世話焼き玲王さんと待ち受け画面
セキュリティ激甘なチェーンと覗き穴しかない薄いドアを開けて入る。リビングは煌々と灯りがついていたが、部屋の主は不在だ。
シャワーの音もしない。履き潰されたスニーカーも玄関にあった。ともなれば残るはベランダだ。
空き缶と書類が散らばったリビングをつま先歩きで何とか掻い潜る。薄いカーテンを手で退けると、椅子に座り咥え煙草でライターの火に照らされる姿を発見する。吐き出して空に浮いた煙をぼんやりと追う視線と目が合った。
ゆらゆらと手を振られる。副流煙すら今の自分にはリスキーなので窓は閉めたまま片手を上げて答えた。
吸い終わるまで来ないなと思い、とりあえず足の踏み場だけでも確保しようと落ちていたビニール袋を片手にゴミを分別し始める。
コンビニ弁当、栄養補助食品、エナジードリンク、缶コーヒー、缶ビール。数週間の不摂生を目の当たりにしながら、俺が来なけりゃすぐコレかよと自然と舌打ちしてしまう。まとめて捨てられりゃ楽なのになと思いつつ、大事そうな物のみテーブルに上げる。
バラエティに富んだ雑誌類、国語辞典、原稿、写真、あたりを付けた数々のゲラ。ひっくり返ったファッション誌の中に自分の広告を見つける。
有名ブランドの新作コレクションから選ばれた派手な柄シャツに細身のセットアップスーツを着て、ただ立っているだけの写真。
スタイル良いから何でも似合うね。どんな表情でも様になる。またやってくれないかな。何て言われ慣れた言葉を並べられつつ撮ったものではあったが、さすがプロが撮ると雰囲気がある。格好良く撮られたと自負している。
ーーそれなのに部屋の隅に投げられて雑に扱われてる。「どーでも良さそうな感じがムカつく」と誰もいない荒れた部屋に悪態をつく。
途端にやる気がなくなった。試合終わりにここへ直行したことを思い出し、シャワー借りようと動き出す。クソ、こっちだって自由にやってやる。
歳の差なんて学生の時分を超えてしまえばそこまで気にならなくなった。狭い枠組みに収まっていた頃は早く追いつきたい、早く大人になりたいと切望していたというのに。自分自身が働いてお金を稼ぐようになると劣等感などなくなった。
ただ年上だから余裕があって落ち着いている。それが幻想と気付いたのはこの家に招かれてから。成人したし犯罪じゃなくなるからいいよと央から入室許可を得た時の感動は未だ忘れられないが、繁忙期の大人がこんなにも粗悪な生態系だとは予想出来なかった。
シャワーから出て、閉まってあった自分用のスウェットを着ながら晩飯はどうしようかと考える。あの様子じゃ冷蔵庫にロクな食材は無さそうだし、デリバリーコースかと思いながらタオルで髪を乾かす。
リビングに入れば央の小さな背中が目に入る。俺が中途半端にしたゴミはなくなり、大方片付けられていた。
「なぁ晩飯どうする?」という問いかけに反応はなく、俺の声が虚しく響いた。
無視する理由もないよなと首を捻りつつ、央の耳元を見れば俺が誕生日プレゼントにあげた高性能なワイヤレスイヤホンが突っ込まれていた。スマホ片手に聞いてるアーティストの原稿でも考えてんのかと思い、背後からそっと近付く。
その画面を目にした瞬間、衝撃を受けた。
そして徐々に緩んでいく表情筋を自覚する。クソ、何だそれ。興味ねぇんじゃないのかよ。
後ろからそっと央の首元に腕を回せば、突然の事に身体がビクリと動いた。そしてすぐさまスマホの電源を落とし、イヤホンを外す。バーカ、もう見たっつーの。
抱き締めたまま央の顔を覗き込めば気まずそうに目を泳がせている。トドメを刺してやろう。
「‥なぁ、待ち受けにするぐらいカッコ良かった?」
「‥‥まぁそうだね」
やってしまったと顔に書いてあるのを無視して、俺の口角は上がる一方である。央が耳まで赤くなるの何てそうそう見られない。
とりあえずこのまま寝室に連れて行こうか、それとも湯船に一緒に浸からせようかを考える。空腹よりも先に満たしたい欲が出てきてしまったのだから仕方ない。夜はまだまだ長い。
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