視線の端に花瓶が一つ
お前は他の忍とは違う。
この血族の運命は何人たりとも変えられない。
死ぬまで里に尽くし、必ずその血を宿す子を残せ。



●●●は象亜一族の1人。
その名の通り『象』の力を持つ一族だ。
あまり知られていないが、象は嗅覚が犬より優れており遥か先の匂いを嗅ぎ分けられる。

この血族の者は象並みの嗅覚で、里や他国…忍界での出来事を全て嗅ぎ分けて把握することができる。水や大気の匂いも嗅ぎ取り、天気も分かる。

そして一度匂いを嗅いだことのある人物なら忍界のどの方角にいるかも匂いだけで即座にわかる。

修行すればするほど、遠くのことまで嗅ぎ分けられるようになる。今の●●●に嗅ぎ分けられるのは木の葉の里の中がやっとだった。

象亜一族は生涯国周辺の見張り役として務め、忍者学校にも行かず、忍者階級も取得しない。嗅ぎ分ける能力だけを高め、一生この里の外へは出られない。チームメイトも同期もいない孤独の中で生きる一族。だから●●●には友達と呼べる人間など1人もいなかった。



「これやるよ!」

少年は●●●にニッと笑いかけながら花をくれた。
茜色の空の下…誰もいなくなったベンチで、修行から逃げ出してきた●●●は生まれて初めて同い年くらいの人間と接した。

「あなたは?」
「俺はうちはオビト!お前は?」
「…●●●…。お花、ありがとう」
「お前忍か?見ない顔だな!」

●●●の隣に座ったオビトくんからは、個人の独特の匂いとそれに混ざる 汗と埃と土と鉄の匂い。そして手元にある綺麗な花の匂いが●●●の中に入って来た。

少年から自分に向けられた眩しいほどの笑顔に●●●はストンと恋に落ちた。

「象亜一族?聞いたことねーなぁ…」
「それより、忍者学校はどんなところ?楽しい?」
「そーだな!友達もいるし楽しいぜ」
「いいなあ……」
「…………」

オビトは悲しそうに俯く●●●をじっと見つめ、立ち上がった。

「お前明日もここにいるのか?」
「わからない」
「じゃあ来いよ!わからないって事は来れるかもしれねーって事だろ!」


「じゃあな!」と言ってオビトは走り出した。

●●●はオビトが見えなくなるまで目で追ってから、貰った花を離さないように大切に握りしめて家に持ち帰った。


オビトくんは次の日からほぼ毎日野花を持って公園のベンチに会いにきてくれた。いつものオビトくんの匂いに汗と埃と土の匂い、それに元気をくれる笑顔を見ると●●●の胸は高鳴った。花は枯れてもオビトへの恋心は日に日に大きく膨らんでいく。

オビトくんは私の友達にと、いつもリンちゃんとカカシくんを連れて来てくれた。一緒のチームを組んでいるんだって。

「明日からはついにカカシは上忍だね!」
「……そんなのべつに大したことねーだろっ!」
「オビトくんはならなかったの?」
「うっ……」
「そ。オビトは中忍のまま」
「うっせーぞカカシ!」
「まあまあ、2人とも」


2人並んで歩くリンちゃんとオビトくん。●●●は楽しそうに頬を染めて笑うオビトを切なげに見た。オビトくんが好きなのはリンちゃん。たぶん、いや絶対そう。

オビトとリンが2人で並んで歩くから、必然的にいつも●●●とカカシはその後ろを一緒に歩く。


「カカシくん強いんだね」
「……ま、オビトよりはね」

リンと楽しげに歩くオビトにはその言葉は聞こえていない様子。完全に二人の世界だ。

「はあ…」

本当に好きなんだなあ。……複雑だ。
●●●は少し俯いた。


「……●●●、明日俺が任務から帰ってきたら話があるんだけど」

カカシは頬を染め、鼻の頭をかきながら「時間ある?」と●●●に言った。

「…うん」
「じゃあいつもの公園のベンチのところでまってて」
「わかった」





次の日、●●●が夕暮れにいつものベンチで3人を待っていた。任務はまだ終わらないのかな。カカシくんの話とは何だろう。

もう空が暗くなり、光り出した街灯がベンチに座る●●●を照らす。けれどまだ3人は現れない。ふと、●●●はカカシの匂いを感じた。里の入り口の方…いま帰って来たところだろうか。

●●●は匂いの方に走り出した。
カカシくんの匂いと同時に血の匂い。リンちゃんの匂いもする。オビトくんの匂いは………

門から少し離れたところに一行を見つけた。
リンちゃんとカカシくん、それに先生かな。大人が1人。…オビトくんは?大好きなオビトくんの匂いを感じないなんて…鼻が狂ったかな。

●●●は離れたところからキョロキョロと周りを見渡すがやはり姿はない。



「●●●ちゃん…」

●●●に気付いたリンが●●●に駆け寄って来る。その目には涙が滲んでいた。

「…リンちゃん…オビトくんは?」

匂いを感じないんだけど…

「●●●ちゃ…オビトがっ、オビトがっ……」
「…ど、どうしたの?」
「…オビトは死んだ」

カカシくんが低い声でそう言い放った。傷だらけのカカシを見ると以前は無かった真っ赤な目が●●●を見ていた。

「…え?しん…」

●●●は目の前で泣き出したリンの肩をさすった。

「リンちゃん……」

●●●から涙が出ないのはきっと真実をまだ受け入れきれていないからだ。

だってきっと「なんちゃって!」てシャレにならない冗談言いながら現れたり…私にまた綺麗な花をくれるって心のどっかで思ってる。
でもなんでかな、カカシくんの赤い目からはハッキリとオビトくんの匂いがした。

約束したカカシと●●●は話すことなく、その日は解散した。






その後の任務でオビトくんに続き、リンちゃんも命を落とした。

「…リン…ちゃん…?」

●●●は里に帰って来たリンの血だらけの遺体を抱きしめた。桜色だった頬も唇も白くヒンヤリと冷たくなっている。
●●●にとってはじめての女の友達…そして、きっと好きな人の好きな人。
もう2度と嗅ぐことができないだろうリンちゃんの匂いを胸いっぱいに吸い込んで記憶する。土と薬草の匂い。リンちゃんの匂いに混じって微かに…オビトくんの匂い…?いや、まさかね。


●●●は伝える事もできなくなってしまったオビトを想う心を抱えたまま カカシに告白され2人は一緒に過ごすようになった。

心の隅にはオビトくんがいたけれど、カカシくんは気にしないって言ってくれた。



それから●●●は何年も修行を積み、カカシと共に大人になった。

●●●がやっと忍界中全ての匂いを嗅ぎ分けることができるようになった日、懐かしくて愛おしい…ずっと…心の隅で探していた匂いをこの世界に感じた。

●●●の胸がドキンと高鳴った。


この匂いは…オビトくん…?

●●●は匂いのする方角を遠く見つめた。

嗅ぎ間違いじゃない。これはオビトくんの匂いだ。


でも…彼は………もう……

死んでしまったはず。


じゃあ、この匂いの正体は?

確かめたい。

●●●は家に帰り、荷物をまとめる。

この匂いの先に誰がいるの?
オビトくん?オビトくんなの?…どこかで…どこかでまだ生きてるの?

「何してんの?」
「あ、カカシくん…」

●●●が荷物を詰めていると背後に任務を終えたカカシが現れた。●●●を静かに見つめている。

「そんな荷物つめて…どっか行くの?」
「私今日ね、忍界中の匂いを嗅ぎ取れるようになったんだけど…遠くにオビトくんの匂いを感じたの」
「……オビトの?…」
「この匂いを確かめたいの。そこに誰がいるのか」

荷物を持って家を出ようとする●●●の手をカカシは掴んだ。

「●●●…オビトはもういない…」
「でもしっかりとオビトくんの匂いを感じるの!」
「俺はオビトが死ぬところを見たんだ…。それは残して来てしまった遺体の匂いだろう」
「……ち、違う…違うよ、きっと!どこかでまだ生きてるんだよ」

●●●は必死にカカシに訴えかける。
悲しそうなカカシの目は●●●をじっと見つめていた。

「…●●●はまだオビトが忘れられないの?」
「…え……」
「俺じゃダメなの?…」

消え入りそうな声でカカシくんは言う。こんなカカシくんは見たことない。●●●の手を掴むカカシの手は今日の任務で負った痛々しい傷が付いていた。目にはオビトくんにもらったという赤い瞳……そう、オビトくんの……。

忍界すべての匂いを感じられるようになってちょっと鼻がおかしくなったかな。


「……ごめん。…そうだよね」

オビトくんは、いない。
もうどこにもいないんだ。

この匂いはきっと私の勘違いなんだ。


リンちゃんの身体にかすかに残っていたオビトくんの匂いも…今日感じた匂いも私の作り出した幻覚なんだ。

私がオビトくんを忘れられないせい。

もう…忘れないと。
オビトくんのあの笑顔も、独特の匂いも、修行でついた土埃の匂いも。
そしてオビトくんがはじめてくれた花の匂いもすべて。


私をこんなに思ってくれるカカシくんを放っておけない。いま生きているカカシくんを大切にしなくては。


「明日…私も一緒に慰霊碑に行きたい」
「…ああ。オビトも喜ぶよ」


カカシは●●●の身体を優しく抱きしめた。
暖かい大きな身体が●●●の身体を包み込み、その温かさに●●●の目から涙が溢れた。

カカシは小刻みに震える●●●の身体をいつまでもいつまでも抱きしめていた。







それからも●●●は毎日毎日火影岩に登りオビトの匂いのする方角を見つめた。

今日の天気は雨。北西の風。
国の周囲に不審な匂いなし。
オビトくんの…匂い あり。


やはり、オビトくんの匂いがする。

忘れると言っておきながら…匂いを探らずにはいられなかった。我ながら未練がましいこと。

ねぇ、そこにいるのは誰?

愛しいあの人と同じ匂いを持ってるあなたに…


一度だけ…会いたい…なあ……。



今日も晴天、北西の風。
明日の天気は曇りのち晴れ。
国の周りに不審な匂いなし。

今日もオビトくんの匂い あり。



「●●●、帰るよ」
「あ、うん!」















この数年後、忍界大戦開始。













「お前が、リンを…

見殺しにしたから…だろうな」



●●●は木の葉の里の火影岩の上から忍界大戦の状況を嗅ぎ取っていた。

同じ方角、同じ距離からオビトくんとカカシくんの匂いがする。嫌な、不吉な空気の匂いがする。それに多量の血の匂いも。

●●●は頭をぶんぶんと横に振った。

不吉な空気なんてないない。私の思い込みだ。

●●●はオビトとカカシの匂いのする方向にずっと意識を集中させた。


カカシと一緒にいる貴方は…オビトくんなの?






しばらくすると、オビトくんの匂いは完全に消えて無くなってしまった。

●●●は忍界の全方角を嗅ぎ分けてみるが…やはりオビトくんの匂いはプツンと消えている。

●●●の目からぽろぽろと涙が溢れ出す。
毎日感じていたオビトくんの匂いが消えた。

心の片隅にあった希望が消えた。

もう忍界のどこにもあなたは居ないのね。


●●●の足元には岩場に咲く一輪の花が風に揺れていた。●●●がオビトとはじめて会った日にオビトから貰った花とよく似ていた。




●●●



ふと、名前を呼ばれて振り返ると光に包まれたオビトくんとリンちゃんの姿が見えた。
幼い頃の姿のままの、懐かしい2人。


「オビトくん…リンちゃん…っ!」


●●●が2人に近づき抱きしめようとするも、2人の体に触れることはできなかった。


●●●ちゃん、カカシをよろしくね!


リンが笑顔で●●●にそう言った。懐かしいリンちゃんの屈託のない笑顔…。●●●の涙は止まらない。リンの横でオビトはニッと笑って、●●●に向かって親指を立てた。大好きな懐かしいオビトくんの笑顔だ。


元気でな!●●●!



オビトとリンは笑顔のまま、涙を流す●●●の目の前から静かに消えた。


●●●は2人が消えた後もその場に立ちすくんで動けなかった。


オビトくんとリンちゃんは最後に私に会いに来てくれたんだ。

最後まで私の事…気にかけてくれてたんだ。




「オビトくん…リン、ちゃん…ありがとう。だいすきだよ…」


2人に会えて、嬉しかったなあ……。



涙はまだ止まらない。






そして無事に忍界大戦は幕を閉じた。





「ただいま、●●●」
「カカシくん…おかえりなさい」

カカシは一輪の綺麗な花を●●●に差し出し、●●●は嬉しそうにそれを受け取った。

「ありがとう」






***


「また私の勝ちだね、パックン」
「……この小娘は本当可愛くねーな」

パックンは小さな女の子と匂い嗅ぎ分け対決をしていた。
犬より数倍すぐれた嗅覚を持つ象亜一族に敵う筈なく忍犬は敗れていく。


「あ、父さん!おかえり」
「ただいま…母さんは?」
「まだ帰ってないよ」
「そうか…」

「ただいま!」
「おかえり」
「おかえり、母さん。準備出来てるよ」
「ありがとう。今日は父さんと母さんの大切なお友達の命日だからみんなでお参りに行こうね」
「うん。私の名前はそのうちの1人からもらったんでしょう」
「そうだよ、リン」












あとがき

匿名様から『シリアスで切ないけどハッピーエンドな感じで小さい頃〜大人設定で
カカシ 〉夢主〉オビト〉リンの4角関係見たいです〜!』とのリクエストでした!想像と違ってたらすいません!!そして勝手に夢主の設定も加えてしまいました。


私、オビトくんが分からなーい!!ので、YouTubeで検索かけていろっんな動画見ましたよ!(笑)アニメってカカシの幼少期とかも細かくやってんですねぇ……ついつい時間を忘れて見ハマってました!!4角関係を書くなら大人までオビトもリンも生きてて2人が結婚して……夢主とカカシも……って想像しましたが!YouTubeで見たオビトとリンの最後がヤバすぎて、いかしておけませんでした。リンはとにかく菩薩のように優しい女の子。夢主も優しいとキャラがかぶるのでオビトかカカシと言い合うキャラにしたかったけど……リンとの絡みもあんまりないかな、ということで断念。
カカシ夢なのにカカシとの絡みもないな。本当すいません。

この3人との4角関係は「短編」として書くには勿体ないくらいの設定ですね〜!!私妄想が止まりませんでした!!匿名さんの想像力はとてつもなく豊かですね!!リクエストありがとうございました!!


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