青道高校野球部寮の目の前に、そのお店はある。
さんかく亭。
青道高校野球部OBである私のおじいちゃんが開いたお店で、さんかくのおにぎりの専門店だ。
「おにぎり配達いってきまーす」
「ありがとうね、気をつけるんだよ!」
オーナー権限で、青道高校野球部にはおにぎりを無料で提供している。寄付金みたいなものだっておじいちゃんは言っていた。
昔の野球部は今みたいにマネージャーをとっていなかったから、夜食の用意が控え選手の仕事だったらしい。控え選手だったおじいちゃんのおにぎりは大好評で、卒業後も差し入れをしているうちに“どうせならお店出しちゃおう”となってしまった。
土日はパートのみなさんがお休みで人が足りないことが多いから、私も中学生のころからお手伝いをしている。野球部へのおにぎりの配達は私に任されがちな仕事のひとつだ。
お店を出て、すぐに寮の敷地内を進む。時間はおやつどき。200個を超えるおにぎりをのせた大きなバスケットカートはずんと重たい。
春の気持ちの良い日。少し離れたグラウンドからはいつも以上に元気な声が聞こえてくる。今日から1年生が入ってきているはずだから、1年生はもちろん先輩たちも相当気合が入っているんだろう。
「こんにちはーさんかく亭でーす」
食堂では貴子ちゃんが休憩用のドリンクを用意しているところだった。がらりがらりとカートを押しながら彼女の元へ向かう。
「あ、ありがとう!花子ちゃん」
「貴子ちゃんおつかれさま」
「今日はすごい量だね」
「新入生大歓迎!っておじいちゃん張り切ってたよ」
いつもと同じようにおにぎりののったトレイをテーブルに並べる。海苔のいい香り。お店のみんなで握ったおにぎりは、ぱんぱんに詰まってみんなに食べられるのを待っている。
ドリンクやプロテインの準備をする貴子ちゃんを手伝っていると、遠くからたくさんの足音が聞こえてきた。
「おう!来とるやんけ、花子!今日の具は何や?」
1番乗りは今日も東さんだ。この体格はさんかく亭のおにぎりで作り上げたってインタビューで話してくれた、いい人。
「こっちから牛そぼろ、明太高菜、さけ、梅おかかだよ」
「なんや、えらい豪華やないか」
「新入生のためだからね」
「お客様でもあるまいし」
「あ、手洗ってない!」
「駄目です東先輩、手洗ってください!」
貴子ちゃんに怒られて文句を言いながらも、東さんは帽子だけおにぎりに近い席において手を洗いに向かった。
あとからも続々野球部員がやってくる。見慣れた顔のなかに、ちらほらと真っ白なユニフォームを着た細い男子たちが混じっている。1年生って、見たらすぐわかるな。
「おー花子、花子の入部届けまだでてないぞ」
東さん以外の3年生は先にしっかり手をあらって、1番のりで牛そぼろのおにぎりを手に取った。牛そぼろ、1年生に残るといいんだけど。
「マネージャーの入部届は4月に入ってからって高島先生言ってた」
「花子もようやく青道に入学かあ」
「やっと遠慮なくこき使えるな」
「マネージャーはこき使うもんじゃないでしょ??」
次々と売れていくおにぎりたち。先輩たちが取っていく後ろで、真っ白ユニフォームの1年生たちは遠慮がちにこちらを見ている。
同い年の選手たち。仲良くやっていきたい。
「はじめまして、さんかく亭のおにぎりどうぞ」
自分たちにすすめているのだとわかると、1年生たちはありがとうございます!いただきます!と返事をしながら、みんなでまとまっておにぎりのトレイに近づく。
「こいつ、お前らと同学年だよ」
「え、あ、そうなんすか」
「田中です。よろしく」
次々と挨拶してくれる同級生たち。前園くん、麻生くん、小野くん、中田くん。
「マネさんも今日から入部なんすか?」
「ううん、4月からだよ。おじいちゃんが毎日おにぎり差し入れしてて、それを運んでるうちにみんな良くしてくれてさ」
「ずっと前から入部してたような気がするくらいよね」
「去年の夏からはマネージャーが藤原1人になって、結構手伝いに来てたもんな」
「4月からは正式に入部するから、よろしくお願いします」
食堂は選手たちで大賑わいだ。3学年揃うと100人近くもいる青道高校野球部。やっぱり3学年みんなで前を向くこの時期が1番好きだな、とつい先日卒業していった先輩たちを懐かしみながら思った。
去年もこうだった。一昨年も。だけど甲子園には届かなかった。
今年こそ、と思いを強めている新しい3年生達。後輩たちにたくさん食べておけと囃し立てる2年生達。そんな中で1年生達はさすがにまだ馴染めず、キョロキョロと不安そうにしながら栄養補給をしている。
さてドリンクでも配って回るかな、と立ち上がろうとしたその瞬間。
「お!うっまそー。これ、いくつ食っていいの?」
初めて聞く声。振り向くと、半分以上がすでになくなったおにぎりのトレイを覗き込むメガネの男の子。
絶対1年生なのに、不安なんて欠片もなく心のそこから楽しそうな顔をしている彼は明らかに異質だった。
「余ってたらいくらでもいいよ」
「おい、1年!俺はまだ食うからなとっとけよ」
「東先輩、いくつ食ったんすか?」
「まだ3つじゃ」
すっげー!とケラケラ笑いながら、そのまま東さんの隣に座って話し続けている。
すごい子が入ったな。新2年生でもこんなふうに東さんに話す人はいないのに。
「東さん、飲み物、はい」
「あ、俺も!」
「あ、はい」
「花子、こっちもドリンクもらえる?」
「はいはい」
新しくなった野球部。けれど目指すところは変わらず全国制覇。
これまではさんかく亭の娘、というだけだったけれど、ようやくこの部の一員になれる。その喜びを小さく噛み締めながら、私はドリンクを配って回った。