シンデレラも形無し


「嘘つくの下手なんだよ、お前」

 そう言って豹馬はすぐそばにあった申し訳程度のベンチに私を座らせた。
 ごめんなさい、豹馬、黙ってて。
 ふう、と息を吐くとダムの決壊の如く今まで我慢していた踵の傷がじゅくじゅくと痛んだ。
 さよなら、封を開けてからまだたったの三時間しか履いてないライトブルーのパンプス。
 ストラップ付きなのに全然普通に靴擦れしちゃった。久しぶりのデートだったのに。

しょげる私には目もくれず豹馬は背負っている鞄の中身を引っ掻き回しはじめた。ガサツそのものみたいな鞄の口からはイヤホンのコードが垂れ下がっている。「これ持ってろ、」とぱんぱんに膨らんだ財布を私に持たせてしばらく鞄を漁ると「おっ、これこれ、」と豹馬の弾んだ声。

「それ、なに?」
「テーピング」

 立っていた豹馬が私の前で膝を曲げて腰を落とす。そして少しぎこちなさの滲む指先でほぼ新品に近いパンプスを脱がせると、今度は慣れた手つきで熱っぽく痛む患部にしゅるしゅるとその白いテープを巻き付けた。少しひんやりとした指先。皮膚の硬さに感じる性差。男の手が女の脚に触れている。それなのに、そこにいかがわしさは微塵も感じられなかった。

「……大事にしろよ、足」

 テープを巻くその手際の良さに、彼がこれまで積み重ねてきたであろう苦悩と努力の日々を想った。そんな男の発する言葉は静かに胸の奥へと沈んでいく重厚さをもっていて、私は素直に「うん、」と答えるしかできなかった。

「豹馬、ありがとう」
「そんな気合い入れなくてもお前は普段から十分可愛いっつーの」

 だから今度は慣れた靴で来いよな、とテープの端の処理を終えた豹馬が穏やかに笑う。

「でも、俺のために張りきってくれてありがとな」

 今この瞬間、きっと私はシンデレラよりもシンデレラだ。きっと王子様はこんなに慈しみをもった手つきでガラスの靴を履かせてはくれなかっただろうし、どんな想いでシンデレラがガラスの靴を手にしたか思いを馳せたりはしていなかっただろう。「好き」だとか「愛」だなんて言葉じゃ表現しきれない「なにか」が込み上げてきて不意に泣き出しそうになる。
 ねえ豹馬、あなたの前じゃどんな愛の言葉もチープだよ。
 
「ほら、乗れよ、シンデレラ」

 豹馬は腰を落としたまま私に背中を向ける。どういうことか分からずしばしポカンとしていると豹馬は「背負うって言ってんだよ!」と私を手招きした。

「え、どこ行くの」
「ダイソー。クロックスのパチモン買ってやるよ」
「えー、」
「んだよ、言っとくけど千切家のベランダ履きとお揃いだかんな」

 けらけら笑いながら私は豹馬に背負われる。豹馬が立ち上がると同時に、ぐわん、と大きく視界が揺れた。いつもより数十センチ高い場所から見る世界はなんだか開けていて、遥か遠くまで見通せてしまいそうだ。私たちの明るい未来まで見通せちゃいそうだなんて、頭の中のお花畑が過ぎるかな?

「ねー、豹馬、ジュース飲みたい!」
「シンデレラっていうより赤ちゃんだな。よしよし、あとでな」