声を上げただけで、抵抗することなく、されるがままの彼。
めんどくさし、まぁいいかと早々に諦めたな。
気を良くした私は満足いくまで撫で回して、パッと手を離す。
正面から彼を見れば爆発した頭のまま何度かパチパチと瞬きをする。
そんな惚けた彼を見てケラケラと笑えば、また口を尖らせる。ほら、そんな顔しないで笑って、笑って。
「怒らない、怒らない。蟹とまではいかないけど、ジンジャエール飲みたくない?」
彼の目にかかる前髪を横に流しながら問いかければ、何かを察したのか「あるの、そんなの?」と不服そうに立ち上がる。
「わかんない。まぁ見つからなくても探す過程が楽しいよ、2人なら」
そう笑かければ少し目を丸くした凪がため息をついて、呆れたように笑った。
夏の空は高いくて、一向に翳りを知らなくて、吹き出す汗が、自然に囲まれたこのニオイが、なんか好きだなって思えた。
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Thanks! ノーチラス
BGM:凪くんの好きな音楽
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