― 言祝ぎを紡ぐ ―
2022年煉獄杏寿郎さんハピバ!!!!
明日の杏寿郎さんの誕生日は私の家で会う約束をしているから絶対定時であがると決めている。
今日終わらせた仕事と明日やらなくちゃいけない仕事をぼんやり考えながら、終電間近の乗客がほとんどいない車内で残業の疲れを少しでも回復すべく背筋を丸めた。
杏寿郎さんと明日についてメッセージのやりとりをしながら電車を降りると、ちょうど日付が変わったからメッセージじゃなくて通話ボタンをタップしたのになかなか電話に出ない。
「寝ちゃったかな」
残念。一番初めに「おめでとう」って言えるかと思ってドキドキしながらかけたのに。通話終了ボタンをタップして改札を出たら今まさに電話をかけていた相手――杏寿郎さんがいた。
「え、なんで?」
今日会う約束はしていない。
私に背を向けて立つ杏寿郎さんがごそごそ動くと同時に私のスマホが着信を告げる。電話に出ることなく駆け出すと、足音で気付いたのか杏寿郎さんが私の方に向いたので勢いよく飛び込んだ。
「仕事お疲れさま!」
「お誕生日おめでとうございます!」
同時に別な言葉を口にしてしまう。
「お疲れさまです」
「ありがとう!」
お互いの言葉に返事をしたのにまた同時に喋っちゃうから声を出して笑ってしまった。
「気が合っているのかどうなのか分からないな」
「あはは、本当ですね」
そうしているうちに反対方向の電車の乗客が降りてきて、私たちをチラリと見ながら通り過ぎていくからそうだと思い出す。
「杏寿郎さんもしかしてここでずっと待っててくれたんですか?」
「ナマエから仕事が終わったとメッセージが来てから家を出たんだ。なんだか……」
「ん?」
「今日は一番初めにナマエに直接祝って欲しくなったんだ。その、終電がないから泊めてもらえると助かる。……年を重ねたのに短絡的に行動してしまって不甲斐ない!」
杏寿郎さんは思い立ったら即行動だけど、私に関することでもこうやって衝動的になることが割と多い。それが嫌とかじゃなくて、むしろその逆で嬉しいことばかりしてくれるから私も衝動的に抱き着いてしまった。
「私がプレゼント貰ってどうするんですか!」
「どういうことだ?」
「杏寿郎さんの誕生日に最初におめでとうって言えて嬉しいのに、更に一緒に過ごせる時間が増えるなんて私がプレゼント貰ってる気分ですよ」
「明日も平日だし迷惑ならタクシーで帰る」
「駄目です! 泊まってください」
ちょっと食い気味に帰ることを拒否したら杏寿郎さんは苦笑いをする。
「じゃあ改めて……。ナマエの部屋に泊まってもいいだろうか?」
「もちろんです! ……ふふ」
「む? どうした?」
「一緒に居れて嬉しいなって思ったんです」
素直に気持ちを言えば杏寿郎さんも目を孤にして笑ってくれた。
「ナマエが嬉しいと俺も嬉しい。だからナマエが喜ぶのが俺へのプレゼントだと思ってくれ」
平日の終電間際で人が少ないとはいえ駅前。だけどそんなの気にしないというように抱き締め返してくれるから、夜中の冷えた身体を一瞬で熱くする。
「明日――もう今日ですけど、絶対定時であがります」
「俺もきっと早くあがれるはずだ」
「杏寿郎さんの好きなご飯沢山作りますからね!」
「楽しみだな!」
「ケーキも大きいの頼んじゃいました!」
「そうしたら昼は控えるとするか」
「お昼を少なくする杏寿郎さん見たらみんな心配しちゃうのでしっかり食べてください」
「じゃあ休み時間に運動でもして消費することにしよう」
「誕生日プレゼントは夜渡すので貰ってくださいね!」
「随分と張り切るな?」
自分でもその自覚はあるけど、好きな人の誕生日に張り切るなと言う方が無理な話だ。
「……杏寿郎さん」
「うん?」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
今度こそお互い被ることなく、ちゃんとしたお祝いの言葉のやりとりに二人で笑いながら身体を離し、いつもどおりに手を繋ぐと仲良く私の家に向かった。
「杏寿郎さん、写真撮りましょう」
「写真?」
私の部屋に着いて、ある程度落ち着いたからスマホを杏寿郎さんに向ける。
「5月10日、私のスマホに保存されるのは杏寿郎さんの写真がいいです」
普段は杏寿郎さんよりも瑠火さんを撮ることの方が多い私のスマホだけど、特別な日は特別なことをしたい。
「それで、今日は写真を撮ることがあっても杏寿郎さんしか撮らないんです。今日の日付の写真は杏寿郎さんだけ」
スマホのカメラを起動して杏寿郎さんに向けたら画面が肌色から黒一色になって、スマホが抜かれたことで一瞬遅れて杏寿郎さんの手だと気付いた。
「折角ならナマエも一緒に撮ろう。というか、一人は気恥ずかしいから一緒に撮ってくれ」
肩に腕が回って杏寿郎さんに引き寄せられると、スマホのカメラがインカメラに切り替わって画面に私たちが映った。
電話とメッセージさえ使えればいいぐらいの考えだった杏寿郎さんが、カメラの切り替えを出来ることに失礼ながらも驚いてしまう。
「杏寿郎さん、スマホの操作だいぶ慣れてきましたね」
「この前父上とともに千寿郎に習ったんだ!」
嬉しそうに言う杏寿郎さんに、槇寿郎さんと二人で千くんに講義を受ける姿を思い浮かべて笑っているとシャッターの切る音が聞こえた。
「えっ! 撮るなら声掛けてくださいよ!」
「失礼そうな笑い方をしていたからな!」
夜中に二人、横に肩を並べたり杏寿郎さんが私の頭に顎を乗せたりと、私のリクエストに応えるように色んなポーズで写真を撮る。
流石現役高校教師。女子高生を間近で見ているせいかノリがいいと言うか楽しそう。
「今はコンビニとかでプリントも出来るのだろう?」
「明日プリントしましょうか。毎年こうやって写真撮ってこれ! っていう1枚だけプリントしていくのも楽しそうですね」
「よし! 100枚を目標に頑張るか!」
「100枚!?」
100枚って……。1年に1枚なら100枚だと100年になってしまう。そんな単純計算をしていると杏寿郎さんはやっぱり少し不慣れな手付きで、撮った写真を見返そうとしていた。
100年後って、この先も一緒に居てくれるのかなって思ったら頬の緩みが止まらなくなる。
うん。しわしわの手になって二人髪の色が今と変わっても、杏寿郎さんとなら写真に写る笑顔はずっと変わらないはず。それが来年でも、10年後でも、それこそ100年先も。
撮った写真を二人で見ながら、杏寿郎さんの指に自分の指を絡める。どうした? と私を見る杏寿郎さんに考えていたことを思い切って口にした。
「杏寿郎さんのこと……朝までお祝いしたいです」
杏寿郎さんの誕生日だもん。一緒に過ごして祝う時間は1秒でも長くしたい。
明日が平日とかそんなの考えるだけ野暮だと、目を丸くしている杏寿郎さんの指を自分の口元に持ってきて小さく口付けた。
確か指先へのキスは称賛とか、感謝とかそんな意味があった気がする。
誕生日おめでとうと、産まれてきてくれてありがとうの意味を込めて数回啄んだ。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに何も言わなくなっちゃった杏寿郎さん。浮かれ過ぎたかなと離れようとしたら、杏寿郎さんの腕がそれより早く私を捕まえる。
ふー、と大きく息をついて杏寿郎さんは私をベッドに乗せると覆い被さってきた。
「まずは最初のプレゼントとしてナマエを貰おうか」
「……私でよければいくらでもプレゼントしますよ」
私の真似をするように杏寿郎さんも私の指を取ると指先、手のひらから手首へキスをしていく。
「俺にとっての1番のプレゼントだ。大切にすると誓おう」
杏寿郎さんは甘く言葉を紡ぐと、私の唇に優しく、言葉以上に甘いキスを落としてくれた。
2022/05/11:初出
翌朝二人でコンビニで栄養ドリンク買っているのを生徒に目撃される煉獄先生