― 指相撲 ―

恋人同士/なんちゃって手っくす

 イリーナと腕まくりをして机越しに目を合わせお互いに挑発し合う。

「レディ……ファイッ!」

 イリーナ自身の掛け声で始まる勝負。

「んぐぐっ」

 顔を真っ赤にするイリーナ可愛いなぁ、頑張れ。ほのぼのとした気持ちで見ていたら睨まれてしまった。

「ちょ! 真面目にやってくださいよ!」
「ごめんごめん」
「んんんぐうううう!」

 謝ってみたけど効果は全然ないようで、顔を真っ赤にして腕に力を込めていくイリーナ。

「……何してるんだ、と」

 レノとルードが2週間ほどの任務を終えてオフィスに戻ってくるなり私達の状況にツッコんできた。

「見て分かるでしょ? 腕相撲」
「キャットファイトでもしてんのかと思ったぞ、と」
「私とイリーナのキャットファイトなんて観て誰が喜ぶのよ」
「俺」
「物好きね」
「ぐうううぅぅぅうう!」

 イリーナはレノの言葉なんて完全無視で私の腕を倒そうと躍起になっている。

「……それぐらいにしておけ。血管がヤバそうだ」

 ルードの一言にイリーナを見ると、額の血管がくっきり浮かんでいて確かにそろそろヤバそう。

「はい、また出直しておいでー」

 自分の右腕に力を入れイリーナの腕を倒して勝負あり。

「負けたー! 先輩相変わらず強いすね。全然動かなかったっす」
「ちゃんとトレーニングしているからね。でもイリーナも前より力ついたんじゃない?」

 自分の手首の具合を確認しながら成長具合を褒めると花開くように笑うイリーナに癒やされる。

「俺ともやろうぜ」

 イリーナの頭を撫でて愛でタイムを堪能していたら割り込むようにレノが腕まくりしながら近寄ってきた。
 惜しげもなく見える腕は服の上からじゃ分からない程たくましくて、グローブからちらりと覗く手首、そして肘にかけて浮き出た血管は蠱惑的に私の視線を奪う。

「いやいや、流石に男の力には敵わないよ」
「指相撲ならいけるんじゃないですか⁉ 親指のスピード対決っす!」

 イリーナが私の横でいいこと思いつきました的に言うけど、いや、親指のスピード対決って……。

「お、いいなそれ。俺のスピードに勝てるかな、と」

 指ぬきグローブを外しながら右手を差し出すレノにさっきの腕の男らしさが脳裏を過り、触りたいと女の本能が私に囁く。

「いいけど、利き手左じゃないの?」
「ハンデだぞ、と」

 顎を上げて挑発するレノに一瞬で女の本能なんて吹っ飛んで負けず嫌いが盛大に働いた。

「利き手じゃないからって後で泣いても知らないから」

 鼻息荒くレノと手を組むとイリーナが咳払いを一つ。

「お二人ともいいっすか? レディ……ファイッ!」

 ……お互い相手の出方を見ているようで全然動かない。
 たまに挑発するように親指の第一関節をくい、と曲げても何も反応しないレノに行儀悪く舌打ちが出る。
 レノのしたり顔を見るとつい挑発に乗りそうで手元を見ることに集中した。

「爪、ちゃんと整えているのね」
「男の嗜みだからな」
「嗜み?」
「爪長いと女の子に指入れられねーだろ」
「先輩サイテーです!」
「お子ちゃまにはまだ早い話だぞー、と」

 嘲笑いながらイリーナを見るレノに溜息が出る。

「……イリーナ、勝負は長引きそうだ。コーヒーでも買いに行くぞ」

 ルードがイリーナを連れて出ていくとオフィスに二人っきり――二週間ぶりの二人きり。

「やっと二人きりになれたぞ、と」
「ん」

 イリーナに見えない角度でレノの小指がさっきから私の小指を触れるか触れないかのところで撫でてくるから正直勝負どころじゃなくなっていた。

「相変わらず肌やわらけーしすべすべしてんな」
「お手入れしてますから」
「へー」
「女の嗜みってやつ?」
「何だそれ?」
「男のモノを握るのにカサついた手だとどこかの誰かさん萎えちゃうでしょ?」
「ふーん……」

 何度かぎゅむ、と握り込まれると人差し指が伸びてきて指の腹で擦られ時折短く切り揃えられた爪で甘く引っ掻かれる。

「なあ、任務頑張った俺に女の嗜みのご褒美くれよ、と」

 小指では分かりづらかったけど人差し指が動くと指の付け根の骨が一緒に動くのも見える。
 華奢に見える手だけど手の甲に浮く血管も手首に向かう骨もとても綺麗でさっきの腕と相俟って酷く官能的に見えてしまう私は欲求不満なんだろうか。

「っん。ちょっと、今勝負の最中でしょ」
「いやいや、お手々繋いでイチャツイているだけだぞ、と」

 親指の腹同士を合わせて一度撫でると手を解き私の手に被せてきた。
 長いレノの指が私の手首をなぞり手の甲を這い指の間にまた爪を立ててくる。
 何度かそれを繰り返すとゆっくり指の節を擦り合わせるように絡めて握り合い、お互いの手の温度が融解して一つに繋がる錯覚に陥って思わず熱い息が口から溢れた。

「お前の手も好きだけどな……お前が触るから気持ちいーんだぞ、と」

 私と目を合わせて話すレノは何だか楽しそう。

「あいつらが戻ってくるまではこのまま、な?」

 久し振りのレノと指の戯れ。
 またここが騒がしくなるまではレノの言うように手だけでレノを感じよう。

初出:2020/08/01