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北の海をロー達とポーラータング号で旅して半年が立った。今日も今日とて食材ハンターとして未知なる食材を求めて町に出向く。ホワイトランド王国の南東の町に着くと、とりあえず目についたレストランに入った。ジャコウウシの干し肉など珍しいモノをさっそく見つけて気分は上々だ。ここは北の海でもとりわけ寒いので珍しい動物が多い。この町の味が知りたいと、とにかく片っ端から料理を頼んで一口ずつ口に運んだ。

「いたーー!!キャプテン!また、リアナがレストランで大量注文してる!!」

テーブルにはジャコウウシのラザニアやアゴヒゲアザラシの薬味鍋、ハクガンの串焼きなどが乗せきれないほど並んでいる。それを食べる私を窓から見つけたベポが外に向かって叫んだ。ベポの呼びかけに、ローとペンギンとシャチも続いてゾロゾロやってくる。ローは目を吊り上げていて怖い。

「一人でうろちょろするな!そして、胃袋がデカくねェくせに食えない量の注文するな!!何度言えば分かる!」

「えー…だって食べてみたかったんですもん…。残りはローやベポ達が食べてくれるでしょ?」

雁は前世では天然記念物で食べれなかったし、アゴヒゲアザラシも貴重だ。このホワイトランド王国特有の調味料や味付けだってある。初めて来る町で、ひたすら食べたくなるのはしょうがない。

「…一軒だけじゃなくある店全部ハシゴする気だろうが。」

「もちろんですよ!!もう二度と食べれないものがあるかもしれないと思ったら我慢できませんっ!!」

「付き合わされる身にもなれ、このバカ。」

ローに強く耳を引っ張られる。帰ったらまたルームで船に貼り付けられ、コショコショの刑を受けるんだろうなと嫌な予感がした。それがどれだけ辛い刑だと分かってはいても、目の前の誘惑には勝てない。ペンギンとシャチも呆れ顔でテーブルの席に着く。ベポも困ったように眉をハの字に下げていた。

「おれらだって大食いなわけじゃないんだからね。リアナといたらお腹がいくつあっても持たないよ。」

「え〜…クマなのに??普通のクマは一日20キロ近く食べますよ?」

「えっ…すいません…。」

しょぼんと肩を落とすベポを見て、ローが私の脇腹を肘でつく。

「おら、ベポを苛めんな。早く食べるぞ。」

「うめー!!このホワイトイルカの燻製サンドイッチは最高だぜ!?」

「ペンギン!肉とパンばっかとるな!」

そうやって5人でワイワイ店を巡る。私の能力のお陰でお金の心配はなくなったので、ひたすら食の豪遊をしていた。7軒ほどまわったところで、全員がギブアップ。残りの食事はいくつかの空のお弁当箱に詰め込んでバスケットに入れた。

「船に持って帰るのか?まだ腹ん中はいっぱいで入らねェよーっ…。」

シャチが苦しそうに膨らんだお腹をさする。いつもはツマミと一緒にちまちま酒を飲むのに、私と回るときは酒を飲む余裕もないようで苦しそうだった。青ざめたシャチに私は大丈夫だよと笑う。

「ここから西に少し歩いた所にスラム街があるらしいので、そこにいる人達に配ってきます。捨てるのは勿体ないから。」

「ガキ一人で行く場所じゃねェからやめろ。それに俺たちは慈善屋じゃねェんだぞ。」

止めるように肩を掴むロー。ベポやペンギン達もローに賛同するようにウンウンと頷いている。

「海賊のロー達はそうでしょうね。でも私は海賊じゃない。食材ハンターでもあり料理人でもあるので食べ物は粗末に出来ないんですよ。自分が食べれない分は食べてくれる人を探すまでです。」

「はぁ…この強情娘が。ベポ、ペンギン、シャチ、物資の買い出しが終わったら先に船に帰っておけ。」

大きいため息を吐くと、ローがやれやれと私に着いてきた。いざという時は悪魔の実の能力で逃げるから良いのに。

「悪魔の実を過信すんなよ。水に沈められたら何も出来なくなる力だからな。」

私の頭の中を覗いたのか、そうローが忠告してくる。つっけんどんな態度な割に、ほっとけないのが彼らしい。今日食べた食事の感想を言い合いながらスラム街の中へと入っていった。

ボロボロの荒屋が立ち並び、ゴミで溢れ、退廃しているスラム街。異臭もしていて、人が住めるような場所ではない。鋭い目でこちらの様子を伺ってくる大人の警戒心は特に強い。「ご飯どうぞ」など口にでとしたら舐めてんのかと殴ってきそうなヤカラばかりだ。どうしようかと路地に入るとガリガリに痩せこけたおかっぱの少年一人。手には腐った生ごみが握られていた。私は少年を起こして顔を叩く。

「あんたは…?……あれ…良い匂い……。」

「お腹すいて倒れてるんでしょう?これ食べな。」

バスケットを開くと目を輝かせ、少年はダラダラと涎を垂らし始めた。食事を渡す前に、ローが脈を測ったり軽く診断をする。

「飯を食べさせるなら消化のいいものから与えてやれ。」

ローの言葉に頷いて、私はフルーツや柔らかいものや少年の口に放り込んだ。大粒の涙と鼻水を流しながら、心から嬉しそうに食べる少年。彼は戦争孤児になって隣国から逃げてきたらしい。貴族として生まれ、空腹も知らない恵まれた私は少し申し訳なくなった。

少年を不憫に思った私は食べ物と一緒に20万ベリーと金貨を渡す。運命が違えば私も逆の立場だったかも知れない。なんて無慈悲で残酷なんだろう。私はこれまで貯めた自分のお小遣い全部を彼に使い切ってしまった。このままスラム街に置いていくのも不安なので治安がましな町に戻って宿まで送る。宿暮らしをしながら身なりを整えて、町で仕事を探すように伝えてから私達は船へと戻っていった。

「こんなこと行く先々でやってたらキリが無いぞ。孤児なんか何処にだってありふれてる。」

「気が向いて余裕がある時だけですよ。コラソンが言ってたんです。昔、迫害されていた時があって食べる物がなくて生ごみを漁ってたって。パンとかピザとか苦手なものはあるけど、ご飯を食べられるだけで幸せだって笑ってたから。コラソンだったら空腹の子供を見捨てないでしょう?」

私がスキップしながらローに微笑むと、彼は黙ってしまった。コラソンの名前を出されると弱いらしい。私はそんなコラソン大好きなローを微笑ましく思いながら、ローに後ろから抱きついた。セミみたいにしがみつくと私の足を持っておんぶで船まで運んでくれる。シャンブルズですぐに船に移動させてもいいのに、甘える私に世話を焼いてくれるのが嬉しい。「あー!キャプテンのおんぶなんでずるいよ!おれもやって!」と私の姿を見たベポがローにねだっていたが、重すぎると断られてしょんぼりしていた。

それから数日。ホワイランド王国の町々を周りながらベポの故郷のゾウや北の海の航路の情報を集めた。北の海の海図を手に入れた頃には、皆がだいぶぽっちゃりしてしまっていた。大量に増やした米や麦もたくさん売れたし、食べ歩きの末の幸せ太りなので満足である。「身体に悪い!」とローが怒っているので船に戻ったら特訓の日々が始まりそうだ。嫌な予感を頭のすみに押し込めて、次なる島へと旅立つ為に船に乗り込んだ。

違和感に気づいたのは、出航してから1時間ほどたってからだった。人の気配と物音に気づいて恐る恐る倉庫を開けると、そこには先日食べ物を施した少年が一人。既に島から離れていてすぐには戻れない。驚いた私は急いで操縦室に集まっている皆のもとへ彼を連れていった。

彼の名前はクリオネ。年は私よりも2つ上の14歳だった。栄養状態が悪く、幼く見えただけらしい。クリオネは今年は周辺の国がどこも不況と不作で苦しんでいること、敗戦国の孤児などツテでもなければ雇ってくれないこと、お金を貰っても行き場がないことなどを必死に私達に訴える。つまり、なんでもするから仲間に入れてくれという事だった。

「お前が餌付けするからこんな野良猫が入ってくるんだろうが。お前が責任取るか、さっさっと放り投げろ。」

「ええー…。申し訳ないけど私は責任持てないよ。この船はロー達の海賊船だし、無理矢理でも次の島で下りてもらいましょう。」

困りながら私がそう首を傾けると、クリオネが泣きながら手を床についた。まだ頬も痩せこけ、見てるだけで痛々しい身で何度も頭を床に擦り付ける。国や大人に振り回され、怯えながら死にたくないと彼は嗚咽を漏らしながら涙で床を濡らした。「自由に生きてみたいっ…!仲間にしてくれ…っ」と土下座するクリオネの様を見ると何とも言えない気持ちになった。

「ひどいよリアナ!キャプテン!おれらは自由を求めるハートの海賊団でしょ!?こんなに必死に頼んでるんだから仲間にしようよ!おれだってキャプテンと出会えなかったら一人で途方にくれてたんだから!仲間と家族はお金じゃ買えないんだよ!?」

ベポがうるうるしながら私達に訴えかける。クリオネは白熊がしゃべった事に驚いていたが、それ以上にベポの言葉に感動していた。

「親が死んで、頼る人もいなくて辛かった気持ちはおれ達が一番知ってるでしょう?」
「操舵や操帆を5人だけで交代でやるの大変だったから人手が増えるのは助かりますよ、キャプテン。」

ペンギンとシャチがローの肩に腕を乗せる。なんと優しい海賊団なのだろう。金だけ与えて放り投げようとする私とは正反対だ。

「…リアナが撒いた種の癖に、結局おれが決断するのかよ。」

「この船の船長はローですから。」

私はフフッと笑った。してやったり。決定権や責任は船長のものである。肩の荷が降りた私はローが口を開くのを待った。

「……分かった。今日からクリオネは『ハートの海賊団』の一員だ。だが、海賊は命の危険も多いし、航海中に何があるか分からねェ。降りたくなったら好きに船を降りろ。」

「……っ!!ありがとうございます…!!キャプテン!!!」

ローの言葉にクリオネが泣き崩れると、ベポやペンギン達が大手を広げて歓迎した。「覚える事がいっぱいだから、忙しくなるぞー!」とシャチが慰めるように肩を叩く。「おれ達はビシバシいくからな?やめときゃ良かったって後悔すんなよな!」ペンギンに脅されてもクリオネは嬉しそうに涙を拭きながら笑っていた。温かいみんなを見ていると、案外、海賊も悪くないのかもしれない。その晩はクリオネ歓迎のため、色とりどりの豪勢な料理が食卓を彩った。

ーーーー

あれからあっという間に1年が過ぎた。私は13歳、ローは18歳になっていた。ローが16歳の時には既に190センチほど身長があったので、もう完全に成長は止まってしまったらしい。コラソンぐらい大きくなりたかったと少しだけしょげてはいたが、充分デカいと思う。立ちながら喋ってると首が痛くなるので間違いない。

この1年で随分、仲間が増えた。各地でローが治療したり、暴れまくっているせいで加入希望者が後を絶たなかった。増え過ぎても面倒が見れんと、ローやペンギン達は必死に断っている。それでも、何度追い払っても根性で着いてくるようなガッツと愛のある仲間がいつの間にか出来ていた。

「キャプテン!嵐が来そうだから潜水するってベポが…………と、就寝中か。失礼、邪魔をした。」

「起きたら伝えときますね。」

「ああ、助かる。」

船長室に伝言にやってきたウニが、寝ているローを見てそっと出ていった。何故、私が船長室にいるかといえば、白狐の姿にさせられローのベッドになっているからである。普通のベッドがあるというのにモフモフに包まれてないと眠れないらしい。なんという贅沢な男。ベポが航海中で忙しい時は私が船長室に呼ばれていた。狐の姿は楽だし、その間は仕事もせず一緒に寝たり、ゴロゴロ出来るので普通に役得ではある。分け合う体温があったかくて気持ちいい。

「…ん。誰か…来たか…?」

「はい、ウニが。潜水するそうです。」

ローが寝ぼけながら私に問う。まだ目がトローンとして、少しだけ呂律がまわってなくて可愛らしい。「起きます?」とローに聞いても嫌だと首を振って私の尻尾に再び顔を埋めた。ローがこうして甘えてくるのはモフモフになった特権だ。クルーのみんなからローと一緒に寝たいとたまに羨ましがられる。とても不味かったしカナヅチになってしまったけど、悪魔の実を食べていて良かった。ローが微睡みながらため息を吐く。

「潜ったら…しばらくはシャワーは我慢か…。お前は良いよなァ…毛繕いで済むから。」

「いや、私も普通に清拭したいですよ。キッチンに立つ人間が毛繕いだけじゃダメでしょう。」

「そりゃそうか…医者も料理人も清潔が第一だもん……な……。」

納得したのか、ローはまた私にしがみつき、スースーと寝息を立て始める。寝顔は子供みたいで、いつ見ても微笑ましい。

この1年、ハートの海賊団の仲間が増えるたびに、私とローの関係について問われた。クルーではないけど、船に乗っているし、船長とよく一緒に行動している。そしてよく船長室に呼ばれるが、恋人というには年が離れ過ぎているし、そんな雰囲気もない。じゃあ家族かと思えば血縁関係もないし、付き合いもベポやペンギン、シャチよりも浅い。それもあり、「同乗している、友達です」と伝えても、みんな頭をかしげるばかりだった。

でもまあ、私もローも周りの目はそこまで気にしないタイプなので、変わらず普通に二人で過ごしている。すると新しく仲間になったクルーも、この船はこれが通常運転なんだな、と受け止めてくれていた。

「キャプテンに彼女や奥さんができたら、リアナは泣いちまうな。ローさんに良い相手が出来ても苛めんじゃねェぞ?」

昼の11時。みんなの昼ご飯を作るために雑談しながらキッチンに立っていると、手伝いのペンギンが笑いながら言った。ローと二人きりの私に嫉妬してるいるようだから、ちょっとした意地悪だろう。全然効かないけど。

「そんなの大歓迎です。だって目的や復讐よりも自分自身の幸せを優先出来る様になったって事でしょう?良い事だよ。それこそが手に入れるべき自由だもん。」

思った反応と違ったのだろう。ペンギンは「え」と目を丸くしたものの、納得したように頷いた。

「ローは真面目だからモテるのに女遊びしないじゃないですか。もし、彼女や奥さんが出来たら私よりもペンギンやシャチ達の方が泣いちゃいそう。」

「まあ、そうだなぁ…泣いちまうだろうな…ベポは特に。…リアナは嫁に行かないだろ?ずっと船にいてくれるよな?」

ペンギンは何故か想像だけで目を潤ませている。ちょっと気が早すぎるんじゃないか。もう2年近く一緒に暮らしているのですっかりお兄ちゃんだ。

「えー…いずれはするんじゃない?世界中の食べ物を集める事が出来る王様とかいたら今でも喜んで行きますけどねー。」

「この薄情ものが…。胃袋を掴んどいて離すなんて外道のやることだぞ!」

手が離せないので肘で小突いてくるペンギン。そんな未来のことを笑って話していた。そう、恋愛なんてずっと遠い先の話だと思っていたから。そんな呑気な思いが崩れ去るのは、そう時間は掛からなかった。

次の年の春、私は人攫いに合い、奴隷としてある貴族の家の側室にされかけたからだ。

ーーーー

「…まさか、リアナの為に海軍すら掴めなかったナスティ海賊団に乗り込んで壊滅に追い込むなんてなぁ…。」

シャチが新聞を読みながらそう呟いた。ハートの海賊団の写真が一面にデカデカと載っている。

「リアナが売られる前で本当に良かったよ!もう、ハラハラだったんだからね!」

ベポが海楼石の手錠で赤くなった私の手首を撫でた。フワフワな毛と肉球が柔らかい。こんなに心配してくれることに正直、嬉しくなってしまう。

「わざわざ助けに来てくれてありがとう。売られる予定だったあの貴族の土地、イモ類しか育たなくて食事が貧相らしいから本当に助かりました。」

「感謝するとこが違うでしょうが!食事よりも何より、ジジイの嫁にされるとこだったのよ!貴方がいくら大人っぽくてもまだ子供なのに許せない!」

頬を膨らませたイッカクにぐりぐりと頭を撫でられる。私の身長は既に160センチを越え、胸や尻も膨らんできて女性の身体へと変化していた。性格は悪いが美しい母に似て、大人っぽく端正な顔立ちをしているため余計狙われてしまったのだろう。

「一応、妊娠できる年だからかな?倫理的にアウトだと思うけど。…それより、海賊が海楼石の十手や手錠を持っているとは思いませんでした。次からは変な人について行かないように気をつけますね。」

「変な奴についてかないのは当然として、一人でフラフラしすぎだ。寄港した途端にどこか消えるのはやめろ。」

久しぶりに本気でローが怒っている。これはやばい。ローだって記念コイン集めする為に一人でフラフラしたりすぐ何処かに消えるじゃん、とは口が裂けても言えない。迷惑をかけてしまったので私は頭を下げて謝った。ローは溜飲が下がらないのか、怖い表情のままだ。

「また珍しい食べ物見つけたり、奢るよとか言われたらすぐに消えるのは分かってんだ。リアナが口だけっていうのはもう身を染みて知ってるからな。」

「…その手に持ってる首輪はなに…?私に着けるわけじゃないですよね…??」

ローが黒く笑いながら首輪を取り出した。ジリジリと詰め寄ってくるのが怖すぎるんだが。私を動けないように掴んで、不気味なことを囁くロー。

「言っても分からない奴にはこうするしかないだろ?」

「ギャー!!幼い少女に首輪を着けるのは犯罪ですよ!!天竜人ごっこでもする気ですか!?いやらしい!」

どんなSMプレイだよ!と私は自分の身体を両手で隠すように覆った。こんなハードなプレイが好きな人だとは思わなかった。

「その思考がもう少女じゃねェよ!こういう時だけ子供に戻ろうとするな!今後は島や町に降りる度にコレを装着するぞ。」

私は泣きながら何日も抵抗し、イッカクやベポの執り成しでようやく首輪から逃れる事が出来た。ただし、どこに行くにもローが必ず着いて来るようになり、ローの用事でも連れ回されるようになり、船の上でも側から離れないように捕まえられ、キッチンに立つ以外はほぼ一緒に過ごすことになってしまった。

「……なんだコレは…。私の人権は…自由は…一体…どこに消えたんだ……。」

監視されてるストレスで禿げそう。最近は服装にまでチェックが入ってきた。足や胸や腹を出すなとか、セクシーすぎてダメとか。ハートの海賊団のツナギまで着せてこようとするので、それは必死で断った。海に出るまで、毎日ドレスを着させられた反動で今はいろんな服を着たい。いつになったら解放されるだろうか。寝ているローを見ながらハァ…と、溜息を吐いた。

「……な…っ…。」

悪夢に魘されているのか、ローは眉を顰めながら寝言を呟いた。寝汗もかいており、苦しそうに私を掴んでくる。

「……リアナ……行くな……っ……。」

拭いてあげるかと、ハンカチをローの顔に持っていくと、彼の目から一筋の涙が流れた。

「…ズルいなぁ。」

年上の怖い男の涙ほど心に刺さるものはない。ハンカチでそっと拭ってから、私はローの髪を撫でた。

「大丈夫、そばにいますよ。」

彼の顎には髭が生え始めている。懸賞金もかかり、立派な海賊にはなったローがこんな風に泣くなんて誰も知らないだろう。こんなんじゃいつまでたっても船から降りれないなと、彼を見ながらそう思った。

ーーーー

「大好きですよ、どこにも行かないですよ。」

と言い続けて半年。やっと服装の自由が許された。たまにロー以外と出かける事も出来る様になった。しかし、毎日寝る時も、起きている時も、常に一緒なのは変わらなかったが。

「……ロー、この日常を続けてたらいつまで経っても彼女が出来ないよ。海賊なのに女や出会いを求めなくてどうするの?ペンギンやシャチはせっせと酒場に出かけてるんだから、たまには一緒に行ったらどうですか?」

「……興味ねェ。本読んでる方がずっとマシだ。」

ある日、私は本気で心配になってローの尻を叩くように詰め寄った。しかし、彼はどこ吹く風である。

「えー…?それが年頃の男のやる事ですか…?後悔しても知らないよ?私のせいで彼女や嫁が出来なかったとか言わないで下さいね。」

「その時はお前を妻にする。」

本を読みながら淡々と返すので、本気か冗談かわからない。

「海賊の夫は困る!海軍や海賊狩りに狙われるじゃないですか!そのせいで貴重な食材が入らなかったら嫌だもん!」

「……もう遅いぞ。こないだの島で暴れまくったせいで、リアナも懸賞首の仲間入りだ。『白い天狐 ラトランド・リアナ 懸賞金1500万ベリー』だとよ。」

ローの言葉に私は膝から崩れ落ちてしまった。追われる身にはなりたくなかったのに。どうしてこんなことに。どうして…と涙目な私に、ローは愉快そうに笑うだけだ。

「あと2年待つ。その間におれよりも強くて、リアナを守ってくれて、世界中に連れて行ってくれそうな男を探すんだな。」

そんな男いるのか。そもそも3年ってくぎりはなんだ。結婚までのカウントダウンか。私は目を赤くしながら亡き人の名を呟いた。

「……コラソンが生きていたら………。」

「コラさんが生きてたら、リアナが16になる頃には34のオッサンだぞ。」

ローが反射的に私の言葉をぶった斬る。本を読みながら、こっちには目もくれずにそんなこと言うのだ。私は頬を膨らませて抗議する。

「コラソンはオッサンになっても絶対に可愛いし恰好いいもん!!」

「おれだって26になる頃にはコラさんよりもっとカッコ良くなってる。」

何で対抗しようとしているんだ。アピールが可愛すぎるんだよ。不意に心臓をグサグサさしてくるのはやめてほしい。

「私だってめちゃくちゃ美人になってますからね!物理的にじゃなくて、私の心をちゃんと掴んで下さいよ!」

「…確かにそうだな。」

いや素直か。こっちが恥ずかしくて顔が赤くなるじゃないか。もう勘弁してくれ。私が背を向けようとすると、ローが手を差し出した。

「ROOM…メス。」

手の上には私の抜き取られた心臓がある。ドクドクと早く脈打っていて、私の心が見透かされいるみたいだ。

「物理的に掴むのは得意だが、どうやったらリアナが喜ぶなんて知らねェからな。数年かけてゆっくりと学ぶとするか。」

私のROOMで覆われた心臓を撫でると、そっと元に戻した。見た目とは裏腹に、変に真面目でズレた男相手に私の心臓は持つのか。それはまだ誰にも分からない。ドン…ドン…ドン…ドン…まだ鳴り止まない心臓の音が、恋の始まりを告げていた。肌寒い、秋の初めの夕暮れの事だった。青かった空が紫やピンク色に変化し、雲間の光が船長室に降り注ぐ。影が落ちた飄々としたローの顔は、とても綺麗だった。