凛選手に初恋


あれ、でも糸師凛って結婚してたんじゃなかった?というワードはもう耳にタコである。私が事あるごとに凛様と結婚するのはこの私!と恥ずかしげもなくどこででも宣言するせいでもあるが。


私が彼を初めて知ったのは十年前の試合。サッカー好きの父が観ているのを真似てルールもよく分からないまま、ニッポン!ニッポン!(どちらも日本人にも関わらず)と手を叩いて応援しながら楽しく観ていた。
実況の選手紹介と共に画面上にギラギラした意志の強い目とシュッとした目鼻立ちが映し出された瞬間、私の中に衝撃が走った。
ーーそう、人生両手にも満たない齢で恋に落ちたのだ。単純に顔がモロ好みだった。


そんな私も歳を重ね、初めて彼を見た時と同じ年齢になった。もちろん今となっては顔だけでなく、神がかりプレイの数々やエゴすぎる中身も大好きである。
そして今日は友人と念願の感謝祭へ参加出来ることとなった。私は女子高生に出来る限界値まで美容と服にバイト代を注ぎ込んだ。まぁ好きな人に会うのだ、当然の努力である。今まで数多くの試合観戦をスタジアムやテレビでして来た私であるが、至近距離でプレイしない凛様を拝むのは人生初である。それ故に美味しそうなスタメシも全く喉を通らない。告白しようとする乙女と食欲は反比例なのだ。


「いやー世一さんと廻さんのアイドルばりのダンスとファンサ、サイコーだね!周囲のシャッター音鳴り止まなかったよ!ちなみにアンタの凛様はずっと顔死んでたけど‥ホラ」
「うっわ!一眼のパワーすごすぎ!死んだ目すらかわいい!あとでいい値で買わせて?!」
「いや無料であげるよ、このくらい。さ、このあとサイン会だからより近付くよ〜?心の準備はいい?」
選手たちによるご褒美すぎるダンス&パフォーマンスも無事終わったようで、最前列でカメラ小僧と化した友人が精神統一に勤しむ私の元へ帰ってくる。
次はいよいよメインイベント、直接対決だ。と深呼吸をして暴れまくっている心臓を何とか抑え込もうと試みる。


「あ、来た!凛さーん、こっちもお願いしまーす」
友人のように声を出そうとしても、手を伸ばせば届く距離に頭から爪先まで混乱し、全身が震えてしまい口も上手く回らない。
そんな私などお構いなしに凛様は端の小さな子どもたちから順番に色紙を受け取り、サインを書き始める。
昔はこういう場面で必ずと言っていいほど眉間に皺を寄せながら口を一文字にして対応していたというのに、成人してから口数は少ないものの目に見えて不機嫌そうな顔はしなくなった。
そんな表情の変化を思い返しつつ、サイン後に嬉しそうに握手する子どもたちに焦りを覚える。な、なんで君たちそんなフツーなの?私なんてバグりすぎて手汗止まらないのに!あんなキレイな手握れない!と心の中で葛藤してるうちにあと数人で順番が回ってくる、と同時にソレは嫌でも視界に入ってきた。


彼の薬指を見ないように、見ないようにしてきた私に突きつけられる現実。色紙を掴む手の先にキラリと光る愛の証。
奥さんはどれだけ彼に愛されているのだろう。
試合中外す選手もいる中、彼が結婚したと報道されて以降、指先からそれが外されているのを見た事がない。


ついに私の番、となったその時彼の隣にそっとスタッフさんが寄ってきて何か耳打ちする。
色紙を受け取ろうと手元に伏せていた目が真っ直ぐにこちらを向き、小さく「悪ぃ」と呟いた。
一瞬、自分に喋りかけてくれたことが信じられず思わず他に誰かいないか首を左右に振ってしまうが、それが否定のジェスチャーにも繋がったのか凛様はそっとスタッフと共にベンチへと移動する。
夢のような瞬間を夢でなかったと証明するように友人が「え、今喋りかけられたよね?スゴ!」とオーバーヒートして反応出来ない私の代わりに盛大なリアクションをしてくれる。
凛様がベンチに辿り着いた辺りで落ち着きを取り戻した私は友人と手を取り合ってキャーキャーと喜びを分かち合っていると、急に周囲がザワつき始める。
何事かと凛様の消えた方向に目を凝らすと凛様がユニフォームを着た小さな子を抱き上げ、その隣にいる女性に何やら話しかけている。
周りからアレ奥さんとお子さんだよねという声が聞こえる。


ーーこれが紛れもない現実。
何でもっと早く産まれなかったのだろうとどうしようもないことを責め始め、醜い気持ちが嬉しい気持ちを飲み込もうとする。一方的に想いを馳せて、他の家庭を憎むなんて良くないと思いつつ、でも十年かけて育った初恋なのだから許して欲しいとも思う。
そんなことを思っていたら再度凛様が小走りにこちらへ戻ってきた。いよいよ告白の時だと震える足を両手で叩く。


嬉しいのと悲しいのがごちゃ混ぜな感情で目の前に来た彼の顔を見れば、嬉しそうに口角を少し上げ、目元を緩めていた。記憶の中でその表情をしたのはビッグゲームで勝てた時のほんの数回のみ。
緩んだ顔の自覚があったのかすぐさま両手で頬を軽く叩くと、いつも通りの表情に戻る。


瞬間、悔しさよりも羨ましさが勝った。私の口から直接確認してみたくなった。


「凛選手、幸せですか?」


色紙を渡す瞬間、口から出たのは長年の想いではなかったが、一種の愛の言葉。


急な質問に一瞬口ごもり視線を気まずそうに彷徨わせたあとに「あぁ、ありがたいことに」と小さく一言返答があった。
そのあと色紙を受け取り、「ありがとうございます。これからも応援してます」と感謝を伝え、握手してもらう。
彼のひんやりとした手が私の手を包み、そしてすぐに離れていく。
初恋は実らないをリアルに体感しつつ、人生において人の幸せをこんなにも願うことはそうそうないだろうとも思うのだ。ありがとう、私の初恋の人。



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