スクリーン越しの自己投影に触れてよ


 棚の端から端まで視線を走らせて真剣にタイトルを吟味する横顔が好きだ。下段のDVDを取るために屈んだ時の丸まった背中が好きだ。TSUTAYAの隣のスーパーでリプトンのレモンティーをカゴに入れる大きな手が好きだ。手を繋ぎたそうに無言で手を差し出してくる幼さが好きだ。凪誠士郎が、好きだ。
 
「ねー、私、お家デートが一番好き」

 自分の所有物みたいに慣れた手つきで誠士郎の部屋のブルーレイデッキにディスクをセットする。不安定な梅雨空が映画鑑賞向きの丁度いい薄暗がりを作っていた。デッキに円盤が飲み込まれていく様子を見届けていた私を誠士郎が手招きする。

「だって、外のデートじゃ誠士郎とこんなに近付けない。」

 二人並んでベッドに腰掛けるこの時だけは30センチ以上ある身長差がぐっと縮まる。ぴったり、くったり、身体を寄せ合って、互いの身体を支えにしながら体温と物語を共有する。
 映画鑑賞の本数を重ねるごと、私は誠士郎の中に深く潜っていった。彼は意外にもしっかりとした感想や的を射た意見を持っていて、普段の無気力さとのギャップもなんだか面白かった。どこに共感したのか、彼ならどうするのか、価値観、倫理観、知れば知るほど彼のことが好きになる。彼を構築するすべてが好きになる。こんな幸せなことあるだろうか。流行りのお店もインスタ映えも盛れた自撮りもこんな多幸感はもたらしてくれない。

 お互い好きなの1本ずつね。と言って借りた映画。いつも最初に観るのは私の選んだものから。きっと見終わった私は思いついた順にひとしきり感想を喋り倒すに違いない。それを面倒くさがらず、知識を吸収するかのようにうんうんと聞いてくれる誠士郎の真剣な眼差しも私は好きだ。

「俺も好きだな。名前と家で映画見るの」

 自動再生されたディスクは配給会社のクレジットを静かに映し出した。高校生の部屋には不釣り合いな55インチのテレビモニターがほんのりと彼のその端正な顔を照らしている。

「人混み面倒くさいから?」
「それもあるけど……」
「いつでもキスできるから?」
「まぁ、それもそうなんだけど」

 へぇ、とニヤつく私にムッとした表情を浮かべた誠士郎は、私の唇を指先でつまみながら言った。
 
「だって、心を覗ける気がするから」
 
 どきりと心臓が跳ねるタイミングに合わせて映画の本編が始まった。より一層大きく鳴った鼓動が劇中の陽気なダンスナンバーに掻き消される。
 
「もっと覗いていいよ」
 
 ねえ、誠士郎。これを見終わったらまたウンザリするくらい話し掛けてもいい?