千切くんの地雷を踏む


幼馴染なんてかわいい名前もつかないただの同級生。偶然小中高が一緒だっただけ。
視界に入れば挨拶や何気ない会話はするけど、友だちって訳でもない。
家が隣同士なんて奇跡もなく、ただ同じ学区で、頑張れば歩いて行けるかなっていうお家の距離。それが私と彼の距離。
「お前に何が分かんの?」
だからそう言われてしまえば、ただ唇を噛むことしか出来ないような、そんな関係。
大丈夫だよって抱き締めてあげられないし、私は分かってるよなんて胸を張って言えない。そんな情けない関係。
だからここで傷付いて落ち込む資格なんて一切ない。そんな態度は彼に失礼だ。





───だって、一番辛いのは彼だ。






千切豹馬は小学生の頃からそれはそれは目立っていた。
誰もが羨む綺麗な顔。他者を圧倒する速い足。気まぐれなところはあれど、頭の回転が早く、彼が話を始めたらクラス中の人が集まってくる。快活な人気者。
そんな彼に憧れる存在は男女問わず、学年問わず、たくさんいた。
だから意識しなくても視界に入るし、同じクラスで様々な行事の中、活躍し続ける彼をただただすごいなぁと思っていたことはある。
女児は悉く、成長が早いとは言うが小学校一年生でクラスの女子全員から告白されるというのは、後から聞いてもどこぞのスーパーアイドルの昔話かと思ってしまう。
──だからお前も好きだったんだろう。
そう聞かれることが増えた。
でも私は彼を恋愛目線で見たことはない。
だって、同じ土俵に立つことさえ烏滸がましい。
もちろん綺麗なものに心が揺さぶられるというのには同意できる。そういった意味で鑑賞することは大いにあった。
好意抜きで見守る彼は本当に自由な男の子で、どんな相手であっても自分の思ったままを言葉にしていて、素直に生きるってああいうことなんだなって思えた。





本がすごく好きという訳でもないが、昔から本を読む機会に恵まれていた。
親の趣味であり、活字好きな両親が娘にもたくさん本を読んで欲しいと幼少期から本を買い与えられてきた。
でも大きくなるにつれ、やりたいことも増えて本を読む時間もそこまで取れなくなった。
友達と映画へ行ったり、遠出して買い物したり。
だから幼少期から外遊びばかりしていた彼がこんなところにいるのが正直、幻かと思った。
失礼な話だが、何かの罰として先生から課題を与えられたと本気で思った。




───あの時、なぜ彼が"そこにいなければならなかった"のか。それを考えられなかった私は本当にバカで、想像力が欠けている。




どんなに自分を恨んでも、時は戻らない。






「千切くん。どうしたの?」
「おー‥鷲深じゃん。つか俺がここにいちゃ悪ぃのか」



友だちが借りたい本があるから図書室に行くというので、付き添いという体で棚の間を自由に闊歩する。
表紙が見えるラックに配置された雑誌を引き上げては戻し、引き上げては戻しを繰り返し、横移動続けていると、返却ワゴンに見知った顔があった。


声をひそめて問い掛ければ、冗談っぽく笑う千切くん。
もしや彼も付き添いかと周囲を見渡したが、友人はいなそうだ。
高校に入ってからはクラスが違うので二学年になって久々の会話だ。──昨年は足のケガでほぼ学内で顔を会わせることもなかった。


「千切くんって本読むの?」
「まさかお前人のこと本すら読めねぇ奴だと思ってたの?」


そんな彼の手元を見れば、私でも知っている本屋大賞を取ったばかりのハードカバーを手にしている。


サッカー少年に、活字。


幼少期を思い出しても教室で静かに本を読んでいた覚えはなく、グラウンドをすごい速さで駆け抜けていたことしか覚えていない。


「いや‥‥意外だなぁ、と思いまして」
「まぁ小さい時からサッカーのが好きだったし、人前で読む方じゃないからそんな印象でも仕方ねぇけど。じゃあな」


失礼なことを言ってしまったと小さくなる私に、千切くんは苦笑いでフォローを入れ、本を片手に颯爽と貸出カウンターへ向かう。
──久々の会話で地雷を踏んでしまったかと焦ったが、怒られなくて安心したことを覚えてる。





その後、春から秋にかけて、友人の貸し出しに付き添う過程で、何度か千切くんに図書館で会うようになった。




「よ!千切くん」
「お、また会ったな」
ただすれ違うだけの時もあったし、
「なに読んでんの?」
「ホラー」
真剣に読む姿を隣で茶化してみたり、
「あ、そのシリーズうちの本棚にあるよ」
「マジ?貸して」
辞書並の厚さの長編シリーズものを期限なしで貸したり、
「読書感想文はどの本がいいと思う?」
「純文学を読み直すとかでいーんじゃね。教師受け良さそう」
やりたくなさすぎる課題を少しだけ前向きに捉えられる理由を見つけたりした。





だから今までの"同級生"というポジションから"友人"へと、関係性がステップアップしたと勘違いをした。




──そんな資格、私にないのに。





「わかる。最高だよな、あのシーン」
「ねー?疾走感が最高だよね」




懐かしの長編ファンタジー小説をお互いに読み直し、読了した記念の語り合い。
図書室前の小さな談話スペースで、友人が本を借りてくるほんの数分の立ち話。
小声でひそひそと話す、この空間が好きだった。



「全力で走る表現がすげぇ苦しそうでもあり、でも楽しそうでもあって」
「うん、うん。私も走るの楽しそうだなって思った」



「だよなー」とキラキラ目を輝かせた千切くんがこちらを見た時、幼少期の彼が重なった。




──何より走るのが、サッカーが、大好きだった千切くん。




空想の中に憧れを抱くよりも、彼はそれを実現することができるのではないか。
そんな思いからふと、尋ねてみたくなった。
怪我をした当初から、学校中のみんなが口々に気にしていたこと。
──今なら、この関係性なら、聞けるんじゃないのか。


少しの自信と緊張で視線が泳ぐ。
図書室のドアはまだ開かない。
廊下の先からも人は来ない。
自分の上履きに視線を置いて、息を吸う。
できるだけ自然に、軽い感じで。流れるように聞けば大丈夫。




「千切くんさ、サッカー続けないの?」




私の何気ない一言が、静寂に落ちた。




千切くんからいつものテンポで返事が返ってこない。
ゆっくりと足元から顔を上げれば、千切くんが小さく笑った。



「何も知らないくせに‥‥簡単に言うなよ」



交わった視線の奥がぐにゃりと歪んで、引きつった口角が胸に刺さる。
──あぁやってしまった。




バチが当たったのだ。
調子に乗るな、馬鹿者。お前に何が分かるのだ。
そう頭の中で声がする。
だから泣く資格さえないのだ。口を結んで、奥歯を噛み締める。伝えたい思いがどこにあるか自分でも分からない。とにかくお腹に力を入れて、瞬きしないようにする。彼の背中が遠くに行くまで息を止める。誰にも見つからないように。






コバルトブルーの讃美歌が鳴ってる





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Thanks! ノーチラス




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