未成年淫行と夏カレーの夜


 全国高校サッカーの情報誌制作に携わって早三年。ようやく仕事にも慣れてきたように思う。慣れてくると効率的に仕事をこなせるようになり、初年度よりは残業時間も減ったけれど、フルタイムで働いてからの夕飯づくりはいまだに負担だ。以前の私なら面倒に思う気持ちが競り勝って、週の半分を外食で済ませていただろう。現にそういう時期もあった。
 けれどそういった、だらしない日々は突如として一変した。飼い始めたから。あの子を。

 鍋の中の野菜に火が通る音と、シャワーの音とが、2LDKの空間に重なる。夏のガス調理の熱気を前にクーラーは無力だった。むわっと立ち上る熱。飴色の玉ねぎの香り。なす、かぼちゃ、パプリカ。中途半端に残った夏野菜も一緒に炒めて、まあなんと具沢山だこと。

「暑〜っ……、」

 カレールーを鍋に加えていると暑さにグニャついた廻が下着姿のまま現れた。もう十分見慣れているはずなのに、雄々しい身体とあどけなさの残る顔立ちはあまりにアンバランスで、私は慌てて視線を逸らす。手入れの不十分な換気扇はブオオ、と音を立てて煙を吸い上げていた。廻は幼稚園に上がりたての子どもみたいに「ねぇ、ねぇ、」としつこく声を掛けて私の視線を取り戻す。

「せっかくシャワー浴びたのにドライヤーしたらまた汗かいちゃった」

 不貞腐れて、廻はそのダメージレスな黒髪を持ち上げながら首筋を晒した。覗いたインナーカラーの黄色が眩しくて私はまた視線を逸らす。見てはいけないものを見てしまった。黒髪をかき分けた先に見える黄色はいつだって私を背徳感に陥れる。

「ねー、俺、今日そうめんでいい」
「だめ。もう具材炒め始めちゃったし」
「そうめんに乗っけちゃえば?」
「だめー。そんなんじゃスタミナつかないよ?」

 食べ盛り・伸び盛りの男子高校生。そのうえ有り余る伸び代を抱えた我儘ストライカー蜂楽廻のため私は今日もキッチンに立つ。彼の未来が、彼の身体を構築する一食一食にかかっている。すなわち私の腕にかかっているのだと責任感を感じてしまうのは自惚れすぎだろうか。

「えー、暑いんだもん。そうめんー、」
「こら!ちゃんとしたもの食べる!アスリートでしょ」

 廻は小言を受け流しながら、私の通勤用にしているマイケルコースのショルダーバッグを無断で漁る。くたびれたポーチの中から適当なヘアゴムを一本取り出したかと思えば彼はそのまま無造作に髪を結わえた。一つに束ねると内側の黄色がより引き立つ。うねったり跳ねたり自由奔放な毛束は持ち主の性格そのままだ。

「もー、そうやって名前はすぐ偉そぶってー」
「だって私、偉いもん。年上だし、自立した社会人だし」
「男子高校生飼ってるヒトがそれ言うワケ?」

 口にした本人は冗談のつもりだろうが、痛いところを突かれた私はぐうの音も出ず黙り込んだ。廻は私の腰に絡みつきながら「図星?」と笑って猫のようにじゃれついた。うちはペット禁止だというのに、まあ随分と大きな猫を飼ったもんだ。

「ねぇ、図星だからって黙んないでよ、淫行記者さんっ」
「鍋、火かけてる。危ない。……あと、その呼び方、やだ」
「じゃあ、イケナイお姉さん」

 そう言って廻は私の髪を掻き上げて耳の裏にキスを落とす。びくりと跳ねた肩に「名前、可愛い」とのたまう一七歳。

「犯罪だね」

 耳元でくすくすと笑う声がくすぐったくて私は身をよじった。

「もし私が本当に逮捕されたらどうする?」
「えー、その時は代わりに俺が檻に入ればよくない?」
「サッカーできなくなるよ」
「それはやだ!……逆に言えば、サッカーやれるなら俺は学校でも檻でもどこだっていいんだ」
「呆れる。サッカー馬鹿。そもそもそんな制度無いからね」

 そーなの?と興味なさげに返事をしながら廻は鍋の中を覗き込む。

「夕飯、なに?」
「カレー。デザートに缶詰めパインもあるよ」
「やったー。じゃあ、無罪」
「あはは、なんじゃそりゃ」

 無邪気な十七歳はあっさり私の身体から離れると、お気に入りのプロテインを鼻歌交じりに溶かし始めた。
 私の欲と罪悪感も一緒に溶かしてくれればいいのに。