映えとかなんとか


「蜂楽、このあとどうする?」
「どうしよっかなー」
「またどっか古着屋見る?」

 視線をスマートフォンに向けたまま尋ねる私は牡鹿の描かれたプラスチックカップを握りしめてパシャパシャと手元の写真を撮る。昨晩塗ったばかりのグレーのネイルも上手く写り込むように。こういうのが田舎者っぽいんだよな、と自覚はしているものの、どうせ休日の下北沢なんて半分以上は県外の人間で構成されている。偏見だけど。私は太めのストローでタピオカを吸い上げながら、さっき撮影した写真に淡くフィルターをかけるのに夢中だった。

「名前〜、はいっ、チーズ」

 名前を呼ばれて顔を上げたらパシャリとシャッター音が響いた。スマートフォンの陰からぴょいと彼の真ん丸な瞳が覗く。

「ちょ、蜂楽、不意打ちはダメだって」
「いいじゃん、盛れてる盛れてる、」
「そういうことじゃなくて!ちょ、それ何してんの」
「インスタのストーリーにあげてる」
「こら!」

 慌てて蜂楽のインスタを見たら、不意打ちで冴えない表情の私と「タピタピ」とふざけたテキスト。あのさあ、盛れてるとか大嘘じゃん。
 「あーもう!」と蜂楽の肩口を強め叩いたら、ダボついた柄シャツの下にあった身体は想像以上に頑丈な筋肉質で、改めて彼もまたスポーツをやってる男の子の一人なのだと気付かされる。下手な女の子よりも可愛らしい顔立ちのくせに。
 蜂楽が「それで全力?」と馬鹿にした様子で ぷぷぷ、と口元を押さえる姿に腹が立って私は「本気出したら蜂楽のこと脱臼させちゃうよ?」と憎まれ口を返した。

 ワーワー言いつつも、なんだかんだ蜂楽が暇な日はこうやって二人でつるんで遊んでる。地元だったり、下北だったり、渋谷だったり、原宿だったり、たまに新大久保とかも。なんとなくこの無遠慮でくだけた距離感が居心地良い。女友達と遊ぶ楽しさとはまた違った楽しさがあって私は好きだ。なにより突拍子もない面白いことばかりなのが好きだ。揚げ足取りみたいな愚痴や悪口といった楽しい気分に水を差す行為を彼は決してしない。

「蜂楽、インナーの黄色抜けてきたね」
「やっぱわかる?次の休みでまた染めようかなー」
「どこで染めてんの?地元?都内?」
「ヒミツ〜」

 蜂楽は緩くうねった毛先を指先で弄びながら、憂鬱そうに黄色と金色の中間の状態にある髪を見つめた。髪色といい、切り揃えられた前髪といい、センス良く着こなした古着といい、彼には強いこだわりと一本筋の通った芯がある。外見だけでなく、性格そのものからして。私は彼のそういう何者にも流されないところを尊敬していたし、羨ましくもあった。

「蜂楽クンはオシャレさんですねぇ」
「やっぱピッチで目立ちたいじゃん?」
「いや、既に目立ってまくってるじゃん」

 こんな居眠り好きのゆるゆる男が、ひとたびピッチに立てば別人のようにぎらついた眼で活き活きと駆け回るなんて正直今でもあまり信じられない。初めて見た時はあまりの衝撃に後日「あれって双子のお兄さん?」と聞いたほどだった。あまりサッカーに詳しくない私でも立て続けに敵を抜き去る姿には胸が熱くなったし、いつか偉業を成すのだろうなと思わせるだけの説得力めいたオーラがあった。

「蜂楽、なんか、ごめんね」
「え、急に何?」
「いや、休みの日こうやって結構遊んでくれるじゃん?」
「……まぁ、俺からも誘ってるしね」

 蜂楽はタピオカを咀嚼しながら不思議そうな顔で私に視線を注ぐ。

「男友達と遊んだり、身体休めたり、海外サッカーの録画見るとか、自主練したりとか、同じ休みの日でも私と遊んでる時間でほかにも色々できたわけじゃん?」
「たしかにね」
「……なんか、私でいいのかなって」
「なに急にネガティブ入ってんの?」
「わかんない……」

 蜂楽は「言ってなかったっけ?」と首を傾げながらズゴゴ、と音を立ててミルクティーを飲み干した。

「だって、好きな子とデートできるの嬉しいじゃん」

さも当然と言わんばかりだった。
え、好きな子?デート?なにそれ、いや、初耳だし。
開いた口から言葉が出ない。蜂楽は私の混乱を気にも留めず、大きく伸びをした。「名前、」と名前を呼ばれて、返事の声が思わず裏返る。

「で、次どこいく?」
「……はい?」
「あ、待った。今の顔、面白いからそのまま……」

 スマートフォンのカメラを構えた蜂楽を見ても、私は心ここにあらずで、そこから先の記憶は霧がかかったようにおぼろげだ。気付いた時にはどこで買ったのかも定かじゃない古着のフレアスカートを片手に帰宅していた。

「あ、そういえば、」

 思い出したように蜂楽のインスタを覗くと、最新のストーリーにそれはあった。ハートマークで飾られた私の真っ赤な顔。

「……マジか、」

 私は盛大な溜息をついて部屋の真ん中にへたり込んだ。
 蜂楽が有名になった暁には炎上しちゃうかもな。なんて、そんな心配はまだ早いだろうか。