― 乙女の憧れ ―
2年後くらいの時間軸。「俺じゃ駄目」かを言いたくて
誰が音頭を取ったのか集まって飲むぞ、の話があがりエッジにあるセブンスヘブンへ向かう。
店の扉を開けると集まりつつある途中なのかまだ店内は比較的静かだ。
私はこの人達と旅をした事は一度もない。
顔見知りになってこうしてセブンスヘブンに足を踏み入れるのは私の膝の上にちょこんと鎮座する――ケット・シーを連れてくる事が度々あるためだ。
神羅カンパニーの時代から彼の元で働いている。街の発展に真摯に取り組む姿、週末は飲みに連れて行ってくれて会社とはまた違う一面を見せながら話す彼に好意を抱くのに時間はそうかからなかった。
星の危機が訪れると流石に飲みに行くことはなくなってしまったけれどWROを設立した際に「私ともう一度働いてくれませんか?」なんて言われて二つ返事で了承した。
肩書が統括から局長と最高位になり忙しく働く彼に自由な時間はないに等しい。内外問わず呼び出されては本部に居ることなんてほとんどない。
今日の集まりの号令に関してもティファからの連絡でどうにか来れないかと相談を受けて初めて知ったぐらいだ。
お店までは私が連れてきたけど店内ではケット・シーは自由に歩き回っては皆と喋っている。
……各地の治安の情報でも集めているんだろうな。
こんな場でさえ真面目な彼に苦笑いと、そんな彼がやっぱり好きだと思いお酒を喉に流し込みながら眺めた。
騒がしい時間はあっという間でポツリポツリと皆また自分の居場所へ帰っていく。
「ボク達も帰りましょか」
ケット・シーが私の所へ来て帰りを促してきたので席を立ち上がった。
「夜も遅い……送ろう」
いつも送ってくれるヴィンセントさんがこちらに寄ってくる。
いつも送ってくれるのが申し訳なくて今日は近くに宿を取っていた。けれどいくら近いと言っても夜道に誰かが居ると助かるな。
そう思ってお願いします、と返事をしようとしたら視界を遮る可愛い前足。
「ボクがおるんで大丈夫ですわ」
ヴィンセントさんはじっとケット・シーを見たあと「焦れったいものだな」とよく分からない言葉を残して退いていった。
結局一人?で帰ることになって少ない灯りの元ケット・シーを腕に抱いて歩いていると公園の街灯に照らされたベンチが目に入る。
火照った顔を冷やしたいのもありケット・シーにちょっと休まないかと提案したら何やら渋りながらも了承してくれた。
「風が冷たくて気持ちいいですね」
急激に体が冷えていってぶるりと震えた体はケット・シーにも伝わったようで膝の上で座りながら私を見上げてくる。
「ボクが暖めましょか?」
言葉のイントネーションのせいか緩い雰囲気になりケット・シーを後ろからギューッとした。ふわふわの猫っ毛が優しく私を撫でて「熱烈ですなぁ」なんて言葉も心をほっこりさせる。
「ケット・シーも好きですよ」
「……何や他にぎゅーしたい相手がおる感じですな?」
思わず漏れた言葉は消えることなく拾われてしまった。
「そうですね。その人はいつも皆の事を第一に考えてくれる働き者なんですよ」
「……どんな人か教えてもろても?」
「年上で、髭を生やしていて、男前な顔立ちで優しくて困り顔がとても可愛いんです」
貴方の事ですよ、とは流石に言えず当たり障りない情報を口にする。
「随分惚気けますなぁ」
「惚気じゃなくて本当の事ですもん」
「……中々会うてくれへんのですか?」
「会ってくれる、とかの関係じゃないので……」
「片想いっちゅーやつですか?」
まさかケット・シー越しに本人の話をしているとはあの人も思わないだろう。無言は肯定の証だと分かっているけどむう、とケット・シーを抱き締めながら彼を思い浮かべた。
「でももう潮時かもしれないです」
本当に潮時かもしれない。最近はケット・シーをどこかへ連れて行ったりする時くらいしか呼び出されないし世間話もほとんど出来ない。
……そもそも業務だし。
玉砕覚悟で告白するなんて青い感情はとっくにない。
「ほなら……」
その時ジャリ、と砂を踏む音が後ろから聞こえてひゅっ、と息が止まった気がした。
何か、後ろにいる。怖い怖い怖い。どうしよう。
ケット・シーはもう何も言ってくれなくて更に強く抱きしめて目を瞑って助けて、と頭の中はやっぱりあの人で占拠される。
「私では……駄目でしょうか?」
恋い焦がれている声と嗅ぎ慣れたムスクの匂いに包まれて怖い気持ちが一瞬で霧散した。
私はケット・シーを後ろから抱きかかえていて。その私を後ろから抱き込んでいるのは――。
「女性が一人夜の公園に居るものではありませんよ」
「局、長……?」
「はあ……、ケット・シーに発信機を付けておいて良かったです」
「何で、ここに?」
「最近、ちゃんと話ができていなかったので仕事を終わらせて来てみればケット・シーに恋愛相談を始めているし」
え? 急に何? 頭の中が追いつかない。
「でももう諦めると言うなら……」
ぐっと抱き込まれている腕に力がこもる。
「私じゃ駄目でしょうか?」
駄目でしょうかも何も……。
「どういう、意味でしょうか?」
さっきとは別の怖さが出てきて決定的な言葉がないと先に進めない。
「あんさんが好きってことや!」
今度は後ろからではなく前から愛らしい声が聞こえてきた。
「……肝心な言葉は直接聞きたいです」
暫くちゃんと話せていなかったけど分かる。
きっと困ったように眉を下げて可愛い顔をしている筈。
本人の口からちゃんと聞けたら私も言おう。
ずっと秘めていた大切な言葉を。
「あなたを……慕っています」
長い長い沈黙の後にぼそりと呟かれた言葉。
それに応えたくて抱いているケット・シーと共に後ろを向こうとしたのに緩まない局長の腕の力。
「そっち向きたいです」
「……あきまへん」
後ろから聞こえてくる声のイントネーションに違和感を覚える。
素の喋り方とごちゃまぜになってきてる?
後ろを向けないと諦めた私はそれならと膝の上にいる子に話しけることにした。
長い間一緒に働いてきたから押し時も心得ているつもりだ。
「じゃあケット、伝えてくれる?」
ケット・シーをくるんと回転させて私と向かい合わせにすると、前と後ろからゴクリと唾を飲む音が聞こえて可笑しくなる。
「私の好きな人はね、折角告白してくれたのに返事も言わせてくれないとても恥ずかしがり屋さんなの」
ぴくりと腕が動く。
「仕事に対してとても誠実でエンジニアとしては皆の憧れの人」
腕の力が緩んだ。もうちょっと……。
「WROに直に誘ってくれた時、凄く嬉しかったんですよ」
膝の上のケット・シーが口に手を当てている。
ケット・シーに感情乗せ過ぎ。どこまでシンクロするんだろう。もうそんな彼が可愛くて私の口元が緩む。彼に負けじと私も感情の溢れが止まらない。きっと彼にも私のこの顔はケット・シー越しに見られているはず。
「ずっとお慕いしています……リーブさん」
後ろに本人がいるのにケット・シーに告白している変な構図なんて思っていたらまた強く抱き竦められる。
「……夢のようです」
私がするべき筈の反応や台詞を尽く持っていくリーブさんに最早苦笑しか出ない。
いつまでもこの体制はリーブさんの腰に響きそうで一先ず隣に座ってくださいと促した。
「はあ。お恥ずかしいところをお見せしました」
二人並んでベンチに座って、ケット・シーは変わらず私の膝の上にちょこんと鎮座しているが今はもう言葉を紡がない。
「ふふ、前も後ろも可愛かったですよ」
本音を言えば後ろにいた可愛い人を見たかったけどそれはこれからきっといくらでも見れるはず。
ぽつりぽつりと会話をしていると夜風でまた体が震えたのでケット・シーをぎゅっと抱き締める。
「そういえば……彼に何度か上着を借りていましたね?」
彼とは? ヴィンセントさんの事だろうか? 確かにセブンスヘブンに集まったりした時は大体ヴィンセントさんが送ってくれて寒い日は気を遣って上着を貸してくれたりしたけど何で知って――と、膝の上に座っている子を見る。
帰り際は何も喋らないから気にしてなかったけど、会話を聞いたりしていたのか。
リーブさんは居心地悪そうに難しい顔をしながら自分のジャケットを脱ぐとそのまま私に掛けてくれた。
脱いだばかりでリーブさんの温もりがそのまま伝わって来る。ジャケットに残るムスクの香りも相まって後ろから抱きしめらているのとはまた違う包まれ方が自分の心拍数が跳ね上がった。
「これからは私のだけ羽織るようにしてください」
「へ?」
「いいですね?」
逆上せた頭でこくりと頷くと「よろしい」と言って頭を撫でられる。優しいいつもの笑顔のはずなのに怖く感じるのは辺りが暗いせいにしておこう。
「では、参りましょうか」
ベンチからリーブさんが立ち上がる。
夜もだいぶ更けてきたしもう帰るのか。
折角久し振りに話せて恋人の関係になったのに寂しいな。でも明日も早いだろうし。
差し出してくれたリーブさんの手を取り私もベンチから立ち上がった。
「……貴方にはだいぶ大きいようですね」
リーブさんは私のジャケット姿を顎に手を当て、まじまじ見ながら呟く。ジャケットは肩幅が全然合っていないから裾は太もも近辺までだらりと垂れ下がっていた。
「今日は近くに宿を取っているんです」
「明日はエッジでお仕事なんですか?」
本部のあるジュノンに戻らないならエッジか若しくはここから近い場所で仕事なのだろう。
「まあそんなところです。ですがどこもシングルは満室でして……ダブルしか空いていなかったんですよ」
「広いベッド独占ですね」
疲れているだろうからせめて寝るときは気持ち良く寝てもらいたいものだ。そう考えていたら羽織ったままの彼のジャケットごと肩を引き寄せられる。
「貴方の部屋の無断キャンセルは経費で落としましょう」
「え?」
「明るい場所で私のジャケット羽織っている姿見せていただけませんか?」
それって……。
「今日は一緒のベッドで寝ましょう」
誘い文句のオンパレードに頭が爆発しそう。
一緒に居たいのは本音だからさっきよりもぎこちなく頷く私。
「言質取りましたよ?」
リーブさんはそんな私を見て満足そうに笑うと身を屈めて触れるだけのキスをしてきた。
ずっと憧れていた優しい笑顔だけど。
ちょっと今日は……身が持たないかもしれない。
初出:2020/07/26
バックハグ祭。ケット・シー可愛い