― かげむすび ―
幼馴染な2人
私を挟んで右にはお姉ちゃん。左には隣に住むお姉ちゃんと同い年の男の子。
公園から帰る夕焼けの帰り道は仲良く一つに繋がった影が長く伸びている。
「ずっと繋いでてね」
いつまでもこの世界は変わらないなんて思っていたのは子どものときだけだ。
* * *
「私、結婚するの」
久し振りに逢う姉は照れくさそうに嬉しそうに私に報告してくれた。
「おめでとう。お姉ちゃんの……結婚相手ってさ、もしかしてツォン兄?」
「ええ? 何でツォンなの? 全然違う人だよ」
ケラケラと笑いながら今度その人も連れてゆっくりご飯でも食べようね、なんて言って別れた金曜の夜。
帰り道私は急いで幼馴染に休みの予定を取り次ぐメッセージを送った。
しばらく経った休日の朝、気持ち良く惰眠を貪っていたのに鳴り止まない電話に手を伸ばして通話ボタンをタップする。
「今部屋の前だ、起きろ」
電話相手は一方的に言うだけ言うとぶつりと終話を告げる。
耳元で聞く声と言葉で完全に覚醒した私は急いで玄関の鍵を開けた。
「ツォン兄! ごめん! おはよう! 急いで準備するから中で待ってて!」
「……そんな格好で外に出るな。玄関の外に居るのが俺じゃなかったらどうする」
寝起きのキャミソール短パン姿のまま出ると早速小言を言われる。
「ツォン兄って分かってたし」
「そうだとしても一度ちゃんと確認しろ」
小さい時から姉より私に構ってくれていたツォン兄は基本は優しいが、こういった身なりだったり異性への接し方はとても厳しい。
昔から私が男の子と遊んでいると小煩く言ってくる癖は今も健在だ。
終わらないお説教が始まってしまうと察して早く準備して外へ出ようとバタバタと準備を始める私を見て、小言を辞めてくれたツォン兄は、勝手知ったる顔でコーヒーを淹れるとリビングでくつろぎ始める。
洗面所と自分の部屋を行き来しながらそんなツォン兄を盗み見ると、いつもピンと伸びている背筋を少し緩めて目を伏せながらコーヒーを飲んでいた。
小さいときからこんな格好良い人が傍にいるのに好きにならないわけがない。
――例え敵わないとしても、だ。
「お待たせ」
彼が小言を言わないギリギリのラインの服装でリビングに戻ると上から下までチェックが入る。
「……行くか」
何も言わずに立ち上がるツォン兄の態度に服装は合格だと一安心。
我ながらよく躾けられていると自分に笑ってしまうがしょうがない。
好きな人にはやっぱりいい印象を持たれたい。
お姉ちゃんの結婚祝いの品を買いに行くため私たちは部屋を後にした。
***
雑貨屋やアクセサリーショップなど目につく店に入っては商品を見て、ツォン兄はそれに文句の一つも言わずに一緒に選んでくれたり意見をくれたりする。
「あ、これお姉ちゃん好きそう」
「そうだな」
そう言って彼が手に取ったネックレスのペンダントトップは私が見ているのとは違うもの。
「そっちはお姉ちゃんの好みじゃなくない?」
「お前はこっちの色が好きだろ」
「好きだけど、何で?」
「自分のも買うんだろ?」
お姉ちゃんのを選ぶついでに自分のも買おうとしていた事が筒抜けな事に恥ずかしくてちょっとだけ面映い。
「買う。選んでくれてありがと……」
行動パターンも好きなデザインや色もお見通しのツォン兄にか細くお礼を言う。
買うものも買って散歩がてら公園を歩いていると路肩にあるワゴンカーが目に入った。
「ねえ、あそこでコーヒー買って少し休もう」
「待っていろ」
返事を聞く前にワゴンカーへ向かっていくツォン兄を見送りながらふと足元を見る。
“影、遠くなっちゃった……”
小さい頃は一つに繋がっていた影は年を重ねる内にぶつりと切れていった。
私の影よりお姉ちゃんの影に近い彼の影に、お姉ちゃんが好きなんだって寂しく感じたのを覚えている。
徐々によそよそしくなる彼に対して、ツォン兄に恋心を抱いていたって気付いて同時に失恋もしたんだと思ったんだっけ。
私が社会人になる頃に連絡が来て忙しい彼の休みが合えばご飯を食べたり買い物したり、今の状況に期待してしまうのは仕方ない事だと思う。
恋人になれないならいつまでも手間のかかる幼馴染のままでもいいかなんて思ったり、それじゃ足りないと欲が顔を覗かせたり心の中はいつも忙しい。
「あ!」
なんとなく物思いに耽っていると大きな声で現実に戻された。
声の元へ顔を向けると会社の同僚が手を振りながら歩いてくる。
「偶然! どうしたの? 買い物?」
「そんなところ」
「何してんの?」
「お姉ちゃんの結婚祝いを……」
「俺も手伝おうか? 贈り物選ぶの得意だぜ」
「いや、大丈……」
「結構だ」
同僚と私の間を遮るように手が伸びて会話を中断させたと思ったら肩を掴まれ引き寄せられて息が止まる。
「……えーと? デート中だった?」
「見てわからないか?」
同僚とツォン兄が会話をしているが私はそれどころじゃない。
胸元に顔を埋める形になって頭の中が混乱する。
ちょっとこれは、心臓に悪い。顔絶対赤い。恥ずかしくて離してほしいけどツォン兄の香りが濃くなってもっと感じていたい。
1人悶々と考えていたらツォン兄と同僚の人の会話はいつの間にか終わっていたようで「また会社でゆっくり聞かせてくれよ」って言いながら去っていった。
「会社で説明しなきゃ」
「何て言うつもりだ」
「幼馴染……お姉ちゃんの」
「お前も幼馴染だろう」
「うん、まあ何となく。ごめん」
「……で?」
「で? って?」
少し顔を上げてツォン兄の顔を下から覗くが眉間の皺が怖い。
「あの男が好きなのか?」
顎をくい、と振り指すのは去っていった会社の同僚。
「本当にただの同僚だよ」
「お前はそう思っているだけだろう。いいか、ああやって会社の外にも関わらず見かけて声を掛けてくるのは――」
また始まった。こういう男は駄目だ、ああいう男は将来痛い目を見る、とか数え出したらきりがない。
ツォン兄の言う事全てを適える男性なんてそうそういない。強いて言えば目の前の彼ぐらいしかいないのに。それを本人は分かっているのだろうか。
引き寄せられたままの肩を押しのけついでに買ってきてくれたコーヒーも奪い取る。
「私の事は大丈夫だから! それよりツォン兄はいいの?」
「何がだ?」
「お姉ちゃんの結婚」
「めでたいな」
「……それだけ?」
「あいつから聞いたが結婚相手が俺かと聞いたらしいな」
「付き合ってたんじゃないの?」
「何か誤解しているようだが付き合ってない」
「じゃあ……好きだった?」
聞くのが怖くてお姉ちゃんにさえ聞けなかった長年の疑問を口にしたら喉がカラカラと乾いてつばを飲み込んだ。
奪い取ったコーヒーは未だ摂取されることなく力が入った手に握られて汗をかいたプラスチック容器の中で揺蕩っている。
「それもない」
ため息をつきながらもばっさり切り捨てるような言い方は嘘をついていない。
お姉ちゃんと付き合っていなくて、好きじゃなかったのなら……期待の気持ちが一気に膨らんでくる。
「いい加減腹を括れと言われた」
「……」
「あいつは自分で幸せを掴んだ」
真っ直ぐ私を見るツォン兄から目を逸らせない。
「こんな事を言う柄じゃないが……お前の幸せは俺が作ってやりたい」
「ずっと妹だと思われていると思ってた」
「いつからか、妹以上に見ている自分に気付いた」
「だって、ツォン兄……急に冷たくなった」
「悪かった。距離の取り方が……分からなくなった」
「それなのに最近昔みたいには沢山逢ってくれて」
「少し、焦った」
頬にそっと手をかけられ距離が近付く。
「大人になっていくお前を見て……他の男がお前に近付くことに気が気じゃなかった」
離れていく影に寂しさを覚えたけど彼は戸惑っていたんだと知る。
小さい頃から知っていたけどまだ知らないことがたくさんある。これからもっと知っていく事が出来るといいな。
「ずっと、手を繋いでてくれる?」
「お前が俺の名前を呼んだらな」
「……ツォン兄って他に名前あるの?」
他に名前があるなんて本当に知らないことだらけだなんて考えていたら頬から頭へとツォン兄の手が移動した。
「俺はお前の兄じゃない。いつまでも兄だと思われていたら手が出せないんだが?」
昔から変わらない優しい笑みで頭を撫でられて影も心も距離を取り戻していく。
「ツォン――」
呼び方一つで世界が変わる。
恋い焦がれて待ち侘びた言葉とともに幼馴染から恋人へ。
離れていた影は結んで繋がって、今、重なった。
「私、結婚するの」
久し振りに逢う姉は照れくさそうに嬉しそうに私に報告してくれた。
「おめでとう。お姉ちゃんの……結婚相手ってさ、もしかしてツォン兄?」
「ええ? 何でツォンなの? 全然違う人だよ」
ケラケラと笑いながら今度その人も連れてゆっくりご飯でも食べようね、なんて言って別れた金曜の夜。
帰り道私は急いで幼馴染に休みの予定を取り次ぐメッセージを送った。
しばらく経った休日の朝、気持ち良く惰眠を貪っていたのに鳴り止まない電話に手を伸ばして通話ボタンをタップする。
「今部屋の前だ、起きろ」
電話相手は一方的に言うだけ言うとぶつりと終話を告げる。
耳元で聞く声と言葉で完全に覚醒した私は急いで玄関の鍵を開けた。
「ツォン兄! ごめん! おはよう! 急いで準備するから中で待ってて!」
「……そんな格好で外に出るな。玄関の外に居るのが俺じゃなかったらどうする」
寝起きのキャミソール短パン姿のまま出ると早速小言を言われる。
「ツォン兄って分かってたし」
「そうだとしても一度ちゃんと確認しろ」
小さい時から姉より私に構ってくれていたツォン兄は基本は優しいが、こういった身なりだったり異性への接し方はとても厳しい。
昔から私が男の子と遊んでいると小煩く言ってくる癖は今も健在だ。
終わらないお説教が始まってしまうと察して早く準備して外へ出ようとバタバタと準備を始める私を見て、小言を辞めてくれたツォン兄は、勝手知ったる顔でコーヒーを淹れるとリビングでくつろぎ始める。
洗面所と自分の部屋を行き来しながらそんなツォン兄を盗み見ると、いつもピンと伸びている背筋を少し緩めて目を伏せながらコーヒーを飲んでいた。
小さいときからこんな格好良い人が傍にいるのに好きにならないわけがない。
――例え敵わないとしても、だ。
「お待たせ」
彼が小言を言わないギリギリのラインの服装でリビングに戻ると上から下までチェックが入る。
「……行くか」
何も言わずに立ち上がるツォン兄の態度に服装は合格だと一安心。
我ながらよく躾けられていると自分に笑ってしまうがしょうがない。
好きな人にはやっぱりいい印象を持たれたい。
お姉ちゃんの結婚祝いの品を買いに行くため私たちは部屋を後にした。
***
雑貨屋やアクセサリーショップなど目につく店に入っては商品を見て、ツォン兄はそれに文句の一つも言わずに一緒に選んでくれたり意見をくれたりする。
「あ、これお姉ちゃん好きそう」
「そうだな」
そう言って彼が手に取ったネックレスのペンダントトップは私が見ているのとは違うもの。
「そっちはお姉ちゃんの好みじゃなくない?」
「お前はこっちの色が好きだろ」
「好きだけど、何で?」
「自分のも買うんだろ?」
お姉ちゃんのを選ぶついでに自分のも買おうとしていた事が筒抜けな事に恥ずかしくてちょっとだけ面映い。
「買う。選んでくれてありがと……」
行動パターンも好きなデザインや色もお見通しのツォン兄にか細くお礼を言う。
買うものも買って散歩がてら公園を歩いていると路肩にあるワゴンカーが目に入った。
「ねえ、あそこでコーヒー買って少し休もう」
「待っていろ」
返事を聞く前にワゴンカーへ向かっていくツォン兄を見送りながらふと足元を見る。
“影、遠くなっちゃった……”
小さい頃は一つに繋がっていた影は年を重ねる内にぶつりと切れていった。
私の影よりお姉ちゃんの影に近い彼の影に、お姉ちゃんが好きなんだって寂しく感じたのを覚えている。
徐々によそよそしくなる彼に対して、ツォン兄に恋心を抱いていたって気付いて同時に失恋もしたんだと思ったんだっけ。
私が社会人になる頃に連絡が来て忙しい彼の休みが合えばご飯を食べたり買い物したり、今の状況に期待してしまうのは仕方ない事だと思う。
恋人になれないならいつまでも手間のかかる幼馴染のままでもいいかなんて思ったり、それじゃ足りないと欲が顔を覗かせたり心の中はいつも忙しい。
「あ!」
なんとなく物思いに耽っていると大きな声で現実に戻された。
声の元へ顔を向けると会社の同僚が手を振りながら歩いてくる。
「偶然! どうしたの? 買い物?」
「そんなところ」
「何してんの?」
「お姉ちゃんの結婚祝いを……」
「俺も手伝おうか? 贈り物選ぶの得意だぜ」
「いや、大丈……」
「結構だ」
同僚と私の間を遮るように手が伸びて会話を中断させたと思ったら肩を掴まれ引き寄せられて息が止まる。
「……えーと? デート中だった?」
「見てわからないか?」
同僚とツォン兄が会話をしているが私はそれどころじゃない。
胸元に顔を埋める形になって頭の中が混乱する。
ちょっとこれは、心臓に悪い。顔絶対赤い。恥ずかしくて離してほしいけどツォン兄の香りが濃くなってもっと感じていたい。
1人悶々と考えていたらツォン兄と同僚の人の会話はいつの間にか終わっていたようで「また会社でゆっくり聞かせてくれよ」って言いながら去っていった。
「会社で説明しなきゃ」
「何て言うつもりだ」
「幼馴染……お姉ちゃんの」
「お前も幼馴染だろう」
「うん、まあ何となく。ごめん」
「……で?」
「で? って?」
少し顔を上げてツォン兄の顔を下から覗くが眉間の皺が怖い。
「あの男が好きなのか?」
顎をくい、と振り指すのは去っていった会社の同僚。
「本当にただの同僚だよ」
「お前はそう思っているだけだろう。いいか、ああやって会社の外にも関わらず見かけて声を掛けてくるのは――」
また始まった。こういう男は駄目だ、ああいう男は将来痛い目を見る、とか数え出したらきりがない。
ツォン兄の言う事全てを適える男性なんてそうそういない。強いて言えば目の前の彼ぐらいしかいないのに。それを本人は分かっているのだろうか。
引き寄せられたままの肩を押しのけついでに買ってきてくれたコーヒーも奪い取る。
「私の事は大丈夫だから! それよりツォン兄はいいの?」
「何がだ?」
「お姉ちゃんの結婚」
「めでたいな」
「……それだけ?」
「あいつから聞いたが結婚相手が俺かと聞いたらしいな」
「付き合ってたんじゃないの?」
「何か誤解しているようだが付き合ってない」
「じゃあ……好きだった?」
聞くのが怖くてお姉ちゃんにさえ聞けなかった長年の疑問を口にしたら喉がカラカラと乾いてつばを飲み込んだ。
奪い取ったコーヒーは未だ摂取されることなく力が入った手に握られて汗をかいたプラスチック容器の中で揺蕩っている。
「それもない」
ため息をつきながらもばっさり切り捨てるような言い方は嘘をついていない。
お姉ちゃんと付き合っていなくて、好きじゃなかったのなら……期待の気持ちが一気に膨らんでくる。
「いい加減腹を括れと言われた」
「……」
「あいつは自分で幸せを掴んだ」
真っ直ぐ私を見るツォン兄から目を逸らせない。
「こんな事を言う柄じゃないが……お前の幸せは俺が作ってやりたい」
「ずっと妹だと思われていると思ってた」
「いつからか、妹以上に見ている自分に気付いた」
「だって、ツォン兄……急に冷たくなった」
「悪かった。距離の取り方が……分からなくなった」
「それなのに最近昔みたいには沢山逢ってくれて」
「少し、焦った」
頬にそっと手をかけられ距離が近付く。
「大人になっていくお前を見て……他の男がお前に近付くことに気が気じゃなかった」
離れていく影に寂しさを覚えたけど彼は戸惑っていたんだと知る。
小さい頃から知っていたけどまだ知らないことがたくさんある。これからもっと知っていく事が出来るといいな。
「ずっと、手を繋いでてくれる?」
「お前が俺の名前を呼んだらな」
「……ツォン兄って他に名前あるの?」
他に名前があるなんて本当に知らないことだらけだなんて考えていたら頬から頭へとツォン兄の手が移動した。
「俺はお前の兄じゃない。いつまでも兄だと思われていたら手が出せないんだが?」
昔から変わらない優しい笑みで頭を撫でられて影も心も距離を取り戻していく。
「ツォン――」
呼び方一つで世界が変わる。
恋い焦がれて待ち侘びた言葉とともに幼馴染から恋人へ。
離れていた影は結んで繋がって、今、重なった。
初出:2020/09/26