抹茶黒蜜きな粉パフェ680円


「いさぎー!」

 夕暮れ時の駅前で懐かしい顔を見た。他人の空似かと思って二度見したら向こうも俺に気付いて、手を振られて、ああ、やっぱり本人じゃん、って。あの黒髪のポニーテールも、淡い桃色の唇も、そこにはもう残っていなかったけれど、笑ったとき三日月みたいに細く弓なりになる目と、微笑ましくなってしまうあのえくぼは当時と何も変わっていなくて俺は妙に安心した。知らない人みたいに見える明るい茶髪と塗り潰された赤い唇。それでもこんな雑踏の中、あなたを見つけ出した俺って何気に凄くない?

「今 練習終わり?」
「そうっス」
「じゃあさ、お茶しよ!決まり!」

 相変わらず名前先輩は自分のペースに俺を巻き込むし、「久しぶりじゃん!」とか言って、その小さな手のひらでバシバシと俺の背中を叩く。そういうところ、本当に変わってない。

 名前先輩は一難サッカー部のマネージャーだった。当時俺は一年生、先輩は三年生。名前先輩は良く言えば人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしい人で、最初からずっとこんな調子だった。あの時だってそうだったけど、未だにこの距離感にドギマギしてる俺、超カッコ悪い。
 
「私、抹茶パフェ!」

 先輩とも何度か入ったことのあるファミレスで二人揃って抹茶パフェを注文した。当時は部員何人かとマネージャーである名前先輩とで来たけれど、何気に二人きりでここに入るのは初めてだ。妙にソワソワしてる自分のダサさに俺はまたヘコむ。

「俺も抹茶パフェで」

 俺の注文を聞いて「潔まだそれ好きなの?」と名前先輩は笑ったけど、先輩も昔からそれ頼むじゃん。というツッコみは今回遠慮しておこう。なによりも俺の好きなものを未だに覚えてくれていることが嬉しかったから。

「世一は眩しいね」

 突然のことに「え?」と思わず聞き返した。先輩のじっと射抜くような視線に俺は絡めとられる。高校時代とは違う、そのキラキラした瞼や長い睫毛に“女の先輩”ではなく“年上の女性”を感じてしまって俺は息を呑んだ。

「一難でマネージャーしてた頃が全部夢だったみたい」
「ちゃんと現実ですよ。だから俺とこうやってお茶してるじゃないっスか」

 先輩は「それもそうか!」と笑ったけれど、カラーコンタクトの瞳の底には寂しさが沈んでいるように見えた。それが大人になるということなのかもしれない。と、途端に現実を突きつけられた気になった。虚しさを誤魔化すように俺はパフェに乗っていたわらび餅を口に運ぶ。

「いいなー、高校生」
「ついこの間まで先輩も高校生だったでしょ」
「そうなんだけどさー。やっぱり違うよ。私もまた夢に向かって熱くなりたいし、一生懸命になりたいけど、それは現役高校生の特権って感じ」

 若いってイイナー、と先輩は言うけれど、俺と二つしか違わないじゃん。いや、実際のところその二歳差が大きな壁にもなったりするんだけど。
 
「俺からしたら大学生も羨ましいですけどね」
「そう?」
「サークルとか、バイトとか?楽しそう。校則も無いし」

 そっかー。と呟いたまま名前先輩のスプーンがグラスの底のコーンフレークで行き止まる。

「……でも、ラクで楽しいのに慣れてきちゃってる自分が嫌なんだよね」

 スプーンを握った俺の手も思わず止まった。

「毎日忙しくて、厳しくて、大変で、……でも、世一と一緒に過ごしたあの頃が私の人生のピークだったのかもしれない」

 まるでもうずっとずっと遠くにいる人みたいだった。

「ねえ、そのまま眩しい世一でいてね」

 その微笑みに俺は勝手に寂しくなって、勝手に傷付いた。そんなこと言わないでほしかった。勝手に過去のことにしないでくれよ。今の俺と過ごしたとして先輩の人生のピークは戻ってくるんだろうか。

「……ずっと眩しい俺でいたら、何か変わります?」
「え、」

 何言ってんだろ、俺。

「……俺じゃダメですか?」

 鼓動が早い。心臓の脈打つ感覚が大きくうねる波のように全身へと広がっていく。ふと我に返った時、その発言の恥ずかしさに俺はきっと卒倒するだろう。

「俺はサッカーを通して名前先輩との未来が見たいです」

 例えば、そう、俺が日本代表入りして、名前先輩が見ている前で最高のシュートを、試合の決定打を打てたとしたら。

「先輩がいれば俺、どこまでも行けます。俺のサッカーで、あの頃に戻れますか?」

──俺は知ってる。サッカーは人に夢を見せる。

「……って、生意気っスかね?」

 恥ずかしさを誤魔化すように慌ててつけ加えた一言で先輩は吹き出した。「もぉー、その一言が余計!そこは言い切りなさいよー」と俺の肩を叩くその表情は俺のよく知る、俺の好きな、あの笑顔だった。
 
「世一、期待してるね」
 
 初めて試合に出た日も名前先輩は今と同じ言葉と微笑みを俺に向けた。
 お互いのパフェグラスが空になると先輩は伝票を掴み取り「今日は奢ってあげる!」と機嫌良さそうに財布を取り出す。

「その代わり!今度は百倍で返してね!」
「ひゃ、百倍!?」

 思わず頭の中で計算する。百倍なら約七万円くらいか。そんな俺を見て先輩は不敵に笑った。

「『日本代表エースストライカー』潔世一選手なら余裕でしょ?」
「……先輩、気が早いっス」