NovelHome

食べる事が好きで、この世のあらゆる食べ物を食べてみないと気が済まない私は美食家や悪食、如何物食いなどと呼ばれていた。食材ハンターとして世界を周りながら輸入業をしていた私が、熊に襲われ死んでもなお珍味や食材を求めるのはサガとしか言えないだろう。

ルブニール王国の王侯貴族のラトランド家の三女として生まれた私は、その豊かな地位を謳歌する様に幼い頃から美食の限りを尽くしていた。とはいえ、ここは北の海(ノースブルー)の北極にある国。冬が長く寒いこの国で食べられるものには限りがある。前世の記憶が薄ら残る私にとって、この狭いルブニール王国に留まる気は一切ない。不思議な世界でまだ見ぬ味覚と出会う為、食材ハンターになるべく着々と準備を進めていた。

1歳でペラペラと言葉を話し、2歳で食材図鑑と生き物図鑑を制覇し、3歳で包丁を持ち始め、4歳の頃には食材を買い出しに出掛けては周りに料理を振る舞う子供へと成長していた。6歳を越えた頃には貴族として令嬢教育が始まる。嫌がった私は隙を見ては外に出て自分だけの秘密基地を作った。

「お弁当も作ったし、今夜は粘るぞ〜!何が釣れるかな〜。」

8歳の夏、秘密基地の近くの海に夜釣りをしようと釣竿を持って歩いていると人影が一つ。隣には帽子を被った少年が眠っていた。人影はワインを持って泣いている様だ。

「痛ぇのはお前の方だったよな…かわ"いそうによォ……!ロ"ー……!!ぐすっ……ウウ…。」

泣きながら足を滑らせるその男に、私はハンカチと一緒に声をかけた。

「鼻水も出てるよお兄さん、怪我は大丈夫ですか?」

「…ぅ…ありがとよ…。ズズーッ…ドジはいつもの事だから気にすんな。…それよりガキがこんな夜遅くに一人で何してんだ?親はどうした。」

私のハンカチで思い切り鼻を噛むお兄さんは右目の下に黒いアイシャドウと赤い口紅など特徴的なメイクをしていてまるでピエロみたいだ。よくこけたりするようで一見怖い見た目とは正反対に天然でドジっ子らしい。

「出来損ないの問題児らしくて両親からは見放されてるんです。これから夜釣りなんだけど付き合ってくれません?ツマミはあるよ。」

私が作ってきたお弁当を片手にお兄さんを誘うと、涙を拭って笑顔でこっちに来てくれた。大きくて怖そうな男の人の泣く姿って可愛いよなぁと、ときめいてしまうのは致し方がない。釣り竿を垂らしながら、お弁当を二人で食べながら話をする。お兄さんはコラソンというらしい。ローという珀鉛病の少年を治す為に色んな国の病院を訪ねているとのことだった。

「二年前に滅ぼされたフレバンスの珀鉛病…。コラソンが一緒にいて移ってないってことは伝染病じゃないよね。二年も経ってるのに原因や治療法はまだ分かってないんですか?」

「それを期待して色々大きい病院を回ってるんだが、治療どころか未だに差別されてローを傷つけちまってる…。早く見つけてやりてェ、治してやりてェ…ローに笑って生きてほしいだけなんだッ…!」

食いしばるコラソンの膝に、私は思わず手を置いた。何も出来ることはないけれど、初めて会ったこの二人を応援したいと心から思ったから。

「…はぁ…それにしても、お前の作る飯はうめえなァ!何だか涙が出てくる。」

「本当?なら明日の朝、また持ってくるよ。別の島へと出発するでしょう?」

泣きそうになりながらムシャムシャと美味しそうに食べるコラソンに声をかけると、彼は嬉しそうに目を細めた。

「そりゃ助かる!こんなにうまい飯は久しぶりだからローもきっと喜ぶ。」

それから私達は目ぼしい魚が釣れるまでの数時間、お互いの事を語り明かした。コラソンがこれまで行った国、食べ物の話、ローとの出会いの話、コラソンが出会った人々の話など、あっという間だった。楽しくて楽しくてこの時間がいつまで続いて欲しいと願ったが、時間は無情にも過ぎて行く。4匹ほど魚を釣り上げると明日に向けて早めに切り上げ私達は手を振って別れる。夜の深い藍の空が曙色に染まり始めていた。

次の日、寝坊してしまった私は急いで夜に釣り上げた魚を捌いてお弁当を作り始めた。コラソンの好きなレタスの塩昆布和えやキャベツの卵炒めやコールスロー、あとは梅干しのおにぎりを握る。コラソンから聞いたローの好きな焼き魚や鮭や昆布のおにぎりも忘れない。船旅は食糧が多い方がいいので、お弁当以外にも日持ちしそうな保存食や水も別のバッグに詰め込んでいく。準備ができた頃には太陽は真上に上がっていて、荷物もパンパンで一人で持つには重くてフラフラだった。それでも私はコラソンの喜ぶ顔が見たくて、昨日の海辺へと走り出す。また笑ってくれるかなと私の心は躍っていた。

「ロ〜〜〜!!!」

コラソンの叫び声が遠くから聞こえた。一体なにが?私は荷物を引きずりながらも急いで彼の元に駆け寄る。

「やべェ熱がある……!どうしたらいいんだ!医者はどいつもこいつも使えねェしどうすりゃいい!?教えてくれロー!!」

倒れるローと焦って涙が滲むコラソン。私は戸惑いながらも荷物に入れた保冷剤代わりに凍らせていたお茶や氷をローの脇と首に突っ込んだ。

「コラソン!この氷を使ってください!とにかく熱を下げなきゃ!」

ただこれは応急処置でしかなく、珀鉛病を治さない事にはどうにもならない。

「何とか頼むよ…!!あと3週間…!生きててくれよ…!チャンスをくれ!!」

「…3週間…?」

泣くコラソンに私が恐る恐る尋ねると、3週間後にオペオペの実という悪魔の実の取引があり、それをゲットできればローの病気が治るとの事だった。

「そのルーベック島やスワロー島にはどのくらい日数がかかるんですか?」

「一週間半ぐらいでたどり着く。早めに海に出ておきたかったが、ローが心配だッ……。」

「じゃあ私の基地に一週間いてください。海上で待機しているよりも安全だから!医者じゃ無いから出来ることは少ないけど、でも二人で看病できるッ…!」

私がコラソンにそう訴えかけると彼は頷いてローを抱えた。そして私の秘密基地へとローを運んでベッドに寝かせる。昨晩、いろんな話をしてやっと笑顔になったと思ったコラソンの顔は、再び曇っていた。私はそんなコラソンの横顔を見ながら、薬草や食材を集めて料理を作り始める。

「それは…?」

「身体の自然治癒力を上げる薬膳料理です。あと三週間までちょっとでも珀鉛病と戦える様に…!」

「……リアナ!ありがてェ!!」

それから一週間、お互い昼と夜で交代しながらローの看病を努めた。毎日、精がつくご飯や薬膳料理を作っては二人に食べさせる。秘密基地にいる以外は屋敷に戻って、お金をくすねた。そのお金で街で薬や薬草、食材を買い漁ってまた秘密基地に戻るのだ。

私とコラソンはそうやってローを励ましながら、取引の日にちが近づくのを待った。コラソンとローと過ごす中で彼らに対する並々ならぬ情が深まっていく。そして、ついにルブニール王国から出航する日が来た。

「ローを助ける人手が必要だよ!私もコラソンと行きます!!」

「ダメだ!リアナはルブニール王国の貴族だろう!危険な目には遭わせれねェ!」

「元々この国から出て色んな食材を探しに冒険するつもりだったんです!!私は旅をするならコラソンとローと一緒がいい!!」

凪いだ海に船を出す準備をするコラソンに私は必死で訴えかける。ローの熱が少し下がったとはいえ、まだ変わらず熱はあるし動かないほうが良い。私は二人の事が心配でそばに居たかった。

「おれたちはファミリーに追われてる。どっちにしろオペオペの実をローが食べても身を隠されないといけねェ!リアナはまだガキだ!」

「…!!いやだ…ッ…離れたくないッ…!!」

私は泣きながらコラソンの足にしがみついた。子供だってのは分かってる。足を引っ張るのも分かってる。でもここで別れたらもう会えなくなりそうで怖かった。

「……そんな顔するなよ、断れねェだろ!?…分かったよ、ローを治したらまた絶対に帰ってくる。だからそれまでに家族との別れを済ませといてくれ。」

「本当に…?また会える?…一緒に旅が出来ますか…?」

「ああ、三人で旅に出よう。おれはもうリアナに胃袋掴まれてるからな。約束だぞ!」

私はコラソンとローと指切りをした。ローは毛布に覆われながら朦朧としてたけど、笑ってくれた。約束の証をねだると、コラソンは一箱のタバコを私に渡す。

「また、帰ってきたら返してくれ。じゃあ三週間後な!!リアナ!!」

「いってらっしゃい……!!ローの病気治して帰ってきてね!!コラソンとローのこと、待ってるからね!!」

私は三週間分の食糧を乗せた二人の船が消えるまで、ずっとずっと手を振っていた。またすぐ会えるというのに、何故か涙が止まらなかった。

次の日から毎日、海岸線を見渡す様になった。コラソンとローが海に出てから3日後、嵐が海を覆う。二人の小舟は大丈夫だろうか。心配で心配で仕方なかったが、私は海を眺めながら二人の無事を祈ることしか出来なかった。

あれから三週間が経った。家族には旅に出る話をしたが、冗談だろうと取り合ってくれなかった。まともに教育も受けない出来損ないの令嬢だが、貴族の特権を捨てるとは思って無い様だ。どれだけ国で威張れようとそんな特権よりも食材と出会う事の方が大事な私にはこれ以上この国にいる必要はない。生まれてから今日までの8年間でルブニール王国で食べれるものは全て食べたからだ。

私は今か、今かと二人の帰りを待った。1ヶ月が経った。2ヶ月が経った。だけど二人の姿はどこにもない。いつ帰ってきても良いように二人分のご飯を作り続けた。二人の好きなおにぎりとお味噌汁。でもそれを食べてくれる人はなく、夜に泣きながら自分で食べるしかなかった。

「ねえ、コラソン…オペオペの実はちゃんと盗めた?ローの病気は治った?…どこにいるの?…会いたいよ……。」

あっと言う間に1年がたった。コラソンから教えてもらった電伝虫にかけても繋がらない。音沙汰が一切ない事に焦りを感じていたが、待つことしかできなかった。

そして2年がたった。私は毎日、新聞を読み、海岸に足を運んだ。それでもコラソンとローの事は何もわからなかったし、帰ってくる事もなかった。涙はとうに枯れ果てていた。

私は屋敷にいる時間が増え、貴族の教育を受ける様になった。文法学、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽以外にもダンスや礼儀作法など驚くべき早さで吸収していく。料理や食べる事ばかりに夢中で、すぐに家を抜け出していた出来損ないの令嬢は、ルブニール王国の同い年の王子の姫候補にまでなっていた。姫になる気はさらさら無く、評判が上がるほど自由に使えるお金が増えるのでそのお金で船や旅の準備をしていただけである。

コラソンとローが帰ってこないのだから、自分から探すしかない。一人の船旅で死なない為に、航海術に関わる天文学と算術はより必至で学んだ。そうやって海に出る為にコツコツと過ごしている。

もうすぐコラソン達と出会って3年が経とうとしていた。ある日、いつもの様に新聞を片手に歩いていると木の下に、グルグル模様が入ったスターフルーツが一つ。

「これ…!悪魔の実だ…!!」

図鑑で見た事があるその姿に私は嬉しくなって、すぐに回収した。どんな味がするのか気になって仕方がない。能力によって味が違うのだろうか。本当は色んな悪魔の実を食べ比べしてみたいのだが、二つ以上食べると死ぬらしいので、それは出来ない。誰かに見つかった途端、親や国に回収されると察した私はとりあえず一口頬張った。

「……うーん…腐った…チーズの味か…強い苦味と気持ちの悪い酸味が絶妙に混ざってて不快さが高まってる……これは確かに不味い…っ!」

シャリシャリとゆっくり味わいながら飲み込んだ。まだ一口しか食べてないので模様も分かる。持って帰って図鑑でどんな悪魔の実か確認してみよう。そして誰にもバレなかったら、残りの実で美味しく食べれないか料理してみようと心に決めた。

屋敷の自分の部屋に帰ってさっそく図鑑を開くと、私が食べたのは『イヌイヌの実 幻獣種 モデル三狐神』というものだった。一つの米粒を溢れ出る米粒へと増やせるらしい。また、植物の成長を早くして実らせる事ができる様だ。

「豊穣の神みたい……最高では…!?」

食糧難とは無縁になりそうな能力に私は感激した。珍しい野菜や穀物も増やし放題である。食材ハンターを目指す私にとっては夢のような能力だった。しかし、この能力と食べた事ない味を味わえたことと引き換えにカナヅチになってしまったのは悲しいが。

次の日、秘密基地へと赴いた私は残りの悪魔の実を料理してみた。煮て、焼いて、漬けて、色んなスパイスや味付けで試してみたけれど、強烈な苦味と酸味と臭みに勝てず、うまいと言える一品を作る事は出来なかった。食材ハンターとして食材を生かしきれなかった事に深く落ち込む。

悪魔の実の不味さを堪能した所で、ようやく悪魔の実の能力を確認を始めた。米粒を増やす事も、種籾から稲にする事も出来る。力を使う時は白狐の姿になる様で、狐のように俊敏に動く事も出来た。私は手を叩いて喜ぶと、強く拳を握りしめて太陽に向かって掲げる。

「よし!!海に出よう!!コラソン…ロー…絶対見つけるから待ってて下さいッ!!」

決意した私は、いつの間にか婚約者になっていた王子も、虐めてきた兄妹も、価値観の違う両親も置いて、一人船に乗って海原へと漕ぎ出した。

ーーーー

私はまずコラソンの目的地だったルーベック島とスワロー島に足を運んだ。3年前にコラソンとローが来なかったか島中を調べたが、手掛かりはどこにもなかった。美味しい魚と珍しい果物はあったので収穫が何も無いわけではない。アザラシやコヨを食べたり、食材ハンターとして普通に一人旅を楽しんでいた。

そこから一番近い島のミニオン島にも足を伸ばすと2年前にドフラミンゴが来たという話を聞くことができた。コラソンはドフラミンゴが率いるドンキホーテ海賊団のメンバーだったと言っていた。そしてドフラミンゴを出し抜く為に取引に行くのだとも。ただ、コラソンの情報をこれ以上に得ることはできず、私はまた別の島へと旅立った。

「ローならそりゃ知ってるよ。数日前に町のみんなで見送ったばかりさ。プレジャータウンの町外れにロー達と住んでたヴォルフの爺さんがいるから詳しい話は聞いてみな。」

ミニオン島の南にあるスワロー島でやっと現在のローの話を耳にした時には、海を出て半年以上が経ってしまっていた。私は急いでそのヴォルフの家へと走った。オールバックの白髪、赤いサンバイザー、アロハシャツに短パンのヴォルフは汗だくの私を見て豪快に笑う。

「ワッハッハ!惜しかったな!ローならルブニール王国へ向かったわい。アイツらには潜水艦を送ったから追いつくのは難しいじゃろうな。」

なんと入れ違いだった様だ。ただ、ルブニール王国へ帰りつくころにはローはもう次の島に行ってもおかしくない。追いかけてもイタチごっこになる事を察した私は、諦めてヴォルフの家に数日滞在させて貰った。ローのこの町での活躍などを聞いてから、また別の島へと出立したのだった。

「うまい飯をありがとな!気をつけて行くんじゃぞ!お前さんも良き旅になる事を祈っておる!」

ヴォルフと手を振った私がローに出会えるのは、それから2ヶ月後の事だった。

ーーーー

ノーティスという食材も豊富な裕福な町のある酒場。凍ったムール貝を食べながら、珍しい食べ物がないか店主と話していると若い男四人組が入ってきた。見知った帽子を被った青年に気がついた私は、彼に駆け寄って思わず抱きつく。

「……っ!!ローッ!!!…ッ良かった!!本当に生きてたんですねッ!!大きくなってる…っ!」

「ちょっ…ッ!急に抱きつくな!一体誰だ!?」

ローの顔をスリスリする私を彼が引き剥がす。もしかして覚えてないのだろうか。私は動揺しながらもローに訴えかけた。

「リアナだよ!ルブニール王国の!3年前に会ったんだけど覚えてないですか…?」

「…!!リアナか!お前に会いにルブニール王国に行ったのに何で家出なんかしてるんだよ…。」

ローが頭を抱えながら、私の背中をポンポンと撫でた。とりあえず場所を変えようと背中を押されて会計する。ローの後ろにいた仲間のシロクマに気付いた私は驚いて思わず飛び上がった。

「えー!?喋るシロクマ!?可愛い…っ!」

そしてお腹に抱きついた。フワフワ柔らかくて気持ちいい。人なのか動物なのか分からないが、こんな生き物は初めてで癖になりそうだ。

「おれはベポ!リアナは昔、船長を助けてくれたんだよね!」

「何も出来なかったですけどね!それより…ベポは美味しそうだね…!!」

この子も食べれるのだろうか。ホッキョクグマを昔、食べた事があるがそれはそれは脂身も赤身も美味だったのを覚えている。思い出して涎が溢れ出てきた。

「おいやめろ!ベポは俺の仲間だ!食べようとすんな!」

ベポを狙う私をベリっと剥ぐと、私の首元を掴んでずりずりと引き摺っていく。

「なー!どこに行くんすか?リアナにおれらのことも紹介してくれよ!」

「コイツと二人で話したい事がある。ペンギンとシャチはベポと一緒にどこかで時間を潰しといてくれ。」

そう言ってローは三人に手を振った。私は呑気に引き摺られながらローに尋ねる。

「そうだロー、コラソンは元気?コラソンとローに会いたくて海に出てきたんですよ!」

コラソンと一緒に旅をする約束をしてから3年、待って待って待ち続けた私にとって、彼の事を早く聞きたくてしょうがなかった。

「一緒に旅に出る約束と、預かったタバコを返す約束をしてるからコラソンにも早く会いたいなー!」

私はローに会えた事が嬉しくて鼻歌を歌いながらルンルンでいると、ローは私をどさっと箱の上に座らせた。そして、真剣な顔をして口を開く。

「…コラさんは…3年前、ミニオン島で死んだ。」

「……え?」

耳を疑った。薄々嫌な予感はしていたが、信じたくはない。

「コラソンは悪魔の実の能力者で…ドンキホーテ海賊団にいたぐらい強いのに……何で…?うそ…ですよね…?」

「そのドンキホーテ海賊団に…ドフラミンゴに…殺されたんだッ……!!」

顔を曇らせ、悲痛な色を浮かべるローが真実だと告げていた。喉が詰まり、涙腺が崩壊し、ボロボロと大粒の涙か流れ出る。

「うう…っ…コラソンが…そんな…ッ…。」

「コラさんが、リアナにごめんなって…『一緒に世界を回ってうまいものを探しに行く約束…守れなくてごめん。最後にリアナのメシ食べれておれは幸せだったぜ!』って……ッ…!!」

「…ぐすっ…うわああああん…うわああ"あああ…ッ!」

私は大声で泣き叫び、鼻を垂らし、目を腫らし、喉が枯れ、涙が枯れるまで泣き続ける。ローはただ、いつまでもいつまでも私の背中をただ撫でてくれていた。

「…グス…ッ…。」

私はポケットからコラソンから貰ったタバコを取り出すと、マッチで火をつけた。湿気てボロボロになっていたが、煙がモクモクと上がっていく。私は咳き込みながらもタバコを吸った。ローも同じように一本とったタバコを吸って、ゴホゴホと咳き込む。二人でコラソンを想いながら、煙が空へと昇っていくのを二人で眺めていた。それから、ポツポツと3年前に起こった事をローから聞く。コラソンがオペオペの実を盗みローに食べさせた事や、ドンキホーテファミリーの話、そしてコラソンの最期など、ローは私に話してくれた。

「そっか…最期は笑ってたんですね。コラソンはローの事を心から愛してたから、コラソンらしいや。」

「ああ…。おれは大好きなあの人がやろうとしてたことをする為に海賊になった。…強くなって絶対にドフラミンゴを討つ。」

ローが拳を握った。とてもきつく、強く、血が滲みそうだ。私は「そっか。」とだけ呟いた。そしてそっとローの拳に手を重ねる。3年前、泣くコラソンに手を置いた日と重なった様な気がした。ローは目を細めると私に顔を向ける。

「リアナはコラさんとおれを探しに海を出たんだろ?誰の船に乗せて貰ったんだ?」

「え?一人だよ。小舟を買って、食糧を乗せて一人で海をまわってます。」

「はぁ!?ひとり!?10歳過ぎたばっかりの女ひとり!?」

私は頬を膨らませて「もう11歳です」と抗議するが、「おんなじだろ!ガキには変わらねェ!」と怒られた。危なすぎるとローはプンプンしているが、コラソンからローは海賊になる為に10歳でドンキホーテ海賊団に殴り込んできたと聞いていたので、彼には言われたくない。

「だって!コラソンが3週間で帰ってくるって言ったのに、3年待っても来なかったもん!だから一人でも海に出るしかなかったんです!世界中の食材を食べ尽くすのが私の夢だから!コラソンと色んなもの食べて、美味しい料理を振る舞うって約束してたから!」

やっと落ち着いた私がまた涙を溜めて声を荒げると、ローが焦り始める。

「わー!キャプテンがガキ泣かせてる!」

「女を泣かせちゃダメじゃないっすか!」

「リアナは友達じゃなかったの!?キャプテン!」

シャチとペンギンとベポが待ちくたびれたのか、口元にソースをたっぷりつけて帰ってきた。私はシャチの背中に抱きついて助けを求める。

「ローが虐めるんです!ひとりで海を旅するのは危ないって!」

「…いや、そりゃそうだろ!か弱い女の子だろうが!もしかして北の海(ノースブルー)だけじゃなくて、他の所にも行くつもりじゃないよな?」

助けを求めたシャチにまでツッコまれた。私はえー…と肩をすくめながらも素直に答える。

「偉大なる航路(グランドライン)に行く予定ですよ。だってあそこには16段階の季節があるんです!つまり魚も動物も、植物も種類が豊富!!きっと食べた事ないものばかりですよ!」

「アホーー!!偉大なる航路(グランドライン)はそう簡単に行けないからね!まず小舟じゃすぐに時化(しけ)にやられて大破、方位磁針が使えないから普通の航海術じゃ海を渡れないんだよ!?」

ベポにポコポコ叩かれる。そんな危険な場所だとは知らずに私は目を丸くした。これまで学んできた航海術も意味がないらしい。でも危ないからと、夢を諦められないのが食材ハンターのサガである。

「えー!?でも…行きたいものは行きたいんですもん!食べた事がないものが世の中にあるなんて私には耐えられない…!!」

私が地面にゴロゴロしながらだだをこねると、ペンギンに脇を抱えて座らされた。

「なあローさん、リアナだっけ?コイツは連れて行かないんすか?おれ達の目的もいずれはグランドラインに入ることじゃねェすか。」

「……元々、一緒に旅する約束だったよな。ハートの海賊団に入るか、リアナ。」

ローは少ししゃがんで私に目線を合わせる。

「確かにコラソンとローと一緒に旅する約束をしました。でも海賊団はちょっと…戦うのとか怖いし…。」

私は食材ハンターのために旅人になるのはいいが、海賊にはなりたくない。だって物騒だから。せっかくの誘いに私が微妙な顔をすると、ローはそうかと私の頭をポンと撫でて、ニカっと笑った。

「じゃあグランドラインは諦めろ。」

「え!嫌です!!もう家も国も捨てて帰る場所ないのにッ!!」

ローの後ろの三人も諦めなさいと目で訴えかけてくる。海賊になるのは嫌だけど、北の海(ノースブルー)から一生出れないのも嫌だ。悩んだ挙げ句、私はポンと手を叩いて提案した。

「…じゃあ同乗者で!!私を海賊じゃなくくりで乗せてください!食材ハンターとして一般人枠で着いて行きます。」

「…はぁ…以前コラさんが約束しちまってるしな。ひとり増えるが良いか?お前ら。」

呆れるようにローが右の眉をクイっと上げた。ベポはピチッと敬礼をする。
 
「アイアイキャプテン!」

「キャプテンが良いなら歓迎しますよ。戦闘の時は逃げて貰うしかないっすけど。」

「おれはもちろん!賑やかになるのは嬉しいからな!よろしくな、リアナ!」

ベポに続いてシャチとペンギンも賛同してくれた。そうして私はハート海賊団の同乗者となったのであった。

ーーーー

「あ!!あれはドイル王国でしか手に入らないという伝説のゴールデンイルカの肉…!!ロー…買って下さい!!!」

「あんな高級食材買える金がある訳ないだろ。諦めろ!」

「嫌だー!!だってここで買って食べなかったら、もう二度と会えないんですよ!?何でもするから買って下さい…!!」

どれだけローに頭を下げて頼んでも金がないと断られてしまった私は、どうしても我慢できずに肉を盗んでしまった。もちろん店の人や自警団が追いかけてくる。

「…っお前!!勝手に盗むとか何やってんだ!!!!」

「だって……食べてみたかったんだもん……っ!!!持ってるだけのお金とブレスレットは置いてきたのに追いかけられてるんです!!ロー!早く助けてっ!!!」

いやああとゴールデンイルカの肉を片手にローの元へと逃げ叫ぶ私。ローは困ったように眉を顰めながらも、私を脇で掴んで逃げおおせてくれた。その後、ゲンコツを落とされ、こってり絞られてしまったが。

「でも、ほっぺたが落ちそうなくらい美味しくないですか?」

「こんなに美味しい肉は初めてだよ〜!!」

ベポもペンギンもシャチも大喜びして、私が調理したゴールデンイルカの刺身とステーキと竜田揚げを頬張っている。ローは大きなため息を吐いていたが、イルカを食べながら眉を下げていた。どうやら刺身が気に入ったらしい。

「海賊まがいなことやってるし、リアナがハートの海賊団に入るのも時間の問題だな!」

「ええー!まだこそ泥ぐらいですよー!」

ペンギンが肩を組んできたので、私は否定をしておいた。「海賊よりこそ泥の方がいいのかよ」とローが変な顔していたのは気にしない。

それから同じような事が何度もあったが、呆れながらも許してくれるローやみんなは本当に優しい。海賊団の一員ではなかったが、ポーラータング号の料理人として北の海(ノースブルー)の国々を駆け回っていた。

ゲール島で買い出しをしていた時、事件が起こる。元々この島は長く続く戦争で治安が悪化していて、盗賊や人売りが横行していた。それにいろんな海賊が出入りするので衝突も多い。案の定、ロー達も言いがかりをつけられ、モラー海賊団という所と戦闘が始まった。

私はいつものように邪魔にならないように避難し、4人の様子を伺う。大人顔負けで、海賊達をどんどん倒して行くのが気持ちいい。私が路地の隙間からこっそり応援していると、ローにボコボコにされて逃げてきたモラー海賊団に見つかった。

「ちょっと!やめてください!!」

腕を引っ張られ、ロー達の前に引き摺り出される。必死で抵抗するも、頭に銃を突きつけられてしまった。ローが青い顔をしている。

「おい動くな!コイツはお前らの仲間だろ!このガキが殺されたくなければ武器を捨てて大人しくするんだな!怪しい動きを少しでも見せたら速攻で撃つ!!」

「…ッ!!捕まってごめんなさい…ッ!!私の事は気にしなくていいから!!!」

脅しに屈しないように私が首を振るも、ロー達は次々に武器を捨てて両手を上げた。ローやベポやペンギン、シャチなら勝てる海賊相手からボコボコと殴られている。

「何で素直にやられてるの!?私はハートの海賊団じゃないんですよ!?足手纏いになったのは私の失態です!見捨ててください!!」

震えながらそう叫ぶが、ローが血を流しながら鋭くコチラを睨んだ。ゾクっと鳥肌が全身を伝う。

「お前はハートの一味じゃないが、大事な友達だ!!仲間だろうがっ!!!」

「そうだよ!これだけ一緒にいて今更リアナを見捨てる訳ないよ!!」

ローとベポに続いて、そうだそうだとペンギンとシャチが声を揃える。私は思わず泣きそうになった。

「ハハッ…ガキどもの友情は美しいな?そんな薄っぺらなものがどれだけ持つか、男どもを痛めつけてやれ!!!」

「ギャハハッ!!!口だけはデカかったくせにひとりのガキにみっともねぇなお前ら!!」

私の目の前で大人しく叩きのめされ、血だらけになるロー、ベポ、ペンギン、シャチ。

「もうやめて…やめてッ!!!」

これ以上私のせいで酷い目に遭う姿を見ていられない。戦うのが怖くて、怖くて仕方なかったけれど、今も手が震えて涙が溢れるけれど、みんなが痛いのはもっと嫌だ。私は歯をかちかちと鳴らしながらも、勇気を振り絞って狐へと姿を変える。この姿には結局、米や麦を増やしたりする時にしかなっていなかったから自分が何を出来るのか分からない。それでも戦うしかないと覚悟を決めた私は、白狐になって私を押さえつけていた男の首に必死で噛み付いた。

「痛てえぇえええ!!!!」

モラー海賊の男が悲鳴を上げる。私は急いで男の銃を咥えて、ローの元へと跳ね飛んだ。

「…は!?」

「ロー!!どうしよう!この後どうしたら良いですか!?」

ローは急いで地面に落とした刀を拾い、私に叫ぶ。

「知らねェ!とりあえずもう捕まらないように逃げとけ!!銃はペンギンに渡せ!!」

「…っ!分かった!!!」

私は目を丸くしていたペンギンに銃を渡すと、シャチに馬乗りになっていた男に飛びかかって尖った牙を剥く。しかし、浅かったのか首根っこを掴まれて投げられてしまった。

「逃げろって言っただろうがバカ!!!」

戦うのに慣れてない私はせっかく白狐になったのにあっさりやられてしまい、ローから怒号が飛んでくる。

「こいつゾオン系の悪魔の実の能力者だ!!捕まえろ!!」

ただ、気を逸らしたおかげでシャチが武器を持って立ち上がり、手斧で私を飛ばした男をぶん殴った。追われる私は必死でジャンプし、屋根の上に登る。軽く三メートルぐらいは飛べる身体のようで、追いかける敵をひたすらピョンピョン避けた。

「いやーー!!こっち来ないでー!!!」

「銃を使え!!手斧を投げろ!!投擲で落として捕獲するぞ!!」

「させるかよ!!カウンターショック!!」

私を捕らえようとするモラー海賊を、ローが次々に倒していく。私がピョンピョンしながら息を切らしついに飛べなくなった頃には、全員ノサれたモラー海賊団と、その上に立つ4人の姿だけがそこにあった。

「わあーん!!!足引っ張ってごめんねぇぇぇ!みんなありがとおおーー…っ!!!」

「びっくりしたよ!!イヌイヌの実の能力者だったの!?」

私が泣いて鼻水を垂らしながらローに抱きつこうとすると、止められてしまったのでベポに抱きついた。ベポがティッシュを出してチーンと鼻をかませてくれる。

「うん、ロー達と遭う少し前に『イヌイヌの実 幻獣種モデル三狐神』を食べちゃいました。強烈な苦味と臭みと酸味が複雑に絡み合っててね…。まるで腐ったチーズを濃縮させたような…。あ、ローが食べたオペオペの実はどんな味でした?」

「しかも幻獣種かよ!なんで能力よりも味について解説してるんだテメェは!…とにかく不味かったぐらいしか覚えてねェよ。」

ローからひたすらツッコミがはいる。他の悪魔の実の味も知りたかったが、ローは食レポが下手なようだ。

「悪魔の実の能力者なら溺れたら困るから先に言え。というか幻獣種ならなんか能力あるだろ!能力を使え!!」

ローにゲンコツで頭をぐりぐりされる。痛くないのは手加減してくれてるからだろう。

「いやだって、お米を増やして美味しい稲を育てるだけの能力ですもん!」

能力についても聞かれたので、私はポケットから小さい米櫃を出して、一粒の米の籾から大量の米を作り出して見せた。あまりにも沢山増やし過ぎて、倒れていたモラー海賊団が埋まってしまう。

「…だからいつも外で買うのは肉や魚ばっかりだったのか……。」

「そういうこと!あくまで増やせるのは種子だけなのが悔しいですが、絶対に飢えはしませんよ。」

ペンギンとシャチが「すげェ便利じゃん!弱いけど!!」と声を揃えて言う。「リアナのおにぎりめちゃくちゃウマイのは悪魔の実の能力だったんだね!」とベポはなんだか嬉しそうだ。珍しい悪魔の実らしいので、秘密にしていたがこの反応だったらもっと早く言っていても良かったかな、とも思った。

「おかげで金策も出来たな。大きい袋の用意と運ぶのはおれらがするから、今後は米と麦を各地で売りまくるぞ。戦争で貧しい国が多いノースブルーじゃ食糧は喉から手が出るほど欲しいだろ。」

「……!!確かに!!これまでひとりで売るのは大変だから諦めてたけど、皆が協力してくれるならたくさん稼げますねっ!高級食材も買い放題…ふへへ…っ。」

「やめろ、金の管理はおれがするからな。際限なく食に金を注ぎ込まれるのがみえみえだ。お前に預けたらどれだけ金があっても足りねェ。」

私は悔し泣きをした。何の為の悪魔の実だ。こっそりお金を拝借して好きなものを買おうと心に決める。私の中身は食べ物の為なら手を汚す事も厭わないこそ泥になっていた。バレるたびにこってり怒られるのだが、ついにローは諦めて大目にお小遣いをくれるようになったので私の勝利である。

ーーーー

白狐になれるのがバレてからというもの、ペンギンは私に戦い方を教えたがった。ゾオン系とは普通はパワーもスピードもあり戦闘に強いらしい。鍛えたら戦力になると何度も呼び出される。

「私、海賊になるつもりはないですよ!」

「でも身を守れるようにはなった方がいいだろ!?珍しい食べ物を持った奴が、譲ってくれない時は戦うか?諦めるか?」

「……戦うっ!!!」

まんまと食べ物に釣られて修行する事になった。修行の度にペンギンが料理を作ってくれるのでそれに釣られたのも正直ある。毎日、4人分の食事を好みに合わせて作るのはちょっと疲れるのだ。それにペンギンの料理はレストランで働いてただけあって美味しい。誰かが作ってくれる料理というのは格別だ。私はそうやって、少しずつ強くなっていってしまった。

「こないだのクエン村で戦ったカットマウスカンパニーの奴ら、リアナのこと見てビビってたな。お前があんなに怒って暴れるなんておれらも思ってなかったぜ。」

「だって、食べ物がなくて口減らしまでしてるクエン村に米や麦を渡したら、口減らしの子供を売れなくなるって怒ってきたカンパニーですよ!?しかも貧しい方が戦力が増えなくて隣国の都合が良いって、わざわざ村まで出張ってきて不幸にしようとする奴らなんて許せませんもん!!」

俺が育てたとばかりに私の肩を叩くペンギン。私はクエン村の事を思い出すだけで腹が立ってくる。。『天狐牙噛』という噛みつき技と、『尾裂撲』という尻尾で殴打する技を身につけて、暴れ回ることができたのは、ペンギンのお陰なのでお礼は言っておいた。クエン村に大量の米と麦以外に、寒さに強い小麦を植えて育ててきたから今後それが根付くといいが。

「それにしてもリアナはいつになったらハートの海賊団に入るんだ?もうお前は世間からみたら一般人じゃなくて海賊だぞ?」

シャチが私に尋ねてきた。ローは何も言わずにこっちを見ている。彼も入って欲しいと思ってるのだろうか。

「えー…だって…海賊団に入ったらローのこと、キャプテンって呼ばなきゃいけないでしょ?命令聞かないといけなくなるじゃん!!」

「おれはドライなんだ。お前が何て呼ぼうが気にしねェよ。それに命令なんてしねェし、いざ聞かなくともそれはそれで良い。」

ローはそう言うが、ベポ、ペンギン、シャチの手前、そんな事はできない。私は頭を抱えた後、言葉を捻り出した。

「うーん…これからもっと仲間が増えるかもしれないでしょ?その時に示しがつかないし、海賊団である以上、キャプテンが第一なのは絶対だと思うんですよ。だから私は入りたくないんです。ローとは友達がいいから。」

対等がいいと手を出すと、ローは帽子を押さえて笑い出した。5つも下の小娘が生意気だったかもしれないが、本心だもの。

「野太い奴だな。目の前で虫食べようとするし、食べ物に関しておれの言うこと聞きたくねェだけだろ。」

「そうとも言う。」

私がエヘッと戯けて見せるとローは眉を寄せながらも口角を上げ、私の手を強く握った。

「…という事らしいが、お前たちも文句はないな?」

「リアナと一緒に同じ海賊旗背負いたいけどなぁ!我が儘娘だからしょうがねぇ!」

ペンギンが私の髪の毛をぐしゃぐしゃと崩していく。シャチとベポも仲間になれと不満そうだったが、「『友達』ならいっか!」と納得してくれた。こうして私はただの同乗者から、ハートの海賊団の友達兼料理人になったのだった。

「そういや一緒に旅してからリアナがおにぎりと味噌汁と焼き魚を食べてるところを見た事ないけど嫌いなの?キャプテンの大好物。」

ベポが味噌汁を啜りながら言う。今日は白セイウチの味噌汁だ。海獣類特有の黒っぽい肉で、昔食べたセイウチよりも脂身が多くて甘みがある。

「んー?きらいじゃないよ。ただ、おにぎりとキャベツの味噌汁と焼き魚を3年間、毎日作って食べてたからもうしばらくはいいかなって。」

「なぁ…それって…。」

ノースタラコのおにぎりを頬張っていたローがぽかんと口を開ける。「おれの為か」とでも言うように自分を指差したので、私は頷いた。

「いつ帰ってきてもいいように、ローとコラソンの好物を作ってたんです。捨てるのは嫌だから食べてたけど、飽きちゃって。今はローが美味しそうに食べてくれるから幸せですよ。」

私がそう微笑むと、ローは顔を帽子で隠してしまった。そのまま、おにぎりとお味噌汁を片手に席を立つ。行っちゃった…と呆然と彼の背中を見てると、ペンギンが私の肩を叩く。

「そんな顔すんな、キャプテンは震えるほど嬉しいんだよ。ローさんは泣き顔を見られるのがいやがるからな。」

「え、そんなに?気持ち悪くて引いたとかじゃない?」

私が半信半疑で慌て出すとベポが落ち着くようにと私を抑える。ホワイトイワナの塩焼きを食べていたシャチが私に向かって二ヒヒと笑った。

「引いたりするもんか。ローさんは誰よりも愛情深い人なんだぜ?」

「……。…確かにそうかも。」

シャチの言葉に私はローを追いかけよう立ち上がった。ハンカチ持っていけ!とペンギンにポケットにハンカチを突っ込まれる。私は3人に手を振って、ポーラータング号の上部にある船長室へと階段を駆け上がった。

まさかとは思ったが、ローは本当に泣きながらおにぎりを食べていた。私は思わず笑ってしまい、睨まれる。彼の隣に腰掛けて、ハンカチを手渡すと「ペンギンか。」と言われた。鋭い。私は五つも上のローの背中を撫でながら、これまでの日々を話した。毎日、海辺に行ったこと。新聞を確認してたこと。海を出る準備のために良い子になったこと。

そして、ローと会えてとても嬉しかったこと。

今がとても幸せなこと。

ローは何度も頷いて、そして私を抱きしめた。彼の体温に身を預けて、静まった部屋で微かに聞こえる彼の拍動に耳をすます。それはとても暖かい音だった。