全然モダンじゃない二人


「お好み焼き行くべ」

 急になにそれ。
 放課後になった途端、國神に捕まってやや強制的にお好み焼き屋へ連行された。ホームルーム中、やたらそわそわ私のこと見ているなと思ったらそういうことね。お好み焼きってチョイスが國神っぽくてちょっと笑える。なんかこう、体育会系男子、みたいな。

「あー、やっぱお好み焼きの気分かも」
「だべ?」

 ぶっちゃけ最初は全然お好み焼きの気分じゃなかった。さすがに口には出さないけど、こんな古臭い学生向けのしみったれた店より、スタバで新作飲むほうがよくない?みたいな。けれど、いざソースの焼けた匂いを前にするとこれがまぎれもない正解のように思えてならない。うん、やっぱり今日、お好み焼きの気分だわ。

「っていうかさ、なんで私のこと誘ったの?」
「んー、別に。何となく。……お前なに食うの?俺ミックス玉」
「えー、豚玉キムチと餅チーズで悩む」

 この世の大半の食べ物にはキムチかお餅かチーズを加えれば美味しくなる、みたいな法則があると思う。でも今のお財布事情的には豚玉なんだよな。優柔不断を存分に発揮する私を急かすこともなく國神はメニュー表の裏側に目を通すなどして私の決断を待った。私がよほど険しい顔をしていたのか遠巻きに様子を見ていたおばちゃん店員が「トッピングで好きな具を足してもいいのよ」と悪魔の囁きで私の自制心を揺るがす。

「じゃあ!豚玉キムチにトッピングでお餅とチーズ!」
「えらく豪快だな」
「こんな日くらい、贅沢しないとやってらんない」

 一瞬バツの悪そうな表情を浮かべた國神を見て、うっかり本音を出していたことに気が付いた。と同時に、今日の一連の出来事を國神が把握していることにも気付いてしまった。
 
 私は今日失恋した。たった数ヶ月の片思い。いや、私が良いなと思うくらいだから他の女子が想いを寄せるのも、それをあの人が受け入れるのも、まぁそうだよねって話なんだけど。それにしたって本人からのノロケ話でその事実を知るとかマジで笑える。……いや、全然笑えないから。なにそれ勘弁してよ。なんとか取り繕った笑顔で彼の惚気話を面白おかしく茶化して、ふと逸らした視線の先で國神と目が合った。なにその一瞬で察してくれちゃってるのよ。その観察眼はサッカーだけで活かしとけっての。ありとあらゆるものに悪態をつきたい気分だった。
 
「國神、お好み焼き焼くの下手そう」
「はぁ?上手ぇし」
「あれだ、そう言ってて裏返すところで失敗するやつ」

 混ぜ合わせた生地を鉄板に広げながら憎まれ口を叩き合う。そうやって盛り上げて、笑って、誤魔化して、全部無かったことにしたかった。それなのに、案の定とでも言うべきか、私のお好み焼きは裏返しに失敗して真ん中から真っ二つに裂けてからべちゃりと鉄板に落下した。いや、全然面白くないからそれ。破れるのは恋心だけにしてくれない?

「ごめん、私のほうが全然下手だったわ」
「ほらみろ、」
「いや、見た目はどうでも、メニューとしては超豪華だからね。豚玉キムチ餅チーズだよ?」
「早口言葉かよ」

 國神のツッコミにひとしきり笑ったあと途端に虚しくなる。無言の空白をじゅうじゅうと埋めてくれるから、やっぱり今日は鉄板焼きの店で正解だ。

「なんか……上手くいかないことばっかりで嫌になる」

 ああ、やばいな。溢れるなよ、涙。
 私の願いも虚しく、目尻の先で堪えきれなかった涙の一粒が目尻からこぼれ落ちた。

「煙、目に沁みちゃった」

 ヘタクソな嘘だった。沁みるほど煙出てないじゃん。焼肉屋じゃないんだからさ。私は着ていたカーディガンの袖で涙を拭い取る。

「でも、飯は美味いじゃんかよ」

 ヘタクソなフォローだった。私は國神の不器用な励ましに思わず笑いだしてしまう。「んだよ、」と照れた顔が可愛いと思った。
 そうだよね、たしかにお好み焼きは美味しい。そうだよね、上手くいかないこと“ばっかり”ではない、かもしれない。

「國神、今のは、俺にしとけば?って言うタイミングだよ」
「思ってても言うかよ」
「なにそれ意味深」
「うっせ」

私は冗談っぽく「こういう時までフェアプレー貫いてんなよ。」と小さな声で呟いた。どうせ焼ける音で聞こえやしない。

「本気だからこそ、だっつの」
「えっ、」
「……なんでもねぇよ」
「私の空耳?」
「そうそう、お前の空耳。耳鼻科行っとけ」

 そう言って目線を逸らしながらミックス玉をパクつく國神の耳は赤く染まっていた。

「……名前、まだなんか食う?」
「モダン焼き。……國神の奢りなら」
「調子乗んなアホ」

 調子乗んな、の一言がなんだか急に愛おしくなって、自分の単純さが嫌になる。
 ごめんね、國神。失恋直後にもかかわらず、私、アンタのこと、好きかも。