アルタイルの近似値


 こんな浮世離れした男も店着日にロックバンドのCDを買ったりするんだな。とまず最初に思った。
 片手に持ったタワレコの黄色い袋があまりにも不釣り合いで面白い。7月のタワレコは夏フェスが待ちきれないと言わんばかりに浮かれていて、それが余計にミスマッチを加速させていた。
 ニヤつく私が癪に障ったのか、凛は眉間に深く皺を寄せて、競歩ばりの早さでスタスタと私を置き去りにする。そのくせエスカレーターの手前でちらりと振り向いて、早く来いと言わんばかりに睨みつけてくるんだからホント自分勝手だ。自分から置き去りにしたくせに。私は早足で彼を追いかけたが、途中で急ブレーキをかける。そうだ、そっちがその気なら私だって勝手にさせてもらおうじゃないか。

「私、これ、やる!」
「ハァ?」

 私はイベントスペースでしな垂れている笹を指差す。笹に掛けられた色とりどりの短冊と、短冊を書くための小さなカウンターテーブル。私はサインペン、そしてピンクと青の短冊をそれぞれ一枚ずつ手に取った。

「何やってんだ。」

 健気にも引き返してきた凛は露骨に不機嫌な様子で私の隣に立った。なあに?興味あるの?

「これは七夕の短冊。知らない?お願い事を書くんだよ?」
「バカにしてんのか。そういうことじゃねェ、」
「凛も書く?」
「お前の下らねぇ遊びに付き合ってやるとでも思ってんのか?」
「ですよねー、」

 そう言いつつも、凛は先に帰ったりしないし、今日だってちゃんと待ち合わせの時間を決めてくれた。幼馴染の私以外にもそういう一面をもっと見せていったほうがいいと思う。いや、でも、やっぱり私の前だけでいいかな。タワレコの袋を持ってる姿を他の人と分かち合うの、なんだか惜しいから。

「凛が書かないなら、私が書いてあげる」
「んなモンに頼らなくても、叶う」
「あー、もう書いちゃったーっ」

 殺してでも叶える、だとか物騒なことを言い始める前に私は既に筆を走らせていた。「勝手なことすんな」とお怒りの様子であるその眉間にはさらに皺が増えている。凛は私の丸っこい文字で書かれた「サッカーで世界一!」の文字を見て、心底嫌そうな顔をした。……うん、間抜けな表現になってしまったことは認めよう。でもそんなに嫌そうにしないでよ、傷付くから。

「お前のは?」
「え?私の?……いいよ、凛のお願い事と比べたら霞むし」

 実は既にこっそり書き上げていたピンク色の短冊を咄嗟に隠すも、当然凜に敵うことはなく、短冊を引ったくられた私は小さく悲鳴を上げる。

「わーっ!待って!多分!笑えない!スベってる!書き直す!」

 私の抗議をまるっきり無視して凛は短冊に綴られた文字を目で追った。私はアチャー、と顔を覆う。指の隙間から凛の様子を覗いたら、いつもと変わらない氷点下の表情がそこにはあった。だけど、ほんの一瞬表情の温度が上がる。フッ、と馬鹿にするみたく鼻で短く笑った凛は吐き捨てた。

「こんなこと、わざわざ願わなくても、実現すんだろ、バカ名前」

 凛がピラッとつまみ上げた短冊には控えめな文字の大きさで「ずっと凛の隣にいたい」と書かれていた。
顔を覆った手はまだ外せそうにない。色んな意味で。