剥き出しの進化論


「玲王、どこいっちゃったの?」
「俺はここにいるよ」

 キョトンとした玲王がサッカー雑誌から顔を上げる。そういうことではないのだ。玲王はここにいるけど、どこかにいってしまった。……なに、サッカー雑誌って。三ヶ月前までは経済誌があなたの愛読書だったじゃない。

「そんなこと言ってあなた、本当は玲王じゃないんでしょ?」
「あはは、名前、それ何の遊び?」

 会話はまるで噛み合わない。以前なら少しでも意思疎通が滞れば「はぁ?」なんて不機嫌そうにされたものだけど、今じゃすっかりこんな調子。やっぱり前とはキャラ違うじゃん。それは、何の、誰の影響?

「……玲王、私をひとりにしないでよ」

 知ってる。あなたを変えたもの。あなたが手に入れたもの。
 サッカー、情熱、野心、そして銀髪で背の高いのんびり屋なお友達。

――何でも持っているのに何も持っていない。
 なんだよかった、空虚を抱えた人間って私の他にもいるんじゃないか。と安心してたのにまんまと騙された。仮面みたいな笑顔で本心を塗り潰して、時折剥がれ落ちた笑顔の下に「世界はつまんない」とでも言いたげな悟った表情。あれはどこにいったわけ?私たち、よく似た環境、よく似た人格だったじゃない。
 サッカーと出会ってからみるみると変わっていく玲王が怖い。私の知らない誰かになっていく。

「お前こそ、変わったよね」
「……え?」
「そんな弱々しいこと言うキャラじゃなかったじゃん」

 雑誌を閉じた玲王は私に向かってゆっくりと腕を伸ばし、整えるように髪を撫でた。

「ごめんな。俺のせいで変わっちゃって」

 私は玲王の手を振り払うこともせず、ただされるがままに受け入れた。

「でも俺、正直、ちょっと良いなって思っちゃった」

 玲王は視線を逸らして鼻先をさする。そして再び私に視線を注ぐと似合わない照れ笑いを浮かべた。私の頭を撫でていた玲王の手が、ぴた、と頭のてっぺんで止まる。

「名前が、」

 玲王は少しの間を置いてから、緩やかに頭蓋骨の形をなぞりながら、ぐしゃりと、髪を根本から握りしめた。

「名前が、俺の変化に揺さぶられて、変化して、弱ってる」

 掴まれた髪の根本で頭皮が引っ張られて痛みが走る。本当は頭蓋骨ごと握り潰したかったのかもしれない。
 その恍惚とした玲王の表情は初めて見るものだった。そのくせに「ああ、これが私の求めていた玲王だ、」とすんなり納得できるほど、そこには彼の本質が剥き出しになっていたように思う。

「なぁ、俺はもっと変わるよ。お前を置き去りにして」

 だからもっと弱ってくれよ。……そう聞こえたのは私の願望かもしれない。