革命当夜
私と公園でサッカーボールを追いかけていた日々はクラブチームでの実戦的な練習に置き換わり、一緒に登校していた日々は早朝のランニングにかき消された。もう私たちは小学生ではない。
「わわっ、」
秋特有の癇癪を起したような激しい雨が窓を叩く中、色気の無い私の悲鳴を置き去りにしてショットガンの発砲音が炸裂する。
「あぶなかったー。」
凛、知ってた?すぐ隣で画面を睨む真剣な眼差し、コントローラーのスティックとボタンを操る指さばき、気合いが入ってる時ちょっとだけ前のめりになる姿勢、そういう些細な動作ひとつひとつで同時に私の心臓も撃ち抜かれてるってこと。
「あ、これ、ステージクリア?」
すっかり薄れてしまった幼馴染との繋がりは、こうして雨の日だけ鮮明に姿を現す。もう何度通ったかわからない凛の部屋とソファー代わりのベッド。死んだら交代ってルールは私があまりにヘタクソだから早々に撤廃されたよね。PS3が廃れてPS4に置き換わっても、凛と冴の兄弟仲がこじれても、私と凛はあの頃と変わらずホラーゲームに興じていた。
「来月から、しばらく家空ける。」
次のステージに切り替わるまでのたった数秒あったロード画面。凜は視線を画面に向けたまま、事も無げに言った。二人きりの部屋でなければ聞き逃してしまいそうなくらい、それはもうあっさりと。
家を空ける、という言葉にすぐさま彼の兄、糸師冴が頭をよぎる。
「サッカー留学?」
「留学じゃねえ。国内。強化合宿。」
国内。強化合宿。凜の言葉に反して胸騒ぎが身体中を駆け巡る。胃はきゅっと締まり、首の後ろの毛は怯えるように逆立った。なんだろう。なぜだか、もうそのまま帰ってこないような予感がした。
いや、もちろん自宅には帰ってくるんだろうけど、行った先で決定的に何かが変わってしまって、そこで私と凜の繋がりが絶たれてしまう。そんな気がした。
でも、いつかそんな日が来るってこと、私は早いうちから気付いてた。凛はいつか私の知らないような、ずっとずっと遠い場所に行ってしまう。
だって、凛は絶対にプロサッカー選手になるから。
「雨、やまなければいいのにね。」
凜は「はぁ?」と顔をしかめた。
「んなことあってたまるか、」
まあ、賛同は得られないだろうな。知ってる。ホラーゲームもKing Gnuも、サッカーには敵わないって。私なんか、なおさら。
物陰から現れたゾンビの頭に一発、銃弾をお見舞いし、崩れ落ちた亡骸からアイテムを回収している凛に私は言う。
「雨なら、ずっと二人きりでいられるじゃん。」
直後、主人公の背後にもう一体ゾンビが現れ、彼に襲い掛かる。いつもなら器用に避けるかナイフ攻撃で応戦する凛も、この時ばかりはそのまま噛みつかれた。
「どういうつもりで言ってんだよ。」
「そのままの意味だよ。」
主人公は肩口に噛みついたゾンビを振りほどこうと必死にもがいていた。凜は何も言わない。部屋にはカチカチとボタンを連打する音と主人公の呻き声が響く。
「……どういうつもりで言われたかったの?」
一瞬、ゾンビを引き離せたかに見えたが、またすぐ噛みつかれた。緊迫感のあるサウンドに凜は舌打ちする。そして、ちらりと、私を見た。
ふはは。空気が抜けたように私は笑った。
「そんな顔しないでよ。私、勘違いする。」
いつものポーカーフェイスを貫いてよ。
やめて、そんな、
「勘違いじゃねぇよ。」
凜は震えっぱなしのコントローラーをベッドに放った。いつの間にか私よりも大きくたくましくなった凛の身体がこちらを向く。ベッドの軋みで彼の重心の移動を否が応でも感じた。
「だから、名前、目ェ、閉じろ。」
ばか。せっかち。
私の目が閉じられるのを待たずして凜は私の唇を奪った。ずっとすぐそばにあった、ずっと欲しかった、けれど今まで一度も触れたことがなかったその唇が、今、私に触れている。
閉じかけた視界の端で画面に浮かぶ『YOU ARE DEAD』の文字が涙で滲む。
「……後悔しても遅いから。」
背中からベッドに沈み込んだ私は前のめりのキスを再度受け止めた。
幼馴染の関係はたった今、死んだ。