― 手をつないで帰ろう ―

夢主が不安定な話

 たまーに。本当にたまーに。
 誰にも知られることなく一人になりたい時がある。
 それは何でもない日の深夜だったり次の日の任務が重い時だったりまちまち。
 明日はレノの任務が朝早いからと早々に二人枕を並べてベッドに潜り他愛もない話をしながら束の間の平穏を噛み締めた。
 レノは段々と瞼を落としていきパタりと眠ってしまったけど私は何となく目が冴えて全然眠くならない。
 隣ですやすやと寝ているレノを起こさないようにそっと起き上がりベッドを抜け出す。
 上半身に何も纏わずに寝ているレノのお腹が冷えないようにタオルケットをしっかりかけながら起きていないのを確認して寝室を出た。

 リビングの椅子に掛けられているレノの真っ黒なパーカーを頭から被るとレノにはちょっとゆったりサイズなのに私だとビッグサイズになってしまう。丈が長くて膝近くまで隠れてしまった。
 これに短パンは流石によろしくない。怒られると自己判断して黒いスキニーデニムを履く。
 おお、真っ黒! なんていつも真っ黒なスーツに身を包んでいるのに纏うものが違うとテンションの上がり方も違った。
 折角ならとことん黒で行こうと、黒いサマーニット帽を被り黒いエナメルのハイカットスニーカーを履く。
 準備は完了、寝室からは起きている気配がしないから問題ないだろう。
 
「……ちょっと行ってきまーす」
 
 誰に聞かせるわけでもなくコソっとした声で言うと玄関の扉を開けて外へと出た。

* * *

 プレートの端を目指してひたすら歩く。
 少しずつ魔晄の明かりが息を潜め始め黒が広がりを見せてきた。真っ暗な闇に引き寄せられるように私は脇目も振らずに真っ直ぐ進む。
 明かりはまだ仄かに届いているけどこれ以上は進めないという所まで来て足を止め天を仰いだ。
 星は綺麗に瞬いているけれどスモッグで汚れきっているミッドガルの空は、本来の満天の星をどれだけ遮っているのだろう。
 近場にある廃材の山に腰を降ろしてぼーっと黒い闇を見つめる。
 別に何か考え事をしたいわけじゃない。むしろ何も考えたくなくてこの闇に溶け込みに来ている。
 どれくらいそのままで居たかも分からなくてちょっと冷えたな、と膝を抱えるとふわりとレノの香りがした。
 パーカーに移ったレノの香水。まるでレノが傍にいるみたいな錯覚に陥って膝に顔を埋める。

「……レノ」

 匂いを嗅いだら途端にレノに逢いたくなって弱々しく名前を口にした。
 一人になりたいからって勝手に抜け出したのは私なのに自分勝手過ぎだと戒めても逢いたい気持ちが膨らむばかりでもう一度名前を呼ぶ。

「レーノー……」
「呼んだか、と」

 聞こえるはずのない声がして遂に幻聴まで聞こえ始めたか。どれだけ求めちゃってるの、と更に顔を埋める。

「無視すんなよ」

 廃材の軋む音と共に大好きな匂いが濃くなった。

「レ、ノ…?」

 ゆっくり顔を上げるとそこにはさっき部屋ですやすやと寝ていたはずのレノが居る。
 信じられなくて手を伸ばして触ると幻覚でもなく本当にレノが目の前に立っていた。

「幽霊みたいな目で見るなよ、と」

 苦笑しながら伸ばした私の手を握ってくれるレノの手の暖かさにポタリと雫が落ちた。

「あ? ちょ! どうした?」

 どっか痛いのか? なんて慌てているレノに何も答えずに抱きつく。

「逢いたかった……」

 それだけ言ってぐずぐずと泣き出す私をレノはそれ以上何も聞かずにぎゅっと抱きしめ返してくれた。

* * *

「……どうしてここに居るの?」

 私が落ち着くまで背中を叩いてあやしてくれたレノに抱き着いたまま聞く。

「たまにこーっそり出ていくからイケナイ事でもしてんのかと思って着いてきたんだぞ、と」
「……気付いてたの?」

 いつも起きる気配もなくて帰っても寝ていたから気付かれていないと思っていた。

「お前の事で気付かない事なんかねーぞ」

 ぐっと抱き寄せられる力が強くなって隙間がなくなる。

「なあ、一人で闇を見るのも、抱えんのも悪いことじゃない。俺たちはそれを受け入れて存在しているしな」

 私達はいつだって死と隣合わせの場所にいて。明日レノを見送ったらもしかしたらそれが最期の姿になるんじゃないかといつもビクビクしていた。
 だからその恐怖を失くすために、闇に自分を溶かして何も感じない仮染めの殻を纏うために私はたまにこうして一人になる。

「だからって人が寝ている時にこっそり出て行くのは感心しねーな」

 体を離して鼻をムギュっと摘まれた。

「……ごめん」

 鼻声になりながら謝罪をすると「よし」と鼻から手が離れる。

「お前の隣の居心地の良さに馬鹿らしいかもしれねーけど俺は只の人に戻れる気がするんだぞ、と」

 やわやわと頬を撫でられながらレノを見るけど暗いせいなのか表情は弱って見える。

「俺もお前も……お互い二人で慰め合えばいいだろ」

 懇願するような言い方に胸が詰まった。
 普通の幸せを噛み締めた後に襲ってくる自責の念。人の命をたくさん奪っている私達にそれを望むのはいけないと思っていた。
 レノの前でなら怖いと本心を言っていいのだろうか。貴方を失うのが、逆に遺して逝ってしまうのが怖いんだと、伝えていいのだろうか。
 止まりかけていた涙がまた溢れてくる。

「俺はお前を遺して逝かねえし、お前を簡単には失くしたりしねえ」

 必死に心を取り繕っていたのは私だけじゃなかった。
 むしろレノの方が私より危険な任務も多くて立ち止まる事も多いはずなのに。自分ばっかり心を守ろうとしていて肝心な目の前の大事な人が見えなくなっていた。
 ぼろぼろ落ちる涙を拭ってくれる手がやっぱり暖かくてさっきまで闇に溶けきろうとしていた心が洗い流されていく。

「私も……レノと……みんなとずっと居たい」
「そこは俺だけにしとけよ、と」

 ふ、と笑いながらまたぎゅっと抱きしめてくれてレノの香りに包まれる。もっと早く、こうして二人で分け合えば良かった……。

「失わないように、手放さないように強く……なるね」

 改めてレノを見るとやっぱり弱っている。ちょっと泣きそうな顔をしているから知らない振りなんか出来なくて私からレノの目元を指で拭う。

「ああ、そうだな」

* * *

「ねぇレノ」
「あー?」

 帰り道手を繋いで並んで歩く。

「アイス食べたいから帰りに買っていこうよ」
「今から食うのかよ?」
「今だから食べるんだよ。甘いの半分こしよ」
「夜中に冷たいのとか俺の腹デリケートなんですけど」

 じゃあTシャツなりなんなり着て寝ればいいのに。いつも朝起きるとタオルケットはどこかにいってお腹が丸見えの状態のレノを思い出す。

「明日はルードにちりょうマテリア持ってきてもらわないとねー」
「腹痛に効くのかよ? それよりそんな事に使うなとか呆れられそうだぞ、と」

 確かに。トイレに篭っていればいいだけの話だけどそれじゃ任務にならない。

「じゃあアイスは諦めるからよく眠れるように温かいの飲もうか」
「そうしてくれよ、と」

 家に帰って二人手を繋いで寝よう。
 そして明日任務に出るレノを見送ろう。
 行ってらっしゃいのキスでもしてみようかな。
 ちゃんと帰ってきますように。
 想いと願いを込めて。

初出:2020/07/20