― ごっこ遊び ―

レノ/タークス後輩

 暇でスラム街を視察と称してブラブラしていると屋台からラーメンのいい匂いがして途端に腹の虫が鳴った。
 これも視察だぞ、と屋台の暖簾をくぐると俺と同じ黒のスーツを来た馬鹿な後輩が呑気にラーメンを啜っている。

「あー! レノ先輩〜」
「……オヤジ、ラーメン1つ」

 席をできる限り空けて掛けられた声を無視して注文をすると席を詰めてきやがった。

「ここのラーメン美味しい、って評判なんですよー」

 俺の態度を気にも止めずに喋るこいつの手元には餃子とメンマ、瓶ビールが既に何本か空になっている。
 こいつのチョイスはおっさんかよ……。

「私はここのラーメン食べ尽くしたので!」
「何も言ってねーぞ、と」

 何か喋っているが適当に相槌をしている内にラーメンが出てきて、ズルズルと音を立てて食べ始める。
 まあ確かに美味いな。
 あっという間に食べ終えてふと静かになっている横を見ると、うつらうつらとし始めている馬鹿がいた。 ここで寝るとかこいつ本当にタークスか?
 馬鹿の手に握られているグラスを奪い残ったビールを飲み干し頭を叩く。

「起きろ」

 んが、なんて間抜けな声を出して顔を上げるこいつに頭が痛くなった。

「ごちそーさん」

 屋台のオヤジにギルを払って来たときと同じように暖簾をくぐり出ると後ろから気配を感じる。

「待ってくださいよー」

 若干早足になっているのに何食わぬ顔で横に並ぶこいつに舌打ちが出た。

「付いてくんなよ、と」
「私もこっちなんでーす」

 また舌打ちをしながら煙草に火を点けて仕方なく左隣を歩く。
 ふんふんと呑気に鼻歌を唄いながら歩くこいつの右手は何かを持っていて、ちらちら視界に入るのを気にしていたら俺の視線に気付いたのか馬鹿はそれを持ち上げ俺に見せてきた。

「ラーメン屋入る前雨降ってたから買ったんですよ」
「へー」

 興味なく返事をすると馬鹿は「あ、」と声を出して一瞬動きを止め、瞬間何かが風を切る。

「あ? ――っ! ……っぶね」
「レノ先輩の真似ー」

 何かを寸前で避けた俺の目の前には、折り畳み傘を持った馬鹿な後輩がご丁寧に右手から左手に持ち替えてドヤっていた。
 ……いい度胸だぞ、と。

「当ててみろよ、と」

 煙草を咥えたまま顎をくい、っと上げて挑発すると目の前のこいつは慌てて構える。
 お、割とイイ目つき。
 
 街灯の少ない道端で必死に傘を振り回す後輩とそれを避ける俺。
 暫くこいつの攻撃を躱しているとデジャヴを感じた。

「っはあ、…は」

 息も絶え絶えになっているこいつの攻撃はまだ当たっていない。

「おかしいな……? いつもここでこうして……」

 何やらブツブツ独り言を言っているこいつの動きを反芻すると答えが見えてきた。

「……なあ、それもしかして俺の真似か?」
「っ! 分かりますか!」

 おいおい、何でそんな嬉しそうなんだよ。犬みたいな尻尾が見えそうだ。

「いつもレノ先輩の動き見てたんですよー。速くてスマートだな、って」

 ……ふうん、いつも見てた、ねえ。俺の動きのパターンを真似できる程に、ねえ。

 ニヤリと意味深に笑うと続行と勘違いしたのかまた攻撃を仕掛けてきた。
 それを最小限の動きで避けてプッ、と煙草を吹き出す。

「のわっ!」

 煙草を吹き出されて一瞬動揺するが直ぐに体制を立て直した。
 悪くない動き。だが――。

「遅いぞ、と」

 背後に回って手刀を一つ。折り畳み傘は呆気なく地面へと落ちて勝負あり。

「いたたっ」

 地面に落ちた傘を拾おうとしゃがんだこいつの前に周り込み同じようにしゃがんで目線を合わせる。

「負けちゃいましたー」

 全然悔しくなさそうに言うこいつに片眉をあげた。

「やっぱりレノ先輩の動きスマートで格好いいですね」

 お仕置きと言う名のいたずらを思いついた俺はへらりと笑うこいつの頭を引き寄せでこを付けて鼻を擦り合わせ、少しでも動けば唇が重なりそうなところで目を合わせた。

「そのまま俺だけ見てろよ、と」

 そう言って重なりそうな唇の距離をゼロにして離れるとポカンとした顔。
 みるみる顔が赤くなって「了解です」なんてか細い声でイイ顔してるけどお前、ニンニク臭えぞ、と。

初出:2020/07/19
折り畳み傘はれのごっこするのに最適なアイテムだと思う