#4 夜にまたみらいへの愛をむすぶ
《職員会議が思いの外早く終了した。事務仕事もそこそこに終わらせていつも通りに帰れそうだ》
千寿郎くんが自室へ戻り瑠火さんから夕食の支度をしましょうと言われたタイミングでスマホが震える。
杏寿郎さんからのメッセージを読み上げれば瑠火さんも良かったですねと言ってくれた。
槇寿郎さんもきっといつもの時間に帰ってくるだろうから今日も皆で食卓を囲めそうだと夕食作りに気合いが入る。
* * *
後は天ぷらを揚げるだけとなった時、玄関の方で音がした。
杏寿郎さんだったら玄関を開けると同時に「ただいま帰りました!」って言うからきっと槇寿郎さんだ。
瑠火さんはエプロンを手早く外して「少し失礼します」と言って足早に玄関に向かう。私は「行ってらっしゃい」と見送ったけれど朝や昼の会話を思い出してふと興味が湧いた。槇寿郎さんと瑠火さんの仲睦まじい姿をこの目で見てみたいと思ったのだ。
杏寿郎さんがそれを日常の風景としていたやり取りを私も見たい。ガスコンロの火を止めたことをしっかり確認して私も台所を後にした。
声の聞こえるところまで進んでこっそり覗くと玄関からこっちは完全に死角になっていて会話も動作も良く見える。
なるほど、杏寿郎さんや千寿郎くんはいつもこの場所から見ていたんだな。
「槇寿郎さん、今日もお勤めお疲れさまです。おかえりなさい」
「ただいま。瑠火、今日も一日家を守ってくれてありがとう」
いいな、って素直に思った。「おかえり」「ただいま」だけじゃなくて相手の一日を労う言葉。このやり取りが義務や惰性で続いているわけじゃないと分かるほどにお互いちゃんと顔を見て心を込めている。
そんな二人をうっとり見ていたら瑠火さんが槇寿郎さんに近付いている。お、これはもしかしてより仲睦まじい場面を目撃してしまうのではと好奇心と覗いてしまっている罪悪感でドキドキしてきた。
でも瑠火さんが近づいたら槇寿郎さんはあからさまに後ろに飛び退く。
「……どういう事でしょうか」
瑠火さんの声のトーンが下がって槇寿郎さんは慌てて手を振リ始めた。
「いや! 違うんだ瑠火! 今日暑かったから! 今汗かいてて臭いから!」
「そんな事で私から距離を取るのですか?」
「んぐぅっ!」
瑠火さんの冷静な問いかけに槇寿郎さんが胸を押さえて唸りながらダメージを受けている。私からは瑠火さんの顔が見えないから一体どんな表情を見せられたらあんなダメージを受けるのだろう?
怒った凍りつく表情? 有無を言わせない笑顔? それとも……。
槇寿郎さんは数度視線を左右に揺らしてから観念したように瑠火さんに歩み寄る。
「ただいま、瑠火……」
「はい、おかえりなさい」
槇寿郎さんが瑠火さんを抱き寄せたから声がくぐもってしまいちゃんとは聞き取れないけれど多分そんな事を言っていて、ドラマのワンシーンを見ているようで胸が高鳴る。
ドキドキしながら尚見続けていれば槇寿郎さんは一度瑠火さんから離れて少し屈むような体制になった。
これは! これ以上は流石に見てはいけない! 自分の好奇心に鞭を打ってその場を去ろうとしたら二人の向こうに第三者が現れて私の動きが止まる。
「ただいま帰りまし「どっせーい!」た!」
玄関が開くと同時によく通る快活な声は疑う余地もなくこの家の長男であり私の旦那さまの杏寿郎さん。
私はその場を去るタイミングを逸してそのまま見ていたけれど槇寿郎さんの行動は早かった。
杏寿郎さんが玄関の二人を認識するより前に槇寿郎さんは瑠火さんに伸ばした手を床へと着けてそのまま受け身を取るように前転したのだ。
素敵な恋愛ドラマを見ていたはずなのに急にコントみたいになって何を見ているかよく分からなくなる。分かったのは「どっせい」は煉獄家に伝わる掛け声だということくらいだ。
杏寿郎さんは槇寿郎さんと瑠火さんを見て――一瞬こっちを見た気がしたけれど直ぐにしゃがんで槇寿郎さんに手を差し出した。
「父上! 足腰が弱くなるにはまだ早いかと!」
転がった槇寿郎さんを見ての発言だけど微妙な沈黙が流れる。
これはマズイ。槇寿郎さんの顔が赤くなっていくのが私からも見て分かる。今この瞬間、私に重大な責務が課せられた。
「杏寿郎さん! おかえりなさい!」
杏寿郎さんがまた何かを言いかけたけど被せるように三人の前に躍り出る。ちょっと声が上ずっていたのはこの際見逃してほしい。
「ただいま!」
私の声に気づいて杏寿郎さんは破顔する。さっきの槇寿郎さんじゃないけれど胸を押さえたくなるほどに笑顔がとても眩しくて飛びつきたくなる。が、今は私の責務を全うしなければ! 何よりここは玄関だ。
「杏寿郎さんおかえりなさい! 今日は職員会議もあって疲れたでしょう! 夕食がもう少しで出来るので手洗いうがいしたら部屋でゆっくりしててください!」
さあさあ、としゃがみ込む杏寿郎さんの腕を引っ張り立ち上がらせると鞄を強引に奪って背中を押す。
「いや、父上が……」
「槇寿郎さんは大丈夫です。瑠火さんがいるので!」
杏寿郎さんは何を以って大丈夫なのか理解できないという顔をしているけれど、見ない振りを決めてそのまま部屋へ連行する。
去り際に瑠火さんに「失礼します」とだけ言って私は自分に課した責務を最速で全うさせた。
後は天ぷらを揚げるだけとなった時、玄関の方で音がした。
杏寿郎さんだったら玄関を開けると同時に「ただいま帰りました!」って言うからきっと槇寿郎さんだ。
瑠火さんはエプロンを手早く外して「少し失礼します」と言って足早に玄関に向かう。私は「行ってらっしゃい」と見送ったけれど朝や昼の会話を思い出してふと興味が湧いた。槇寿郎さんと瑠火さんの仲睦まじい姿をこの目で見てみたいと思ったのだ。
杏寿郎さんがそれを日常の風景としていたやり取りを私も見たい。ガスコンロの火を止めたことをしっかり確認して私も台所を後にした。
声の聞こえるところまで進んでこっそり覗くと玄関からこっちは完全に死角になっていて会話も動作も良く見える。
なるほど、杏寿郎さんや千寿郎くんはいつもこの場所から見ていたんだな。
「槇寿郎さん、今日もお勤めお疲れさまです。おかえりなさい」
「ただいま。瑠火、今日も一日家を守ってくれてありがとう」
いいな、って素直に思った。「おかえり」「ただいま」だけじゃなくて相手の一日を労う言葉。このやり取りが義務や惰性で続いているわけじゃないと分かるほどにお互いちゃんと顔を見て心を込めている。
そんな二人をうっとり見ていたら瑠火さんが槇寿郎さんに近付いている。お、これはもしかしてより仲睦まじい場面を目撃してしまうのではと好奇心と覗いてしまっている罪悪感でドキドキしてきた。
でも瑠火さんが近づいたら槇寿郎さんはあからさまに後ろに飛び退く。
「……どういう事でしょうか」
瑠火さんの声のトーンが下がって槇寿郎さんは慌てて手を振リ始めた。
「いや! 違うんだ瑠火! 今日暑かったから! 今汗かいてて臭いから!」
「そんな事で私から距離を取るのですか?」
「んぐぅっ!」
瑠火さんの冷静な問いかけに槇寿郎さんが胸を押さえて唸りながらダメージを受けている。私からは瑠火さんの顔が見えないから一体どんな表情を見せられたらあんなダメージを受けるのだろう?
怒った凍りつく表情? 有無を言わせない笑顔? それとも……。
槇寿郎さんは数度視線を左右に揺らしてから観念したように瑠火さんに歩み寄る。
「ただいま、瑠火……」
「はい、おかえりなさい」
槇寿郎さんが瑠火さんを抱き寄せたから声がくぐもってしまいちゃんとは聞き取れないけれど多分そんな事を言っていて、ドラマのワンシーンを見ているようで胸が高鳴る。
ドキドキしながら尚見続けていれば槇寿郎さんは一度瑠火さんから離れて少し屈むような体制になった。
これは! これ以上は流石に見てはいけない! 自分の好奇心に鞭を打ってその場を去ろうとしたら二人の向こうに第三者が現れて私の動きが止まる。
「ただいま帰りまし「どっせーい!」た!」
玄関が開くと同時によく通る快活な声は疑う余地もなくこの家の長男であり私の旦那さまの杏寿郎さん。
私はその場を去るタイミングを逸してそのまま見ていたけれど槇寿郎さんの行動は早かった。
杏寿郎さんが玄関の二人を認識するより前に槇寿郎さんは瑠火さんに伸ばした手を床へと着けてそのまま受け身を取るように前転したのだ。
素敵な恋愛ドラマを見ていたはずなのに急にコントみたいになって何を見ているかよく分からなくなる。分かったのは「どっせい」は煉獄家に伝わる掛け声だということくらいだ。
杏寿郎さんは槇寿郎さんと瑠火さんを見て――一瞬こっちを見た気がしたけれど直ぐにしゃがんで槇寿郎さんに手を差し出した。
「父上! 足腰が弱くなるにはまだ早いかと!」
転がった槇寿郎さんを見ての発言だけど微妙な沈黙が流れる。
これはマズイ。槇寿郎さんの顔が赤くなっていくのが私からも見て分かる。今この瞬間、私に重大な責務が課せられた。
「杏寿郎さん! おかえりなさい!」
杏寿郎さんがまた何かを言いかけたけど被せるように三人の前に躍り出る。ちょっと声が上ずっていたのはこの際見逃してほしい。
「ただいま!」
私の声に気づいて杏寿郎さんは破顔する。さっきの槇寿郎さんじゃないけれど胸を押さえたくなるほどに笑顔がとても眩しくて飛びつきたくなる。が、今は私の責務を全うしなければ! 何よりここは玄関だ。
「杏寿郎さんおかえりなさい! 今日は職員会議もあって疲れたでしょう! 夕食がもう少しで出来るので手洗いうがいしたら部屋でゆっくりしててください!」
さあさあ、としゃがみ込む杏寿郎さんの腕を引っ張り立ち上がらせると鞄を強引に奪って背中を押す。
「いや、父上が……」
「槇寿郎さんは大丈夫です。瑠火さんがいるので!」
杏寿郎さんは何を以って大丈夫なのか理解できないという顔をしているけれど、見ない振りを決めてそのまま部屋へ連行する。
去り際に瑠火さんに「失礼します」とだけ言って私は自分に課した責務を最速で全うさせた。
* * *
杏寿郎さんと部屋に入り、改めておかえりなさいと言えばただいまの言葉とともに抱き締められる。
「今日は少し疲れた……」
「週の最終日に加えて会議でしたからね」
あやすように背中を叩いて労っているとさっきの槇寿郎さんと瑠火さんの様子を思い出して、自分たちも傍から見たらドラマみたいな感じなのかななんて考える。
あの二人は雰囲気出ていたけど自分が同じ状況になってもいまいちピンと来ない。まあ、私たちは私たちだし雰囲気がどうとか関係ないんだけど。
私の首元に顔を埋める杏寿郎さんの髪を梳いて自分の口元にきている耳近辺に音を立てて口付ける。
「お疲れさまです」
杏寿郎さんは無言で私をより強く抱き締めるとポツリと呟いた。
「父上と母上のああいった光景を見て育ってきたから憧れがないと言えば嘘になる」
……さっきの瑠火さん達のやり取り完全に知っているじゃない。それなのに何であんな突拍子もない事を槇寿郎さんに言ったんだろう。
「君が隠れていた場所で俺と千寿郎もたまに見ていたんだ」
私が居たのバレてる。
「君ならああ言えば出てくると思った」
行動まで読まれているし。
「だから……」
私の耳元に口を寄せて内緒話をするように声量を落とす杏寿郎さん。
「今度玄関で“おかえり”と抱き締めてくれないか」
「ぁっ」
耳元に直接入ってくる声と息に全身が粟立って思わず声が漏れた。
ぎこちなく首を動かして杏寿郎さんを見ればおねだりをするような目をしている、気がする。何も言えずに口をハクハクさせていると目が細まって笑われてしまった。
「無理強いはしたくない。君がイヤなら今まで通りこうやって部屋で抱き締めてくれ」
「む、無理とかではなくて……。その、誰かが見ているかもしれないだと恥ずかしいから……今度誰も居なかったら、ね?」
嫌なわけないじゃないか。帰ってきた杏寿郎さんを一番に迎え入れて抱きつきたい気持ちはいつだって持っている。でも今日の私みたいに誰かが見ていたらと思うととてつもなく恥ずかしい。
「ありがとう」
杏寿郎さんはそう言ってまた私を強く抱き締めてくれる。
私の妥協案とも取れる精一杯に“ありがとう”と返してくれる杏寿郎さんに私も力を込めて抱き締め返した。
「私、瑠火さん達に凄く失礼なことしちゃった……」
自分が見られていたら恥ずかしい事を自分自身がやってしまっていたのだ。覗き見ていた事に対して今さら罪悪感が襲ってきてどうやって謝ろうかと考えていたら今度は私が頭をポンポンと撫でられる。
「大丈夫だ。父上も母上も気にしない」
「でも……」
「俺や千寿郎が見ていたのを咎められた事は一度もない!」
……それは身内でしかも子どもだったからじゃないだろうか。万事解決問題ないみたいな事を言っているけど解決していない。
「杏寿郎さんそれ解決してないです」
「む?」
そうか? みたいな顔をしている杏寿郎さんを見ていたら肩の力が抜ける。考えてもしょうがないから素直に謝ろう。後のことはそのときまた考えよう。
一先ず杏寿郎さんが外したネクタイを受け取り片付けていると部屋の障子がトントンと音を立てた。
「兄上、義姉上、失礼します。夕食の準備が出来ました」
「あ!」
夕食の準備の途中だった! 千寿郎くんが呼びに来たって事は私の代わりに準備してくれたんだろう。
「ごめん、千寿郎くん! 今行きます」
「はい、お待ちしています」
千寿郎くんの気配が去って私も少しでも手伝いに行こうと杏寿郎さんの脱いだワイシャツを持って部屋を出ようとしたら腕を掴まれた。
「どうしました?」
「今朝方まで千寿郎の事を“千くん”と呼んでいた気がしたのだが」
目敏いならぬ耳聡い。
「今日夕飯の買い物に付き合ってもらった時に呼び方を変えました」
「……後でゆっくり聞こう」
勘が鋭いのか私が何か隠していると判断したらしい。
一先ず夕食が先だということで腕が解放された。
単純に千寿郎くんも大きくなったし呼び方を変えただけなんだけどそう思ったきっかけがよろしくない。これは車に轢かれそうになった件も芋づる式に言わないと後々わだかまりを作ってしまう。
瑠火さん千寿郎くんごめんなさい。折角内緒にしておこうと話していたのに杏寿郎さんに隠し事は出来なさそうです。
杏寿郎さんと部屋に入り、改めておかえりなさいと言えばただいまの言葉とともに抱き締められる。
「今日は少し疲れた……」
「週の最終日に加えて会議でしたからね」
あやすように背中を叩いて労っているとさっきの槇寿郎さんと瑠火さんの様子を思い出して、自分たちも傍から見たらドラマみたいな感じなのかななんて考える。
あの二人は雰囲気出ていたけど自分が同じ状況になってもいまいちピンと来ない。まあ、私たちは私たちだし雰囲気がどうとか関係ないんだけど。
私の首元に顔を埋める杏寿郎さんの髪を梳いて自分の口元にきている耳近辺に音を立てて口付ける。
「お疲れさまです」
杏寿郎さんは無言で私をより強く抱き締めるとポツリと呟いた。
「父上と母上のああいった光景を見て育ってきたから憧れがないと言えば嘘になる」
……さっきの瑠火さん達のやり取り完全に知っているじゃない。それなのに何であんな突拍子もない事を槇寿郎さんに言ったんだろう。
「君が隠れていた場所で俺と千寿郎もたまに見ていたんだ」
私が居たのバレてる。
「君ならああ言えば出てくると思った」
行動まで読まれているし。
「だから……」
私の耳元に口を寄せて内緒話をするように声量を落とす杏寿郎さん。
「今度玄関で“おかえり”と抱き締めてくれないか」
「ぁっ」
耳元に直接入ってくる声と息に全身が粟立って思わず声が漏れた。
ぎこちなく首を動かして杏寿郎さんを見ればおねだりをするような目をしている、気がする。何も言えずに口をハクハクさせていると目が細まって笑われてしまった。
「無理強いはしたくない。君がイヤなら今まで通りこうやって部屋で抱き締めてくれ」
「む、無理とかではなくて……。その、誰かが見ているかもしれないだと恥ずかしいから……今度誰も居なかったら、ね?」
嫌なわけないじゃないか。帰ってきた杏寿郎さんを一番に迎え入れて抱きつきたい気持ちはいつだって持っている。でも今日の私みたいに誰かが見ていたらと思うととてつもなく恥ずかしい。
「ありがとう」
杏寿郎さんはそう言ってまた私を強く抱き締めてくれる。
私の妥協案とも取れる精一杯に“ありがとう”と返してくれる杏寿郎さんに私も力を込めて抱き締め返した。
「私、瑠火さん達に凄く失礼なことしちゃった……」
自分が見られていたら恥ずかしい事を自分自身がやってしまっていたのだ。覗き見ていた事に対して今さら罪悪感が襲ってきてどうやって謝ろうかと考えていたら今度は私が頭をポンポンと撫でられる。
「大丈夫だ。父上も母上も気にしない」
「でも……」
「俺や千寿郎が見ていたのを咎められた事は一度もない!」
……それは身内でしかも子どもだったからじゃないだろうか。万事解決問題ないみたいな事を言っているけど解決していない。
「杏寿郎さんそれ解決してないです」
「む?」
そうか? みたいな顔をしている杏寿郎さんを見ていたら肩の力が抜ける。考えてもしょうがないから素直に謝ろう。後のことはそのときまた考えよう。
一先ず杏寿郎さんが外したネクタイを受け取り片付けていると部屋の障子がトントンと音を立てた。
「兄上、義姉上、失礼します。夕食の準備が出来ました」
「あ!」
夕食の準備の途中だった! 千寿郎くんが呼びに来たって事は私の代わりに準備してくれたんだろう。
「ごめん、千寿郎くん! 今行きます」
「はい、お待ちしています」
千寿郎くんの気配が去って私も少しでも手伝いに行こうと杏寿郎さんの脱いだワイシャツを持って部屋を出ようとしたら腕を掴まれた。
「どうしました?」
「今朝方まで千寿郎の事を“千くん”と呼んでいた気がしたのだが」
目敏いならぬ耳聡い。
「今日夕飯の買い物に付き合ってもらった時に呼び方を変えました」
「……後でゆっくり聞こう」
勘が鋭いのか私が何か隠していると判断したらしい。
一先ず夕食が先だということで腕が解放された。
単純に千寿郎くんも大きくなったし呼び方を変えただけなんだけどそう思ったきっかけがよろしくない。これは車に轢かれそうになった件も芋づる式に言わないと後々わだかまりを作ってしまう。
瑠火さん千寿郎くんごめんなさい。折角内緒にしておこうと話していたのに杏寿郎さんに隠し事は出来なさそうです。
* * *
夕食も終わってお風呂も入ってすっきりさっぱり。部屋に水を持っていこうと台所で水差しに水を入れていたら瑠火さんがやってきた。
「槇寿郎さんと杏寿郎が一献しているので貴女も一緒にどうですか?」
「わ、是非ご一緒させてください!」
瑠火さんは氷を補充していたので私は新しいグラスを棚から出すと一緒に旦那さま達の元へ向かう。
居間に行けば槇寿郎さんと杏寿郎さんがいた。千寿郎くんはお酒飲めないし眠いと言って自室に戻ったようだ。
テーブルが食事をする時の四角い大きなテーブルではなく円形のテーブルに替えられていてこじんまりとした宴会みたいになっている。
杏寿郎さんは私の姿を認めると「おいで」と言って座布団を引っ張り出し自分の隣に置いてペチペチ叩く。素直に従って杏寿郎さんの隣に座れば思ったより距離が近くて膝がぶつかってしまった。
「ごめんなさい、膝」
「構わない」
少し距離を開けて反対側の瑠火さんに近付いたら杏寿郎さんは分かりやすく顔をむすっとさせる。片頬が膨れてちょっと可愛い。
「……杏寿郎は瑠火に似たな」
そんな様子を見ながら槇寿郎さんは瑠火さんにお酒を注いでもらいながら口にした。
「そうなんですか?」
「君が離れた時の杏寿郎の表情が瑠火によく似ている」
私は瑠火さんのふくれっ面なんて見た事がないから全然想像できないけど瑠火さんは心当たりがあるのか、槇寿郎さんにお酒を注ぎ終わると自分のグラスを静かに持った。
「好いた人に物理的に距離を取られたら私や杏寿郎でなくとも膨れます」
“物理的に距離を取られたら――”。
もしかして玄関でのやり取りで槇寿郎さんが胸を押さえていた時って瑠火さんふくれっ面していたのかな。しかも片頬だけ膨らませて。
私はそんな瑠火さんを想像して「ぅぐっ」と声を出しそうになった。想像するだけで破壊力のある可愛さなんだから本物を見ている槇寿郎さんが胸を押さえてしまうのはしょうがない。
私だったら本物を見た瞬間倒れる自信がある。
夕食も終わってお風呂も入ってすっきりさっぱり。部屋に水を持っていこうと台所で水差しに水を入れていたら瑠火さんがやってきた。
「槇寿郎さんと杏寿郎が一献しているので貴女も一緒にどうですか?」
「わ、是非ご一緒させてください!」
瑠火さんは氷を補充していたので私は新しいグラスを棚から出すと一緒に旦那さま達の元へ向かう。
居間に行けば槇寿郎さんと杏寿郎さんがいた。千寿郎くんはお酒飲めないし眠いと言って自室に戻ったようだ。
テーブルが食事をする時の四角い大きなテーブルではなく円形のテーブルに替えられていてこじんまりとした宴会みたいになっている。
杏寿郎さんは私の姿を認めると「おいで」と言って座布団を引っ張り出し自分の隣に置いてペチペチ叩く。素直に従って杏寿郎さんの隣に座れば思ったより距離が近くて膝がぶつかってしまった。
「ごめんなさい、膝」
「構わない」
少し距離を開けて反対側の瑠火さんに近付いたら杏寿郎さんは分かりやすく顔をむすっとさせる。片頬が膨れてちょっと可愛い。
「……杏寿郎は瑠火に似たな」
そんな様子を見ながら槇寿郎さんは瑠火さんにお酒を注いでもらいながら口にした。
「そうなんですか?」
「君が離れた時の杏寿郎の表情が瑠火によく似ている」
私は瑠火さんのふくれっ面なんて見た事がないから全然想像できないけど瑠火さんは心当たりがあるのか、槇寿郎さんにお酒を注ぎ終わると自分のグラスを静かに持った。
「好いた人に物理的に距離を取られたら私や杏寿郎でなくとも膨れます」
“物理的に距離を取られたら――”。
もしかして玄関でのやり取りで槇寿郎さんが胸を押さえていた時って瑠火さんふくれっ面していたのかな。しかも片頬だけ膨らませて。
私はそんな瑠火さんを想像して「ぅぐっ」と声を出しそうになった。想像するだけで破壊力のある可愛さなんだから本物を見ている槇寿郎さんが胸を押さえてしまうのはしょうがない。
私だったら本物を見た瞬間倒れる自信がある。
* * *
男性陣の職場の話や私と瑠火さんの昼間に起きた出来事などを話しながら時間は過ぎていく。
「そういえば君が千寿郎くんと呼び始めた理由をまだ聞いていなかったな」
ギクリ。唐突に話が変わりすっかりその事を忘れていた私はどう言おうか考えていなかった。
「千寿郎のテスト結果がクラスで一番だったのでご褒美だと聞きましたが……」
「褒美は天ぷらじゃないのか?」
「褒美が一つとは限りませんし、それに千寿郎も年頃ですから子どものような呼ばれ方に抵抗があったのでしょう」
私が口を挟む余地なく瑠火さんが杏寿郎さんに畳み掛けていく。
「弟にまで妬くんじゃありません」
「む……」
追い打ちとばかりに瑠火さんがピシャリと言うと杏寿郎さんはまだ不満そうにしているけどそこは流石母。無言で笑うとこれ以上その話題を出す事は許さないと圧力を杏寿郎さんにかけている。
槇寿郎さんはそもそも何の話かもよく分かっていないみたい。
今ここに居ない千寿郎くんには申し訳ないけど明日口裏を合わせてもらうのを忘れないようにしなければ。
とりあえず今はお酒飲んで気を紛らわそう。私はいつもより速いペースでお酒を飲んでいった。
お酒の入った頭は表情筋を保つなんて機能は完全停止していて、私はニコニコしながら後先考えずに喋っている。
「さっきも玄関で……」
口に出してそういえばまだちゃんと謝罪していないと気付いた。
「すみません、槇寿郎さんが帰ってきた時の玄関先での瑠火さんとのやり取りを興味本位で覗いてしまいました」
「俺や千寿郎がよく覗き見していた場所からだな!」
杏寿郎さんは助けてくれているのかよく分からない援護をしてくれるけど、さっきの瑠火さんのフォローとの雲泥の差に苦笑いしてしまう。
槇寿郎さんと瑠火さんは瞬きすると「何時もの事だ」「家族になら気にしません」とおおらかな返事をしてくれる。家族にはとことん懐の深い一家にお酒のせいとは別に心が暖かくなる。それとも見られることに麻痺しているのか……。
杏寿郎さんの言う通りだったな。良かった、と思ってテーブルの下で少し手を伸ばし杏寿郎さんの指を掴めば手ごと握られた。
「槇寿郎さんと瑠火さんの仲睦まじさは理想なんです。だから杏寿郎さんとお二人のようにずっと仲睦まじくいれたらいいなーって」
普段はなかなか言えないけれどお酒の力を借りて言いたいを口にしていく私。槇寿郎さんは箸で掴んでいたつまみを一口で食べて飲み込むと居住まいを正すから改まって何を急にと私も居住まいを正す。
「うちは見ての通り男手しかいなく、女性は瑠火一人だった。君が嫁いでくる前――、うちに遊びに来てくれていた時から瑠火は楽しそうにしていたから嫁に来てくれて俺は嬉しい」
まさか週末のお酒の席でそんな事を言われると思っていなくてどうしていいか分からない。
「杏寿郎の嫁に来てくれて……ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。精神一到しこれからも励みます!」
ありがとうと言いたいのは私の方なのに。作法とか右も左も分からない私を手放しで迎え入れてくれた事に感謝しかない。私は槇寿郎さんに負けないぐらいの気持ちを込めて深く頭を下げた。
「精神一到、杏寿郎の好きな言葉ですね」
「一緒に居るから移っちゃいました」
頭を上げて隣に座っている杏寿郎さんを見てへにゃりと笑えば杏寿郎さんも目元を赤くして笑い返してくれる。
「そうやって少しずつ家族になっていくのです」
「そうだと……いいな、って思います」
結婚してまだ一年。全てを知っているわけではなく、私も杏寿郎さんもお互いの出方を伺うような時がある。
好きだから知りたい。分かりたい。分かって欲しいもある。沢山話をして新しい価値観を知っていく今は杏寿郎さんとの家族を作り上げている最中だ。
だから瑠火さんにそう言ってもらえると少なくとも間違ってはいないのかなと思う。
「私、この煉獄のお家の方たちみんな好きなんです。こんな私を――嫁に迎え入れてくれてありがとうございます」
楽しいお酒だったのに感極まって泣きそうになってくる。ずび、と汚く鼻を啜って下を向けば頭を撫でられ、顔を上げると瑠火さんは微笑んで手を広げているから私は迷うことなく瑠火さんの腕の中に飛び込んだ。
「貴女は私の大事な娘ですよ」
「瑠火さん大好きです!」
「俺だって瑠火が好きだー!」
私が瑠火さんに抱き着いた反対側から槇寿郎さんが瑠火さんに抱き着いている。チラリと槇寿郎さんを見れば「瑠火ぁ、俺の方が好きだぁ。ずっとそばに居てくれぇ」と呻いている。
「あらあら……、人気者ですね」
そんな両手に華(?)状態の瑠火さんを見て杏寿郎さんが立ち上がった。
「母上! 父上まで!」
「杏寿郎、そろそろお開きにしましょうか」
宴もたけなわ、確かにもういい時間だ。
「じゃあ片付けますね」
瑠火さんから体を離して片付けようとテーブルに手を伸ばしたら杏寿郎さんに引っ張られる。
「母上、申し訳ないですが父上含め後は任せてもいいでしょうか?」
「構いませんよ」
瑠火さんは微笑っているけど私的によくない。瑠火さんと一緒に片付けしたい。
「杏寿郎さん先に部屋に戻っていてくださ、」
「父上がああなってしまったから邪魔者は退散した方がいい。父上、母上おやすみなさい」
邪魔者とは? 槇寿郎さんは甘えるように瑠火さんに擦りついて今にも寝てしまいそうだけどそれと関係あるのかな?
それを確かめる術もなく、杏寿郎さんは私の手を掴んで挨拶をすると私を連行して部屋へと戻っていった。
男性陣の職場の話や私と瑠火さんの昼間に起きた出来事などを話しながら時間は過ぎていく。
「そういえば君が千寿郎くんと呼び始めた理由をまだ聞いていなかったな」
ギクリ。唐突に話が変わりすっかりその事を忘れていた私はどう言おうか考えていなかった。
「千寿郎のテスト結果がクラスで一番だったのでご褒美だと聞きましたが……」
「褒美は天ぷらじゃないのか?」
「褒美が一つとは限りませんし、それに千寿郎も年頃ですから子どものような呼ばれ方に抵抗があったのでしょう」
私が口を挟む余地なく瑠火さんが杏寿郎さんに畳み掛けていく。
「弟にまで妬くんじゃありません」
「む……」
追い打ちとばかりに瑠火さんがピシャリと言うと杏寿郎さんはまだ不満そうにしているけどそこは流石母。無言で笑うとこれ以上その話題を出す事は許さないと圧力を杏寿郎さんにかけている。
槇寿郎さんはそもそも何の話かもよく分かっていないみたい。
今ここに居ない千寿郎くんには申し訳ないけど明日口裏を合わせてもらうのを忘れないようにしなければ。
とりあえず今はお酒飲んで気を紛らわそう。私はいつもより速いペースでお酒を飲んでいった。
お酒の入った頭は表情筋を保つなんて機能は完全停止していて、私はニコニコしながら後先考えずに喋っている。
「さっきも玄関で……」
口に出してそういえばまだちゃんと謝罪していないと気付いた。
「すみません、槇寿郎さんが帰ってきた時の玄関先での瑠火さんとのやり取りを興味本位で覗いてしまいました」
「俺や千寿郎がよく覗き見していた場所からだな!」
杏寿郎さんは助けてくれているのかよく分からない援護をしてくれるけど、さっきの瑠火さんのフォローとの雲泥の差に苦笑いしてしまう。
槇寿郎さんと瑠火さんは瞬きすると「何時もの事だ」「家族になら気にしません」とおおらかな返事をしてくれる。家族にはとことん懐の深い一家にお酒のせいとは別に心が暖かくなる。それとも見られることに麻痺しているのか……。
杏寿郎さんの言う通りだったな。良かった、と思ってテーブルの下で少し手を伸ばし杏寿郎さんの指を掴めば手ごと握られた。
「槇寿郎さんと瑠火さんの仲睦まじさは理想なんです。だから杏寿郎さんとお二人のようにずっと仲睦まじくいれたらいいなーって」
普段はなかなか言えないけれどお酒の力を借りて言いたいを口にしていく私。槇寿郎さんは箸で掴んでいたつまみを一口で食べて飲み込むと居住まいを正すから改まって何を急にと私も居住まいを正す。
「うちは見ての通り男手しかいなく、女性は瑠火一人だった。君が嫁いでくる前――、うちに遊びに来てくれていた時から瑠火は楽しそうにしていたから嫁に来てくれて俺は嬉しい」
まさか週末のお酒の席でそんな事を言われると思っていなくてどうしていいか分からない。
「杏寿郎の嫁に来てくれて……ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。精神一到しこれからも励みます!」
ありがとうと言いたいのは私の方なのに。作法とか右も左も分からない私を手放しで迎え入れてくれた事に感謝しかない。私は槇寿郎さんに負けないぐらいの気持ちを込めて深く頭を下げた。
「精神一到、杏寿郎の好きな言葉ですね」
「一緒に居るから移っちゃいました」
頭を上げて隣に座っている杏寿郎さんを見てへにゃりと笑えば杏寿郎さんも目元を赤くして笑い返してくれる。
「そうやって少しずつ家族になっていくのです」
「そうだと……いいな、って思います」
結婚してまだ一年。全てを知っているわけではなく、私も杏寿郎さんもお互いの出方を伺うような時がある。
好きだから知りたい。分かりたい。分かって欲しいもある。沢山話をして新しい価値観を知っていく今は杏寿郎さんとの家族を作り上げている最中だ。
だから瑠火さんにそう言ってもらえると少なくとも間違ってはいないのかなと思う。
「私、この煉獄のお家の方たちみんな好きなんです。こんな私を――嫁に迎え入れてくれてありがとうございます」
楽しいお酒だったのに感極まって泣きそうになってくる。ずび、と汚く鼻を啜って下を向けば頭を撫でられ、顔を上げると瑠火さんは微笑んで手を広げているから私は迷うことなく瑠火さんの腕の中に飛び込んだ。
「貴女は私の大事な娘ですよ」
「瑠火さん大好きです!」
「俺だって瑠火が好きだー!」
私が瑠火さんに抱き着いた反対側から槇寿郎さんが瑠火さんに抱き着いている。チラリと槇寿郎さんを見れば「瑠火ぁ、俺の方が好きだぁ。ずっとそばに居てくれぇ」と呻いている。
「あらあら……、人気者ですね」
そんな両手に華(?)状態の瑠火さんを見て杏寿郎さんが立ち上がった。
「母上! 父上まで!」
「杏寿郎、そろそろお開きにしましょうか」
宴もたけなわ、確かにもういい時間だ。
「じゃあ片付けますね」
瑠火さんから体を離して片付けようとテーブルに手を伸ばしたら杏寿郎さんに引っ張られる。
「母上、申し訳ないですが父上含め後は任せてもいいでしょうか?」
「構いませんよ」
瑠火さんは微笑っているけど私的によくない。瑠火さんと一緒に片付けしたい。
「杏寿郎さん先に部屋に戻っていてくださ、」
「父上がああなってしまったから邪魔者は退散した方がいい。父上、母上おやすみなさい」
邪魔者とは? 槇寿郎さんは甘えるように瑠火さんに擦りついて今にも寝てしまいそうだけどそれと関係あるのかな?
それを確かめる術もなく、杏寿郎さんは私の手を掴んで挨拶をすると私を連行して部屋へと戻っていった。
* * *
部屋に戻り寝間着の浴衣に着替えていると杏寿郎さんが布団を敷いてくれていた。着替えも終わったから障子を開けて外の風を部屋に入れる。
「飲むといい」
渡された水を一気に飲んでふぅ、と息をつく。水の冷たさと夜風が気持ちよくて頭がすっきりしていく。
「君の酒癖は父上に似てきたな」
「んー? そうですか?」
「母上にすぐ抱き着く」
「だって瑠火さんの事好きなんですもん」
話を流しそうになったけど意図せず新しい情報を得てしまった。お酒を飲んでいるとき槇寿郎さんは割と静かだと思っていたけど、本来は今日みたいに瑠火さんに抱き着いているのか。それこそ杏寿郎さんの言うように“すぐ”に。
槇寿郎さんも私に対して徐々に素を見せ始めてくれているのかなと思ったら嬉しくてニコニコしてしまう。だけど杏寿郎さんにとっては面白くなかったみたい。
「君の旦那は誰なんだ?」
杏寿郎さんは私から空いたコップを受け取り部屋の机に置くと頬杖ついてジト目で見てくる。
「朝はネクタイで魅力を出そうと言ったが普段の俺は魅力がないのだろうか?」
杏寿郎さんもちょっと酔っ払っているのかな? 普段口にしない事を言い始めて、お酒を飲んだ時の癖が槇寿郎さんに似ているのは杏寿郎さんの方だと思う。
「皆がいる場では恥ずかしいと言っていたが母上はいいのか? しかも反対側とはいえ父上まで……」
「杏寿郎さん、拗ねてます?」
「拗ねてはいない! 多少モヤついているだけだ!」
それを世間では“拗ねている”と言うのだ。学校で十代後半の思春期真っ盛りの子たちに教鞭を振るっているとは思えない屁理屈じみた言葉にくすくすと笑ってしまう。
「いつまで経っても敬語は抜けないし……」
“千寿郎には普通の言葉遣いなのに”本人は小さい声で言っているつもりだけど基本の声量が大きいので丸聞こえだよ。拗ねている杏寿郎さんに愛しいしか表現する言葉が出てこない。
風を入れる為に開けた障子を閉めて私に背を向けてしまった杏寿郎さんに抱き着く。
「杏寿郎さん」
「……」
「どうすればモヤモヤ取れる?」
大きい子どもみたい――そう思っても口にはしない。言ったら最後、今日はもう口聞いてもらえなくなってしまう。
「ネクタイは杏寿郎さんの魅力をより引き出すためのただのアイテムだよ。ネクタイなんかしなくても私の旦那さまが一等格好いい」
「むぅ」
「瑠火さんや槇寿郎さん、千寿郎くんのこと好きだけどね」
「……」
「杏寿郎さんが一等好き」
「……ああ、俺も君が一等愛しい」
振り向いてくれた杏寿郎さんと鼻の頭を擦り合わせて目を合わせれば熱い瞳が私を射抜く。外の陽が落ちてもこの人の眼にはずっと太陽があって私を照らしてくれる。
「ん、」
予定調和のように何も言わずに唇を合わせれば杏寿郎さんの舌が私の唇を舐める。朝のように軽いものではなく、早く口を開けろと言わんばかりの催促する舐め方。
手は私の浴衣を脱がそうと脇腹あたりの帯をやんわりさすってくる。片目を開けて杏寿郎さんを見たらバッチリ目が合った。
「目、閉じないの?」
「見ていたい」
飾らない、真っ直ぐな言葉は陽だまりどころではなく灼熱だ。この熱に溶かされるように杏寿郎さんの唇を私から舐める。
「じゃあ、ずっと見ててね。私も見ていてもらえるように頑張るから」
二人で笑って舌を絡めるキスをしながら脱がせ合いをして布団に倒れ込む。
今日も明日も、日を重ねて募る想いはいつか溢れてしまうのではないかと思う。
それなのに募る想いに比例して想いを受け止めてくれる器は大きくなりまだまだ足りないと言ってくる。
だから私は今日も明日も貴方への想いを募らせ渡すから。
拙い言葉と精一杯の行動で。
そしていつか生まれる私たちの子どもにも繋げようね。
このひだまりの家の暖かさを。
部屋に戻り寝間着の浴衣に着替えていると杏寿郎さんが布団を敷いてくれていた。着替えも終わったから障子を開けて外の風を部屋に入れる。
「飲むといい」
渡された水を一気に飲んでふぅ、と息をつく。水の冷たさと夜風が気持ちよくて頭がすっきりしていく。
「君の酒癖は父上に似てきたな」
「んー? そうですか?」
「母上にすぐ抱き着く」
「だって瑠火さんの事好きなんですもん」
話を流しそうになったけど意図せず新しい情報を得てしまった。お酒を飲んでいるとき槇寿郎さんは割と静かだと思っていたけど、本来は今日みたいに瑠火さんに抱き着いているのか。それこそ杏寿郎さんの言うように“すぐ”に。
槇寿郎さんも私に対して徐々に素を見せ始めてくれているのかなと思ったら嬉しくてニコニコしてしまう。だけど杏寿郎さんにとっては面白くなかったみたい。
「君の旦那は誰なんだ?」
杏寿郎さんは私から空いたコップを受け取り部屋の机に置くと頬杖ついてジト目で見てくる。
「朝はネクタイで魅力を出そうと言ったが普段の俺は魅力がないのだろうか?」
杏寿郎さんもちょっと酔っ払っているのかな? 普段口にしない事を言い始めて、お酒を飲んだ時の癖が槇寿郎さんに似ているのは杏寿郎さんの方だと思う。
「皆がいる場では恥ずかしいと言っていたが母上はいいのか? しかも反対側とはいえ父上まで……」
「杏寿郎さん、拗ねてます?」
「拗ねてはいない! 多少モヤついているだけだ!」
それを世間では“拗ねている”と言うのだ。学校で十代後半の思春期真っ盛りの子たちに教鞭を振るっているとは思えない屁理屈じみた言葉にくすくすと笑ってしまう。
「いつまで経っても敬語は抜けないし……」
“千寿郎には普通の言葉遣いなのに”本人は小さい声で言っているつもりだけど基本の声量が大きいので丸聞こえだよ。拗ねている杏寿郎さんに愛しいしか表現する言葉が出てこない。
風を入れる為に開けた障子を閉めて私に背を向けてしまった杏寿郎さんに抱き着く。
「杏寿郎さん」
「……」
「どうすればモヤモヤ取れる?」
大きい子どもみたい――そう思っても口にはしない。言ったら最後、今日はもう口聞いてもらえなくなってしまう。
「ネクタイは杏寿郎さんの魅力をより引き出すためのただのアイテムだよ。ネクタイなんかしなくても私の旦那さまが一等格好いい」
「むぅ」
「瑠火さんや槇寿郎さん、千寿郎くんのこと好きだけどね」
「……」
「杏寿郎さんが一等好き」
「……ああ、俺も君が一等愛しい」
振り向いてくれた杏寿郎さんと鼻の頭を擦り合わせて目を合わせれば熱い瞳が私を射抜く。外の陽が落ちてもこの人の眼にはずっと太陽があって私を照らしてくれる。
「ん、」
予定調和のように何も言わずに唇を合わせれば杏寿郎さんの舌が私の唇を舐める。朝のように軽いものではなく、早く口を開けろと言わんばかりの催促する舐め方。
手は私の浴衣を脱がそうと脇腹あたりの帯をやんわりさすってくる。片目を開けて杏寿郎さんを見たらバッチリ目が合った。
「目、閉じないの?」
「見ていたい」
飾らない、真っ直ぐな言葉は陽だまりどころではなく灼熱だ。この熱に溶かされるように杏寿郎さんの唇を私から舐める。
「じゃあ、ずっと見ててね。私も見ていてもらえるように頑張るから」
二人で笑って舌を絡めるキスをしながら脱がせ合いをして布団に倒れ込む。
今日も明日も、日を重ねて募る想いはいつか溢れてしまうのではないかと思う。
それなのに募る想いに比例して想いを受け止めてくれる器は大きくなりまだまだ足りないと言ってくる。
だから私は今日も明日も貴方への想いを募らせ渡すから。
拙い言葉と精一杯の行動で。
そしていつか生まれる私たちの子どもにも繋げようね。
このひだまりの家の暖かさを。