― さよなら私の恋いつかまた ―
ウォールマーケットの一角で働く女の子の話
ウォールマーケットの中心から少し離れた路地裏にあるバーは比較的静かなところにある私の小さなお城。
賑やかな場所ではないからなかなか人は来ないけど、知ってしまえば足繁く通ってくる常連さんが多い。
ドン・コルネオの館で働くキャップを被った彼――レズリーも常連の一人。今日も私の店に来てウイスキーをソーダ割で飲みながら街であった出来事を話してくれる。
「……最近あのおばさんは来てるか?」
「おばさんって……また喧嘩になるよ?」
つまみを出しながら苦笑した。
以前彼曰く“おばさん”と呼び方についてそれはもう子どもかというツッコミをしたくなる口喧嘩をしていたのは記憶に新しい。確か最後は極上ならぬ極悪の手揉みを受けていたな。
「最近来てないかな。お店忙しいのかな?」
「さあな……。あんたは困るだろうけどゆっくり酒が呑めて俺はそっちのが助かる」
シロップ漬けしたリンゴとチーズを乗せたクラッカーを口に入れると「今日も美味いな」なんて薄く笑いながらさらっと褒めるからつい勘違いしそうになる。
あくまで店員と客だ。弁えろ自分、と咳払いをした。
今日は他にお客も来なくて二人だけの時間が流れている。いつまでもこの時間が続けばいいのになんてまた軽率な考えが頭をよぎって首を振っていたら店の扉に掛けているベルが来客を告げた。
「いらっしゃいませ」
「久し振りだね」
来店した人物を見て噂をすれば、と笑顔になる。
「マム! お久し振りです」
今名前を呼んだこの人もお店の常連さん。そして彼曰く“おばさん”と呼ばれている人物。
極悪の手揉みの洗礼を受けて懲りたのか本人の前では流石に言わなくなったけど。
レズリーから二つ席を空けて座るマムに泡少なめのビールを出す。マムはどんな時でも一杯目はビール。
「客はガキ一人かい?」
一口飲んで喉を潤すともう一人の常連に話を振るマム。
確かにレズリーはコッチ、ソッチの三人で来ることが多いけど最近一人でよく来る。これも私が軽率に勘違いしてしまう理由の一つでもあった。
「闘技場が忙しいんだろ」
「……」
少し口籠るレズリーに違和感を覚えるけどマムも口を挟んでこないしこの話題はちょっと様子見。
言わないってことは私には必要のない情報ってことだ。
私のレズリーに関する情報は割とイケメン、うちの店に来るときはお酒を飲みながらゆっくり話をしたい時、意外とよく喋る。ドン・コルネオの館で働いているけど本当の理由は――。
ビールを飲み終えたマムに二杯目を聞くと「ガキと同じのストレートで」と言われたのでレズリーに出しているロックグラスとは違うストレート用のグラスを出す。
「そういえば最近ウォールマーケット全体がお祭りみたいに騒がしかったけど何かあった?」
昼過ぎから仕込みで店に籠もりっきりの私は外が騒がしいなくらいで何があったのかはお客さんからの情報でしか分からない。
レズリーからはそういった話が出てこなかったからマムなら何か知っているかもしれない。
「女一人助け出すために馬鹿が暴れに来てたのさ」
「……」
グラスの底を回すようにしてウイスキーの薫りを堪能するとそのまま喉に流し込み笑うマムとは対象的に、レズリーの顔が強張った。
「何か……あったみたい、だね?」
「……」
こうやってお店で色々な人と関わっていると向き合い方も見えてくる。
切っ掛けさえあれば喋りそうだなと思ってロックグラスに氷とウイスキーを足してお酒を促した。
こんな時お酒の力は偉大だ。
案の定注いだウイスキーを煽ると意を決したようにレズリーは喋り出す。
「コルネオ様……いや、コルネオが行方をくらました」
「え!?」
「コルネオがいないと……俺の目的が……」
「どーせどっか近くに隠れてるだろーよ」
マムの興味ないような口調にレズリーが突っかかっていく。
「何故分かる?」
「あのブタのたーいせつなお宝達がそのままなんだろ? あいつがそれを放ってまで遠くに行くとは思えないね」
「今が探し出して目的を果たすチャンスじゃないの?」
「……」
思った事を口にしてみたけどレズリーはマムの言葉を反芻するように黙って考え込んでいる。
「何か心配でもあるの?」
最近街が騒がしかったのは誰かが街で暴れたせい。それでコルネオが姿を消した。
そこから想像できるのは、今コルネオは一人の可能性が高い。レズリーはコルネオの信頼を大分得ているし場所さえ分かれば近付くのは容易いはず。
「レズリー?」
「俺に……出来るのか……あいつを」
レズリーの事情を知らないマムが隣に居るけど、薄々気付いてる筈だから隠すことなく続ける。
「なんの為に嫌な人の館で働きだしたの?」
「そうなんだけどさ……」
キャップを目深に被るレズリーにどうしようもない気持ちが込み上げてきた。
「……今日は帰って」
「え?」
「帰って」
「は?」
「お代は今度でいいから」
レズリーの言葉に耳を貸さずにグラスを取り上げる。
「ちょっ」
「マムは来たばっかりだしそのまま居て大丈夫」
「ちょ、待てよ!」
「……ガキ、キンタマ付いてんのか」
レズリーの言葉に耳を傾けず矢継ぎ早に退店を促しているとマムが方肘ついてレズリーを見ながら口を挟んだからマムの言葉に続けて私も言葉を重ねた。
「大事な人の為にコルネオに近付いたんでしょ? 今がそのチャンスなんでしょ? 決めていた事に躊躇いとか持たないでよ。大事な人の想いを掬い取ってやろうって気概見せてよ」
勢いで出てしまった言葉はもう回収できない。普段なら弱音に乗っていたかもしれないけど彼の目的を知っているから。それを見過ごすなんて出来なかった。
「……」
「今日弱音を吐くために店に来たなら悪いけど出直して」
レズリーは一度大きく息を吐くとキャップを被り直す。
「今日はあんたに……言いたい事があって来たんだ」
「言いたい事?」
「弱音は悪かった。少し臆病になった。暫くココに来れなくなるから……」
ああ、そうか。彼はちゃんと目的を果たすと決めていたんだ。その後に大切な人を探しに行くことを。そしたら私が出来るのは背中を押すだけ。
「レズリー、目的を果たして彼女見つけたら、ちゃんと紹介してね。その時まで……お代はツケにしておくから」
さようならではなくて次の約束をさせて。そうすれば律儀な彼はきっとそれを守ろうとする。目的を果たす為の糧の一つにしてくれる。
そうやって何処かに小さな小さな爪跡を残そうとする邪な気持ちだけは許してくれと願うように真っ直ぐ彼を見据えて目は逸らさない。
「……分かった。必ず払いに来る」
ライトブラウンの瞳は揺れることなく真っ直ぐ見つめ返してくれた。
良かった。私の邪な気持ちに気付いていない。……それでいい。
「じゃあ……また、な」
短く言葉を切ると振り返ることなくレズリーは店を後にした。何だか巣立ちを見ている気分だ。
「マム、私……。この店でこうやって……色んな人の背中を押していきたい」
静かになった店内で彼が出ていった扉を見つめながらこの店を続けていきたい気持ちを漏らす。
「……この店はさ、静かに飲めるからとか、あんたの作る料理が美味しいもあるけどね。いいかい? 人は人に寄せられて来るんだよ」
片手をテーブルにつきながらウイスキーを口に含むマムを見た。
「こんな欲望だらけの街であんたの纏う雰囲気に皆魅せられて寄ってくるのさ」
レズリーが次にこの店を来るときはきっと隣には探していた人がいるはず。
その時私は笑って彼らを迎え入れられるように……うん、それまでに私も“次の”恋を見つけよう。
レズリーから取り上げたウイスキーをそのまま喉に流し込んで咽た。
少し涙が出たのは咽たからであって決して泣いてるわけじゃない。
まるで自分に言い聞かせるようにグラスに残ったウイスキーを見つめる。
「いい啖呵だったよ。あんたいい女になる。私が保障するよ」
マムの優しい声音に、涙が一滴グラスの中で跳ねた。
初出:2020/10/13
マムとお酒飲みたい