SS(ショートショート)


短い話 2本まとめてあります

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雷市|雷鳴の手触り



 嵐がくる。
 窓ガラスが音を立てながら揺れ、雨粒が銃弾のように打ち付ける。テレビからはアナウンサーの深刻そうな声と大きな天気図。上下左右に走る緊急事態を告げるテロップ。遮光カーテンの向こう側から鳴り響く雷の音はタチの悪いドッキリみたいで、キッチンの換気扇は雨漏りしているというおまけ付き。

「雷市陣吾!!」
 冷蔵庫の麦茶を飲みながら、換気扇の下で水がいっぱいになったボウルの中身を捨てている陣吾の背中にタックルする。よく鍛えられた身体はびくともしなくて、ムカついた私はそのままその広い背中に抱きついた。

「陣吾!陣吾!」
「うるせー、やかまし女!」
「雷の字を背負ってるからには何とかして!」
「その少年ジャンプみたいな設定ヤメロや!」

 めちゃくちゃに下らない喚き合いと、陣吾の背中の熱で、不安にうろたえていた心が和らぐ。あー、やっぱりコイツのこと好きだなぁ、なんてニヤつきながらその背中に顔を埋めると陣吾が後ろ手に私の後頭部をワシワシと撫でた。

「……俺が背負えんのはお前くらいだっつーの」
「え?私の人生丸ごと背負ってくれるって?」
「……ッ、違わねェけどウゼェ!」
「そこは日の丸背負いなさいよ、ストライカー!」
「そこは喜べよ!!彼女だろーが!!」

 ごめんね陣吾、顔を真っ赤にして吠える姿を見たらついつい意地悪言いたくなるの。

「じゃあ、日本代表戦のヒーローインタビューの時にプロポーズしたらバッチリじゃんね」
「……ッ、人のサプライズの計画邪魔すんなボケ!」

 そういうところだぞ、雷市陣吾。

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潔|昇らない夜であれ



 LINEのトーク画面に目を通しながら自販機のボタンを押していると見慣れたグレーのパーカー姿が小走りでこちらに向かってきた。大きなアディダスのロゴは目印みたいだ。

「ごめん!待った?」

 ちょうど自販機の取り出し口から出てきたばかりのそれを「ほれ、」と放ると、缶は空中で緩い放物線を描いた後、世一の手にすぽりと収まった。キャッチするなり「熱っ、」と漏れた声が可愛くて私は思わず笑ってしまう。

「……おしるこ缶、ッスか」
「和菓子系、好きでしょ」
「先輩はあったかいのいらないの?」
「私コンポタ派だもん。でもこの自販機に売ってなくて」
「そっか、残念」

 世一は白い息を吐きながら「待ってて寒くなかったっスか?」と不安そうに私の顔色をうかがう。そりゃあね、とは言えなくて「あげる。練習お疲れ様」と濁したら本音を察したのかバツが悪そうに視線を伏せた。

「別にいいんだよ、私が待ちたかっただけだから。」
「でも、……じゃあ、名前先輩、こうしましょ!」

 世一は私の右手を掴むとそこにおしるこ缶を握らせた。かじかんだ手が一気に溶け出す。世一はそこに自分の手を重ねたかと思えば、そのまま世一の着ていたパーカーのポケットへと私を引き込んだ。世一の体温と缶の熱さでポケットの中はコタツのように温い。重なった手から男性特有の骨っぽさと皮膚の厚さを感じる。接点越しに心臓の音が漏れ出しそうで私は気が気じゃないというのに当の本人は緩んだ笑顔で言うのだ。

 「俺、名前先輩と、ずっとこのままいたいな」