つまらないものですが


「苗字、お前のこと壁だと思って話すわ」

 閉館間際の図書室に乗り込んできた千切から壁という大役を与えられた私は早く閉館時間にならないかなと壁時計を睨んだ。たとえ相手が美しい男であろうと壁扱いされることまでは図書委員の仕事に含まれていないからだ。

「俺、召集された。強化合宿」

 やっと終われるかも。と口にしながら、千切は握りしめた三つ折りの用紙に視線を落とした。

「なにそれ、赤髪と赤紙かけてんの?」
「はぁ?……つまんな。壁が喋んなよ」
「え、やば。私、人権無かった?」

 ほらよ、と見せられた紙で私は千切がサッカーの強化合宿に選抜されたことを知る。怪我をして何やかんやあってサッカーに未練もありつつ、という千切とサッカーの曖昧でフクザツな関係をそれとなく噂程度に知ってはいたけど、そうきましたか、強化合宿。集合場所は都内。首都じゃん。大都会じゃん。鹿児島よりシティだ。飛行機で行くんだよね?

「なんでそれ私に話したの?」
「人の心が無いから。無関心そう」
「いや、人の心あるから今の言葉は普通に傷つくよ?」

 でも、千切は余計なことを言われたくないから私に話したんだろうな、と薄々勘付いてはいた。頑張れ!とか、夢が叶うかもね!とか、未練断ち切るチャンスだね!とか。まぁ、私そんなに事情知らないし、そのうえで無責任なこと言えないし適任といえば適任か。でも壁ではないし人の心もあるから暴言は程々にしてほしい。

「もし俺からサッカーが無くなったらどうなるんだろうな」
「え、改名するの?豹とか馬とか走る系やめとく?」
「普通にお前、発想がやばいよね」

 端正な顔立ちでセンチメンタルな雰囲気から一転、なんだその憐むような表情は。やばいって言うな。人のことを壁扱いする奴も大概だぞ。

「……まぁ、サッカーがあっても無くても千切豹馬には変わりないじゃん。どんな結果でも変わらず仲良くやりましょうや」
「え、何?急に人間っぽいこと言うじゃん、」
「前言撤回。変わってこい。そういうところ」

 私の発言をガン無視したまま手紙を鞄に仕舞いこんだ千切は「もういいわ、」なんて漫才のシメみたいな一言で強制的に話題を閉じた。

「やっぱ話すなら壁だな」
「お前に話してよかった!って素直に言いなよ」
「じゃあ帰るわ」
「無視かーい!」

 いや、いつから私とアンタで漫才コンビ組んだんだよ。M−1には出ないからな。
 私のツッコミすらもガン無視で、そのままスタスタと出口へ向かった千切は図書室の扉に手をかけながら思い出したように呟いた。

「東京ばな奈」
「え、」
「苗字、今日、ありがとな」

 それだけ言い残すと扉はピシャリと閉ざされた。
 これはお土産を買ってくる宣言なのか、はたまた壁から東京ばな奈へと身分がランクアップしたということなのか。後者だったら私はもうヤツとは口をきかない。絶対。
 ……帰ってきても仲良くしような、千切。